Bloody Mary 1
麦畑を横切る一本道は、メアリーのお気に入りだった。舗装されたばかりの道路は滑らかで、新品の黄色い自転車は音もなくすいすいと前に進んだ。ヘッドライトは点いていなかったが、少女の行く手を月の光が照らしていた。心地よい夜風が吹き抜けて、長い茶髪がふんわりとなびいた。大きな屋敷の前で自転車を止めたメアリーは、名残惜しげに美しい光景を振り返った後、鉄格子の門を押した。
リビングでは、兄のジャスティンが白い革張りのソファーに座って読書をしていた。黒髪を無造作にかきあげて、哲学の本を読み耽るジャスティンは、退廃的でちょっぴりセクシーだった。メアリーは、彼女の兄が吸血鬼の名にふさわしい美青年であることを認めざるを得なかった。ジャスティンが、顔を上げた。エメラルドグリーンの瞳が剣呑とした光を帯びていたので、メアリーは、ぎくりとした。「遅い」と言ってから、ジャスティンは本を乱暴に閉じた。
「ナオミと勉強してたら、遅くなっちゃった。これから、気をつけるから」
メアリーは、そそくさとキッチンに逃げ込んだ。冷蔵庫からトマトジュースを取り出していると、背後から肩を軽く叩かれた。心臓に悪いから、気配を消して近づくのはやめてほしい。吸血鬼であれば、当然の行動なのだが。
「俺にもくれ」
メアリーは、グラスを二つ持ってくると、瑞々しい赤い液体をたっぷりと注いだ。メアリーは健康の為にトマトジュースを飲んでいるが、ジャスティンはその色合いを好んでいるらしい。
「パパとママは?」
「デートだよ。フランス映画を観て、中華料理を食べるらしい」
「金曜日だもんね。ジャスティンは、デートに行かないの?」
「今から出掛ける」
ジャスティンは、トマトジュースを一気に飲み干し、テーブルの上に置いてあったバイクのキーに手を伸ばした。
「鍵閉めていく。誰か来たら、すぐにドアを開けないで、ちゃんと確かめろ」
「心配しすぎだよ」
念を押して出掛ける兄の後ろ姿を眺めながら、メアリーは、小さくぼやいた。テレビをつけて、ミステリーの番組を見ていたが、次第に意識がまどろんでいった。振り子時計が不気味な音で10時を知らせても、メアリーが目を覚ますことはなかった。