第十一話 神の誤算と混ざり込む異物
千年の地獄を耐え抜いた魂が、神々に抗い『陽だまり』の日常を守る!
〇シーン1 天界・高天原の神殿(天岩戸)
絶対的な「虚無」によって地上と冥府が崩壊の淵に沈む中、次元の狭間に存在する清浄なる天界、高天原の最奥「天岩戸」。
最高神である天照皇大神は、神殿の冷たい床に膝をつき、八咫鏡を通して崩壊しゆく下界の惨状を見つめていた。
鏡の中には、ブラックアウトした虚無の闇だけが映っている。
彼女の背後に控える月読命が、痛ましげに顔を伏せている。
月読命
「姉上。カイの魂は砕け、スサノオの悪意が勝利しました。もはや、この因果に未来はありません。我々もまた、この崩壊の余波に飲まれ、消えゆく運命か……」
だが、天照は静かに立ち上がった。
その顔には悲嘆の色はなく、創造主としての冷徹な決意と、子を想う母のような慈愛が満ちていた。
天照皇大神
「いいえ、月読。終わりではありません。ここからが、始まりです」
天照は純白の衣を翻し、鏡の前に立った。
月読命
「姉上、まさか……! 『時遡行』を行われるおつもりですか!? それは、宇宙の理を根底から覆す禁忌! 過ぎ去った時間を巻き戻すなど、神といえども許されることではありません! そんなことをすれば、因果律の反動で、姉上の神核が砕け散ってしまいます!」
天照皇大神
「許しなど要りません。それに、自分の命など、惜しくはありません」
天照の声は、鈴の音のように清らかで、しかし鋼のように強かった。
天照皇大神
「私は見ました。あの最期の瞬間、カイが何を想ったのかを。彼は、自分の命が惜しかったわけではない。愛する者たち……ひかりを、ソラを、クロを守れなかった絶望故に、心を壊したのです。愛ゆえに壊れた魂を、愛によって救わずして、何が神ですか。閻魔との約束もあります。あの子たちに、もう一度、未来を……。その代償が私の身一つならば、安いものです」
月読命
「姉上……!」
月読は天照の前に跪き、深く頭を下げた。
月読命
「……御意。私も、全霊力をもってお支えいたします。月の光が、太陽の道標となりましょう。共に、逝きましょう」
天照皇大神
「ありがとう、月読」
天照は微笑み、八咫鏡に両手をかざした。
神殿が激しく震え始め、高天原に満ちる無尽蔵の霊気が天照の身体を通して鏡へと収束していく。
天照皇大神
「我が名は天照。万物を照らす、始まりの光。因果の糸よ、解けよ。悲しみの記憶をほどき、絶望の結び目を解き、全てを無垢なる白紙へと還せ!」
キィィィィィィィン!
鼓膜を引き裂くような高周波の音と共に、八咫鏡から奔流のような光が放たれた。
時間を逆流させる神の最終権能。
光は次元の壁を突き抜け、崩壊した地上世界へと降り注ぐ。
黒く塗りつぶされた世界が、逆再生のビデオのように巻き戻っていく。
天照の神核にヒビが入り、鮮血が彼女の白い衣を染める。
月読命
「姉上! もう十分です! これ以上は存在が消滅してしまいます!」
天照皇大神
「まだ……です……! あの子たちが……笑ってご飯を食べられる……そんな朝まで戻さなければ……意味がないのです……! もっと前……彼らがまだ、希望を持っていた、あの『始まりの日』まで……! 戻れぇぇぇぇぇッ!!」
視界が完全にホワイトアウトし、宇宙の因果律が強引にねじ曲げられた。
〇シーン2 高橋家・カイの部屋(朝)
チチチ、チチチ……。
小鳥のさえずりが聞こえる。
柔らかな朝の日差しが、カーテンの隙間から差し込んでいる。
カイ
「……ッ、はぁっ!? うわぁぁぁぁっ!?」
カイは弾かれたようにベッドから上半身を起こした。
心臓が破裂しそうなほど早鐘を打っている。
全身が冷や汗でびっしょりと濡れ、過呼吸気味に息を吸い込む。
彼は自分の体を強く抱きしめ、激しく震えていた。
カイ
「ここは……どこだ……? 僕は……死んだのか……?」
荒い呼吸を繰り返しながら、周囲を見渡す。
見慣れた自分の部屋。机の上には読みかけの参考書と大学の講義ノート。
あの耳をつんざく爆発音も、人々の悲鳴も、スサノオの哄笑もない。
カイ
「……夢?」
カイは自分の手を見つめた。
指先をかすめて消えた、ひかりの手の感触がはっきりと残っている。
