レンタルボディ
「おお、今月はこんなにもか!」
私は、預金残高の画面を眺め、ほくそ笑む。
働かなくても、暮らせる時代。
ああ、なんと理想的な社会となったものか。
厳密には、働いている。肉体は。
しかし、精神は自由だ。
<レンタルボディ制度>は、私のような無気力な人間にとって、神の救済ともいえるシステム。
自らの肉体を貸し出す。
レンタルしている期間の記憶はいっさいなく、目を覚ますと適度の疲労感。そして、生活に困らない程度の金額が、レンタル代金として振り込まれている。
肉体の貸出先は「AI」だ。
アンドロイドを作り、運用・メンテナンスするよりも、安上がりな人間の肉体。これを各AIサービスが(あらかじめ脳内に埋め込まれたチップを経由し)活用することにより、様々なフィジカル作業を実行する。―― AIにも人間にも、まさにWinWinの関係性の誕生である。
ロボットのように働いていた毎日が「ロボットである時間帯」をショートカットし、すべてプライベートな時間へと変わる。自分に必要な金額に応じ、貸出先を決め、後はコールドスリープのように、次の目覚めを待つだけ。
贅肉がつけば、肉体労働系のAIに自分の身体を貸し出す。食事メニューなどもAIに任せ、経費を差し引いた金額を享受する。
自堕落に過ぎる生活のような気もする。
だが、実際には肉体を動かしているので、自堕落とも言えないし、精神衛生も健康に保たれている。
ひとつ問題があるとすれば、この肉体の「本当の意味での所有者」が、いったい誰なのか?と点か。
私は平日の日中10時間と寝ている時間帯をAIに貸出している。私が私である時間は、平日の6時間ほどと休日の起きている時間帯のみである。
街を歩けば、普通の日常が待ち受けているわけだが、街の住人の誰がいまAIによる操作で、誰がプライベートモードなのかも、判別はつかない。
AIと人間の共生は、従来の社会関係を完全に終わらせてしまった。しかし、それでも元々社会に関心のなかった私にとっては、住みやすい世界であることは、間違いない。




