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Bloody Mary 2

「ジリリリリン」


バケーションの開始を告げるベルが鳴り終わるのを待たず、生徒達は教室を飛び出した。狭い廊下は我先に学校を飛び出そうとする人でごった返していた。やっとのことで自分のロッカーまで辿り着いたメアリーは、分厚い教科書をロッカーに押し込んだ。休暇中は教科書を家に持ち帰らない主義だが、出来るだけたくさんの本を読むことにしているので、メアリーの成績は良好である。羽のように軽くなったバックパックを肩に担ごうとしたとき、鮮やかな赤毛をショートカットにした少女が隣のロッカーにもたれ掛かった。


「ハイ、ナオミ」


メアリーは、ナオミの短パンから伸びた小麦色の長い足を羨ましげに眺めた。どんなに暑い日でも、メアリーは日中に肌を露出することはできない。灰にはならないが、貧血を起こしてしまうのだ。


「やっと夏休みね。アルバイトは決まった?」


答えようとした時、背中に軽い衝撃を受けた。


「あら、手がすべっちゃった」


不愉快な声の持ち主が振り返らずとも誰なのか分かる。ハイスクールの女王の異名を持つ金髪の美少女、クリスティン・グレイだ。クリスティンは、小学校の時からメアリーを目の敵にしていた。メアリーは、グッチの新作バッグを拾い上げると、クリスティンに押し返した。


「いいのよ、クリスティン。でも、このバッグは、あなたが嫌いみたい。私のところに逃げてくるくらいだもの」


クリスティンが顔をゆがめた。せっかく美人なのに台無しだと、メアリーは思った。しらけた顔で見つめていると、クリスティンが大げさな声を上げた。


「やだ、怖い。ブラッディ・メアリーに睨まれちゃったわ。処刑されちゃうかしら」


クリスティンの取り巻きの少女達が耳障りな声で笑い出した。綺麗に着飾ってクリスティンの言葉にいちいち反応するのが彼女達の仕事だ。


「行こう、メアリー。こんな女、かまうのだけ無駄だわ」


ナオミに背中を押されて、メアリーは、その場を離れた。


「マジでムカつくわね。あのビッチ」


パーキングエリアに向かって歩きながら、ナオミは悪態をついた。


「気にしていないわ」


メアリーは、苦笑した。クリスティンは、昔から何かにつけて、メアリーに意地悪する。ブロンドの髪、青い瞳、ばら色の頬、細くて長い手足、大勢の友達――――メアリーがほしかったもの全てをクリスティンは手に入れているというのに何がそんなに気に入らないのだろう。でも、今のメアリーはクリスティンを羨ましいとは思わなかった。ハイスクールでナオミに出会ってからクリスティンのことは煙突の中に棲むコウモリほどにしか気にならない。キーキーわめくから、時々鬱陶しいだけ。メアリーがそう告げると、ナオミは吹き出した。二人の少女はクスクス笑いながら、ナオミの愛車に乗り込んだ。


ロックスターが乗っていそうな年代物の自動車は、ギシギシと怪しげな音を立てながらもなんとか動き出した。ナオミがステレオデッキにカセットを入れると、ビートルズのザ・ロング・アンド・ワインディングロードが流れ出した。


「カーシスには、真っ直ぐな道路しかないじゃない」


メアリーは、聞き飽きたフレーズを口ずさむ友に呆れたような眼差しを向けた。


「だからいいんでしょ。曲がりくねった道を走っていると想像するのよ」


どうりで彼女の運転は不安定なわけだとメアリーは納得した。


「で、アルバイトは決まったの?」とナオミにたずねられて、メアリーは頷いた。


「家庭教師をすることなったわ。家庭教師なら、室内にいられるから」


「メアリーは成績優秀だもん。てっきり研究者にでもなるんだとばかり思っていたけど」


「私はカーシスを出られないのよ。車で通えるリントン大に進学して教育免許を取るつもり」


メアリーの言葉を聞いたナオミは顔を曇らせた。


「不便ね」


「そんなことないわ。私はカーシスもこの町に住む人達も好きよ」


メアリーが明るく言ったので、ナオミはほっとした表情になり、さっさと話題を変えた。


「ところで、誰の家でアルバイトするの?」


「コナー夫妻のところよ。やんちゃな双子を来年から名門寄宿舎学校に入れたいんだって」


「ティムとロージーを?冗談でしょ?」


「かなり本気みたい。ひと夏つきっきりで勉強教えてくれるなら、1000ドル出すって言われたわ」


「わお、すごいわね。でも、まあ、双子のどちらにコナー病院を継いでもらわないと、カーシスは、無医村になっちゃうものね」


「努力はしてみるつもり。コナー先生には、ずっとお世話になっているからね。ナオミは、去年と同じビーチリゾートでアルバイトするの?」


「そうよ。今年は、フロアリーダー任されたわ。お互い忙しい夏になりそうね。ほい、到着」


ナオミの車は、間抜けな音を立てて、ブライス家の前に停車した。


「送ってくれてありがとう。冷たいコークでも飲んでいかない?」


「今日はやめとく。また、電話するわね」


メアリーは、ナオミの車が一直線に伸びた道をふらふらと走り去っていく様子をしばらく見守ってから、家に入った。

Bloody Mary: 16世紀のイングランド女王、メアリー1世の異名。熱狂的なカトリック教徒だったメアリーは、プロテスタントを粛清した。

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