自分が世界を飲み込んでいった時の、あの絶望感も。
カイのモノローグ
「夢にしては、あまりにも鮮明すぎる。魂の奥底に、焼きごてを当てられたような痛みが刻み込まれている」
カイはベッドから転がり落ちるように立ち上がり、リビングへと走った。
確認しなければならない。
ドアを力任せに開ける。
ソラ
「……んー、おはよ、カイ。朝からうるさいよぉ……」
クロ
「わん」
クロのモノローグ
(飯か? まだ早いぞ)
パジャマ姿で目をこすりながら起きてきたソラと、あくびをしているクロがいた。
キッチンからはコーヒーの良い香りが漂っている。
カイ
「……よかった……生きてる……みんな、生きてる……」
カイの目から涙が溢れ出し、止まらなくなった。
その時、玄関のチャイムが鳴った。
カイはふらつく足で玄関へ走り、ドアを勢いよく開けた。
ひかり
「おはよー、カイくん! 今日の第一講義、休講になったって連絡網が……えっ、カイくん!? どうしたの、泣いてるの!?」
そこに立っていたのは、エプロン姿のひかりだった。
闇に飲み込まれ、二度と会えないはずだった最愛の人。
カイ
「ひかり……!」
カイは衝動のままにひかりを強く抱きしめた。
もう二度と離さないと誓うように。
ひかり
「きゃっ!? カ、カイくん!? いきなりどうしたの!?」
ひかりは真っ赤になって慌てるが、カイの腕の震えと涙の熱さに気づき、優しく背中を撫でた。
ひかり
「……怖い夢でも、見たの?」
カイ
「……うん。すごく、怖い夢だった。ひかりがいなくなる夢だ。世界が終わる夢だ」
カイは彼女の温もりを胸いっぱいに吸い込んだ。
生きている。ここにいる。これは現実だ。
カイのモノローグ
「いや、正確には『やり直された現実』だ。誰かが……神が、その身を犠牲にして、あの破滅の未来を『無かったこと』にしてくれたんだ」
カイの背後で、ソラとクロが不思議そうな顔で見ている。
ソラが自分の胸を押さえた。
ソラ
「……なんだろう。私も、なんかすごく悲しい夢を見た気がする。胸が痛いよ。カイが泣いてるのを見たら、なんか私まで涙が出てきた」
クロも神妙な顔で、空を見上げている。
クロのモノローグ
(匂うな。強大な霊力の残滓。誰かが因果を弄ったか……?)
カイはひかりの体を離し、涙を拭って彼女の目を見た。
カイ
「ひかり。……今日は、何日だ?」
ひかり
「え? 四月二十日だよ。……あ、そっか! 大学の『新学長就任式』がある日だね! 鬼塚さんって人が来るんでしょ?」
カイの背筋に、氷柱を突き刺されたような戦慄が走った。
鬼塚が大学に乗り込み、洗脳と支配を始めた、全ての悲劇の始まりの日。
時間が、そこまで巻き戻っている。
カイ
「……そうか。戻ったんだ」
カイは拳を握りしめた。
これは奇跡であり、ラストチャンスだ。
カイ
「ひかり、ソラ、クロ。……聞いてくれ。これから、大変なことが起きる。今日、大学に来る新しい学長……あれは、人間じゃない。僕たちを狙う、神の敵だ」
三人が息を飲む。
カイ
「信じられないかもしれないけど、僕は『見て』きたんだ。これからの未来を。……僕たちが負ける未来を。でも、大丈夫だ。今度は、絶対に負けない。僕たちは、未来を知っているんだから」
カイの言葉に、不思議と疑いはなかった。
彼の纏う空気が、それが真実であることを雄弁に語っていたからだ。
ソラ
「わかった。カイがそう言うなら、信じる。やってやろうじゃないの、リベンジマッチ!」
クロ
「わん!」
ひかり
「私にできることなら、何でも言って。データ分析でも、作戦立案でも!」
〇シーン3 ひかりの部屋(作戦会議)
ひかりの部屋は即席の作戦司令室と化していた。
テーブルの上には大学の構内図が広げられている。
ひかり
「……なるほど。状況は把握したわ。敵の狙いは、今日の午後一時から行われる『新学長就任式』。そこで鬼塚が集団催眠を行い、同時に校舎の四隅に設置された『結界石』を起動させて、大学を隔離空間にする。……これが、悲劇のスタートラインね」
カイ
「前回、僕たちは後手に回った。結界が張られてから動き出し、情報を遮断され、分断され、精神的に追い詰められた。……でも、今回は違う」
カイの瞳に鋭い光が宿る。
カイ
