一境目。
「ん……………。」
目を開けると、見覚えの無い森の中にいた。
「此処は………、何処だ?」
見覚えの無い森に違和感を感じながら辺りを見回す。
空を隠す深い森。僅かに差し込む陽も周りを照らすだけで、地面に影一つも映らない。
森全体が闇を帯びており、時が夜へと向かっている事を何よりも証明していた。
背中には周りの木々より少しばかり大きな樹。どうやら凭れて眠りこけていた様だ。
ついでに睡眠で凝り固まった身体をほぐす様に手を空に伸ばす。
「…あれ?」
そして、自分の状況にやっと気付いた。
五感もある。身体もある。自我もある。意識もある。思考もある。
だが。
「(おれはいつから何処にいたんだっけ。
おれは眠りこけた前まで何をしてたんだっけ。
おれは………………………、誰だっけ?)」
自分の詳細や記憶が一切として思い出せないという状況だった。
自分がどうして此処に居るのかという事にも自分の詳細にも全く分からない。
疑問が水の様にだらだらと放出をするばかりで回答が全く浮かばない。
どうして此処に居るのかも。
住んでいた所も,家族も,年も,誕生日も,友人も,名前でさえも。
細かく説明出来ない、頭の中で何かがごっそり抜け落ちた様な感覚と違和感。
周りには草と木と一本道以外何も無い。
鞄とかあったら、何か身分証明になるもの位は無いかと探していたのに。
来ている服は特徴の無い白シャツとズボンと靴。ポケットは空っぽの着の身着のまま。
そうしてしばらくか少しの間、考えて…。
「…まぁ、とりあえず……。歩くか…」
何一つ状況が変わらないので、目の前の横に伸びた一本道を歩く行動に出る事にした。
どうやら考えるのが苦手らしく、何て能天気なんだと思う。
だがこのまま立ち止まって考えても日が過ぎるだけだ。
日が傾き夜になれば、危険は高くなる。
自分が誰なのかも分からないまま死ぬというのは勘弁したい。
靴で地面を踏みしめてゆっくりと歩く。
しばらく座っていた様で身体が鉛の様に重く、ふらりと足が痺れる。
だが感覚をすぐに取り戻して歩き出した。
自分から左の方向、森の奥へと。
細い一本道であるが踏み固められているのだから、人が通るのではと希望を抱きつつ歩き続けたが一人も見かけない。周りは相変わらずの木々ばかりで辺りは奇妙な黄昏色に全てが染まりつつある。
夜が近寄って来ている証拠だった。
「………はぁ、」
風も吹かず、額に浮かぶ玉の汗を拭って溜息を吐いて立ち止まる。
「こりゃあ…、野宿覚悟した方がいいかな……」
現実味も無くぽつりと独り言を呟き、途方に暮れていた―そんな時。
道外れの林から何かが近付く気配がした。
誰から歩いてくる。 勢いよく顔を向けた。
やっと人に出会えたという嬉しさと安心が胸に満ちて、自然と顔が綻ぶ。
人に出会えるという希望は持っていたが,出会ったらどうするのかという事はまだ考えてなかった。
「(記憶を失う前のおれの知り合いだと助かるんだが…)」
今度はそんな希望を持って、近付くものを見た。