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幕開け

王道詰め込んでいます。

なのに王道進んでくれない不思議。

毎度思う、どうしてこうなった。

巨大な門が音も立てずにゆっくりと開く。

中には警備員らしき男性と柔らかく微笑む少年が立っていた。


「高橋斎さんだね?」

「はい」


男性の言葉に頷くと、何やら手に持っているボードに書き込んでいる。

どうやら新入生の名簿らしい。

(一人一人確認しているのか、大変なことで)

休みなどないのだろうなぁと拉致もないことを考えていると、男性はボードに書き込んでいた手を止めた。


「……よし、これで新入生は全員到着、と。

それじゃあ高橋さん、寮までは彼が案内してくれるから、彼についていくように。

女の子が一人だと何があるか分からないからね」

「はい」


返事をすると、男性は小さく微笑んだ。

そして傍らの少年に声をかける。


「頼んだよ、閑谷しずたにくん」

「分かりました」


それじゃ、と男性がもう一度視線を向けてきたため、斎は小さく頭を下げた。

男性も小さく頭を下げ、踵を返す。

少年と二人、男性の背中を見送る。

男性が幾分遠ざかったところで、少年が微笑んだまま斎を見た。


「では改めて、暁降高校へようこそ!

生徒会副会長の閑谷穏しずたに やすきです、よろしくね」


焦げ茶の少し長めの髪に茶の瞳をした、優男のような風貌。

背丈は斎より頭半分高く、無駄な筋肉がついていない体つきをしていた。

正面から穏の笑顔を見て、斎は溜め息をつきたくなった。

実際のところは、微かに顔をしかめる程度で済ませたが。

けれども、それぐらいは許されるだろう。

実に胡散臭い、というか嘘くさい笑みを浮かべる男に案内されるのかと思うと。

(……まぁ初対面だから仕方ないと言えば仕方ないか)

というか、その笑顔について触れれば最後、面倒くさいことになる気がする。

空気と雰囲気、物語の行間を読むことを得意としており、さらに面倒くさいことは徹底的に回避したい斎は、彼の笑顔に触れない方向でごく普通に頭を下げた。


「新入生の高橋斎です。わざわざご丁寧にありがとうございます」

「いえいえ、こちらこそ」


薄ら寒くなるような表面上のやり取りを行い、斎は顔を上げて肩を竦める。

ちなみに、斎自身は面倒くさい上に疲れる、という理由から作り笑顔を浮かべていない。

むしろ表情の変化は無いに等しい。


「急がせるようで申し訳ありませんが、寮の方まで案内してもらえますか?

荷物整理などを終わらせてしまいたいので」


言外によろしくするつもりはない、というかとっとと要件を終わらせてくれと告げると、穏は目を丸くした。

どうやらずいぶん驚いたらしく、笑みも消え去っている。

それも一瞬のことで、すぐに笑みを戻したが。

ただ、その笑みは最初に見たものより幾分自然なものになっていた。

(うん、これなら多少話す気になる)

