Bloody Mary 3
芝生を刈っていたジョージ・コナーは、日傘をさした少女がこちらにやってくる姿を見ると、相好を崩した。
「こんにちは、メアリー」
「こんにちは、ドクター・コナー」
メアリーは、芝刈り機に跨ったジョージの前で立ち止まると、朗らかな調子で答えた。
「輸血は、先週終えたばかりだったと記憶しているんだが」
「今日は、アルバイトです。ミセス・コナーに1000ドルで買われました」
ジョージは、にやにやと笑うメアリーをきょとんと見返した後、低い声で唸った。
「ティムとロージーのことなら、私は反対だと言ったのに」
「理系科目を特に強化してほしいと奥様から言われています」
追い打ちをかけるように告げると、ジョージは渋い顔になった。
「子供は遊んで育つものだと私は信じているんだよ。1500ドル払うから、遊びにも付き合ってあげてくれ」
「もちろんですわ、ドクター・コナー」
メアリーはにっこり笑って請け負った。
ブザーを押すと、玄関のドアは自動的に開いた。コナー家の内装は、現代的なスタイリッシュなデザインだ。高い天井と真っ白な壁で作られた開放的な空間に北欧風デザインの家具が無造作に置かれている。土星みたいな形のソファーに座って待っていると、若い女性が、らせん状の階段をゆっくりと降りてきた。彼女がミセス・コナーことエリザベス・コナーだ。背が高くとんでもなく美しい、この女性は、エルフの血を引いているらしい。エリザベスは、ゆったりしたブルーのドレスを着ていて、お腹の辺りが膨らんでいる。コナー家には、もうすぐ3人目の子供が生まれる。新しい命の誕生は喜ばしいはずなのだが、そのことが原因でコナー家にちょっとした問題が起きてしまった。メアリーが家庭教師として雇われることになったのは、実のところ、その問題のせいでもある。
「来てくれてありがとう、メアリー。面倒なことを頼んでしまって、ごめんなさい。早速だけど、あの子達のところに行ってあげて。今朝も癇癪を起して大変だったのよ」
エリザベスは覇気のない声で言った。心なしか、顔色も冴えない。
「心配しなくて、大丈夫ですよ。二人ともきっと今は少し不安なだけです」
メアリーが同情のこもった声で言ったとき、二階の子供部屋から甲高い悲鳴が上がった。メアリーとエリザベスは、顔を見合わせた。
「私が見てきますから、ここにいてください」
メアリーは慌てて、二階へ駆け上がった。子供部屋のドアを開くと、雑然とした光景が広がっていた。ゴミ箱に突っ込まれたヌイグルミ、スプレーで落書きされた窓ガラス、床に散らばったジェリービーンズ。ベランダの方を見たメアリーは、血相を変えた。
「ロージー・ビー!」
メアリーは、ベランダの柵にぶら下がっていた少女に駆け寄ると、小さな体を抱き上げた。ロージーの顔は、涙でぐしゃぐしゃになっており、恐怖で全身が震えていた。メアリーは、ロージーを彼女が泣き止むまでずっと抱き締めていた。
「どうしてこんな危ないことをしたの?」
メアリーは、ロージーの丸い温かなおでこを撫でながら、たずねた。
「ティムに言われたの。窓を伝って庭まで降りれるようになったら、今夜一緒に連れて行ってくれるって」
「行くって、どこへ?」
ロージーは、しまったという顔になって、口をつぐんでしまった。
「あなたが言えないなら、ティムに聞くわ」
メアリーは、ロージーを膝から下ろした。
「メアリー、お願いだから、私が告げ口したって、ティムに言わないで」
懇願されたメアリーは、にっこりと微笑んだ。
「ティムには言わないわ。でも、お願いだから、もう二度と窓から庭に降りようなんて考えないで」