「結界が張られる『前』に、結界石を破壊する。そして、就任式の最中に鬼塚の正体を暴き、生徒たちの洗脳を未然に防ぐ。これが今回のミッションだ」
ひかり
「ソラちゃん、クロ。二人の任務は、結界石の破壊よ。北の体育館裏、南の薬草園、東の部室棟、西の焼却炉。この四箇所にある霊的な楔を同時に破壊すれば、結界は発動しない」
ソラ
「任せて! 一度目はあんなに苦労した相手だけど……手の内が分かっていれば、怖くないわ」
クロ
「わん!」
クロのモノローグ
(奇襲で瞬殺してやる)
ひかり
「そして、私とカイくんは、放送室を制圧し、鬼塚のスピーチに『ノイズ』を混ぜる。私の作った対洗脳プログラムを校内放送に割り込ませて、彼の催眠音波を無効化するわ」
カイ
「頼むよ、ひかり。今度こそ、僕たちの日常を守り抜くんだ」
〇シーン4 大学キャンパス(昼前)
キャンパスには新学期の浮き足立った空気が包まれている。
だがカイには、その平穏の皮一枚下に、どす黒い悪意が脈打っているのが見えていた。
あちこちに配置された黒いスーツの警備員たち。
彼らは人間ではなく、ヤミが率いる死神部隊の下級兵だ。
カイ
「……作戦開始」
カイの合図と共に、四人は二手に分かれた。
ソラとクロは人目を避けて校舎の裏手へと回る。
最初のターゲットは体育館裏。
清掃用具入れに見せかけた奇妙な石柱があり、一人の警備員が立っている。
ソラ
「いた。前回の記憶が正しければ、あれは『剛力』を自慢する下級死神だ。クロ、あいつの視界は右側が死角よ」
クロ
「わん」
クロが音もなく疾走し、豆柴の姿のまま右側から飛び込んだ。
クロのモノローグ
(もらった!)
クロの牙が死神のアキレス腱を的確に捉える。
死神
「ぐあああっ!?」
死神が体勢を崩した瞬間、ソラの念動力が炸裂する。
ソラ
「そこどいてっ!」
不可視の砲弾が死神の鳩尾に直撃し、壁まで吹き飛ばして気絶させた。
ソラ
「よし! 結界石、破壊!」
ソラが手をかざすと、石柱は内側からひしゃげ、砕け散った。
ソラ
「……楽勝ね。次、行くよ!」
二人は次々と南の薬草園、東の部室棟の結界石を破壊していく。
〇シーン5 本部棟・放送室前〜放送室内部
カイとひかりは放送室のある本部棟へと向かっていた。
廊下ですれ違う死神たちを、カイは視線一つ合わせずにやり過ごす。
カイのモノローグ
(君たちは、僕たちが見えない。ただの風景だ)
言霊の力による「認識阻害」。死神たちはカイたちに気づかず素通りしていく。
ひかり
「すごい……魔法みたい」
カイ
「魔法じゃないよ。彼らの脳内の優先順位を書き換えただけさ」
放送室の前には中級クラスの死神が二人立っている。
カイ
「スマートにいこう」
カイがスマートフォンを取り出し、ピザ屋にデリバリーを頼むふりをする。
言霊による幻影のピザ配達員が現れ、死神たちが困惑した隙を突く。
カイ
「眠れ」
カイの囁きと共に、二人の死神は糸が切れたように崩れ落ちた。
放送室を制圧した二人は、すぐに機材のセッティングに入る。
ひかりの指がキーボードの上を舞う。
ひかり
「音声回線、ジャック完了。鬼塚のマイク入力に、逆位相の波形をぶつける準備、OKよ。これで、彼の声はただの『お経』みたいに聞こえるはず」
カイ
「ありがとう、ひかり」
その時、カイの胸ポケットに入れた通信機から、ソラの切迫した声が響いた。
ソラの声(通信機)
『カイ! ちょっと、変なことが起きてる!』
カイ
「どうした? 失敗したのか?」
ソラの声(通信機)
『ううん、結界石は三つまで壊した。でも……四つ目の、西の焼却炉。そこにいた警備員が……何か、変なの。死神じゃない。……っていうか、死神が、食べられてる』
カイの背筋に、冷たいものが走った。
カイ
「どういうことだ、詳しく教えてくれ」
ソラの声(通信機)
『黒い……ノイズみたいなモヤが、死神にまとわりついてて。死神が「助けてくれ」って叫んでるの。……カイ、これ、前回にはなかったよね?』
カイの脳裏に、月読命の警告がフラッシュバックする。
『カオス。混迷の海より来たる者たち』
カイのモノローグ
(時遡行の反動か……! 無理やり時間を巻き戻したことで、世界の『壁』が薄くなっている。そこから、異物が漏れ出しているんだ!)