先程のような薄ら寒いやり取りをしたくはなかった斎は小さく息をついた。

関わりが一瞬のことであるならば、斎も笑みくらい浮かべられる。

しかし、現在は寮まで案内してもらう上、同じ高校の先輩後輩として関わる機会もあるかもしれないのだ。

毎回笑みを顔に貼り付けるよりは、いっそ素の表情を見せていたほうが楽である。

面倒くさがりやの斎らしい考えだった。


「それじゃあ歩きながら色々と説明するよ」

「お願いします」



暁降高校は一つの山を敷地としている。

先程の門は山の麓、授業の行われる校舎は中腹あたりに存在し、門から校舎まではおよそ三十分かかる。

寮は校舎から歩いて五分程、また門と校舎のちょうど中間辺りに雑貨・本などを扱う巨大な百貨店のような購買があり、ほとんどの買い物は街まで下りなくとも済むらしい。

運動場・体育館・室内プール・テニスコート等の施設も完備されている。


「……何ですかね、一応山の上という不便なはずの所で生活するのに不自由さを感じないこの理不尽さ」

「そう?中等部も似たようなものだったよ?」


色々とやりきれなくなって口に出したものの、その答えはさらにやりきれなくなるものだった。

脱力しながら先を促す。

寮は男子寮と女子寮に分かれてはいるが、一階にある食品専門の購買、二階にある寮の食堂で建物自体は繋がっており、三階から別々の棟になる、とのことだ。


「………それ、大丈夫なんですか?」


色々と。

斎の言葉に穏は今までで一番イイ笑みを浮かべた。


「それぞれの棟に上がるエレベーターは別々になっているし、階段も別々。

どちらも管理人に顔を見せないと通れないような配置になっているんだ。

女子側はもと婦警として働いていた方だし、男子側は僕が管理人室の奥に部屋をもらって見張っているから大丈夫。

一応武道の嗜みはあるし、警視総監の孫だからね」

「なるほど、万が一何がしかあれば分かっているよな皆ということですか」


斎の言葉に、穏は何も言わずに笑みを深くした。

沈黙は肯定、つまりそういうことだ。

穏、中々にイイ性格をしている。


「……先輩」

「何?」

「学校生活を心穏やかに過ごしたいので、仲良くさせてもらえます?」


穏はぽかんとした顔を再び見せ、次いで苦笑した。


「あはは、そう来るとは思わなかった」

「自己防衛手段の一つにしたいので。それと、個人的に先輩とは気が合いそうです」

「やっぱり、警察の権力は魅力的かな?」


笑みが一瞬で最初の胡散臭いものになる。

斎は足を止めて大きく溜め息をついた。


「警視総監ぐらいまで上り詰めていれば、賄賂なんか受け取ったことが発覚した日はお祭り騒ぎでしょう?

金持ち相手にも事件を揉み消すとかうやむやにするとか、赤の他人を犯人に仕立て上げるとかしないだろうという希望的観測に頼るなら魅力的ですよ。

でもあくまで自己防衛手段の一つ、一手に過ぎません。

そんなことで先輩の手を煩わせるつもりはありません、というか警察沙汰なんて面倒です。

ただ、そんな人と知り合いだ、と周囲に知らせれば下手な手出しはしてこないだろうから心穏やかに学校生活が送れると思うんです。

こっちは一般人なんですから身を守る手段が多いに越したことはないんですよ。

あとは、この学校圧倒的に男子が多いので、生徒会という組織に知り合いがいると楽かなぁと。色々と。

つまりは面倒くさがりやの発言と受け取ってもらえばいいです。

それでも信用ならないって言うなら、無理に仲良くしてもらう必要はありませんが」


斎は肩を竦めて気負うことなく、というか本当に面倒くさそうに告げ、口を閉じる。

穏は目を丸くして斎を見ていた。

それでも、瞳の奥は彼女の言葉を疑っているようだ。

斎は目を逸らさずに見返し、彼の思考回路の背景を考えた。

企業などの子息、家同士の繋がり、見た目の良さ、頭の回転の良さ。

(………あぁなるほど、権力狙いや便宜を図ってもらおうと近づく連中が多すぎたんだな)

そして自分を守るためにもあの胡散臭い笑みを浮かべるようになったと。

一人で納得していると、穏の肩からふっと力が抜けた。

くすくす、と笑うその表情は、今までのものよりどこか幼さを感じさせる。


「……面白いねぇ、高橋さんは」

「ここはありがとうございます、と返すべきですかね」

「ふふっ」


楽しげに笑う穏の表情は晴れやかだった。

ひとしきり笑った穏は自然な笑みのままで言う。

恐らく、出会ってから初めて見せた素の表情だろう。


「久しぶりに笑ったよ。そうだね、数少ない一般人代表なんだし、心穏やかな生活って大事だよね。

それに確かに、君とは気が合いそうだ」

「大体一般人が警察のトップと仲良くてどんなメリットがあるんですか。

自ら犯罪に走るような人物でもない限り、犯罪に巻き込まれることなんてそうそうありませんよ。

ということで、よっぽどのことがない限りお手を煩わせることもないのでお気になさらず」


斎の言葉に、とうとう穏は声を上げて笑った。


「あははは、そうだよね!警戒していた僕が馬鹿みたいだ。

うん、それじゃ、改めてよろしくね、斎さん」

「よろしくお願いします、穏先輩」


名前呼びになった穏に従い、斎も名前で呼ぶことにする。

彼女は気づいていた。

先程から穏の姿を見た何人かがそそくさと道を開けたり、遠ざかっていったりしている様子に。

つまり、それなりの実力を持っていることは間違いない。

(うん、私の選択は正解だろうな)

斎は小さく頷いた。



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