カイ
「ソラ、近づくな! そいつは危険だ!」
カイが叫んだ瞬間、通信機越しに、ギギギ……という不快な音が響いた。
ソラの声(通信機)
『きゃあっ!』
クロの声(通信機)
『ウゥゥーッ!』
そして、通信が途絶えた。
カイ
「ソラ! クロ!」
ひかり
「カイくん、どうしたの!?」
カイ
「想定外の敵だ。……ひかり、ここは任せていいか?」
ひかり
「えっ、でも……」
カイ
「ソラたちが危ない。行ってくる!」
カイは放送室を飛び出した。
〇シーン6 西の焼却炉(カオス出現)
西の焼却炉。
普段は学生も寄り付かないキャンパスの吹き溜まりのような場所が、異様な空間に変貌していた。
風景がバグっている。
焼却炉の煙突がピクセル画のように四角く分解され、空中に浮いている。
地面のアスファルトは液状化し、虹色の波紋を広げている。
その中心に、それはいた。
テレビの砂嵐を集めて人の形にしたような、黒くざらついた影。
その影が、警備員の死神を「捕食」していた。
死神
「ア……ガ……、タ、助ケ……」
死神の体がノイズに侵食され、データが欠損するように崩れ落ちて消滅する。
ソラ
「……なんなの、あれ」
ソラは後ずさりしながら震えていた。
念動力で瓦礫をぶつけてみたが、すり抜けてしまった。
物理的な干渉を受け付けないのだ。
クロが雷撃を放つ。
クロのモノローグ
(食らえ!)
雷は影に直撃したが、影は雷のエネルギーを吸い込んで一回り大きくなった。
影がゆっくりとソラたちのほうを向いた。
顔はないが、明確な「食欲」を持って二人を見ている。
ズズズッ……!
影が瞬間移動のように距離を詰め、ノイズの腕がソラに迫る。
ソラのモノローグ
(死ぬ!)
カイ
「消えろッ!!」
横合いから金色の閃光が走った。
駆けつけたカイが放った「言霊」の弾丸だ。
弾丸は影に命中し、その右腕を消滅させた。
ソラ
「カイ!」
カイ
「離れろ! そいつは、この世界の理で動いてない!」
カイがソラとクロの前に立ちはだかる。
影の右腕がノイズを集めて瞬時に再生する。
「傷ついたという事実」が認識されていないのだ。
カイのモノローグ
(厄介だな。こいつはOSの違うウイルスのようなものだ。こちらの攻撃がエラーとして処理されてしまう)
影が不快な音を立てて膨張し、襲いかかってくる。
カイは両手で防護壁を展開するが、シールドが触れた端からノイズに侵食されていく。
防げない。このままでは飲み込まれる。
ソラ
「カイ、ダメ! また一人で背負い込むつもり!?」
ソラの叫びに、カイはハッとする。
カイ
「……ごめん。焦ってた」
カイは深呼吸をした。
相手が理の外にいるなら、こちらの理に引きずり込めばいい。
カイ
「ソラ、クロ! あいつを『ただの影』だと思え! 僕があいつに『影』という定義を与える。そうすれば、光で消せるはずだ!」
カイは全神経を集中させ、言霊の力を放つ。
カイのモノローグ
(お前は不可解な侵略者じゃない。お前はただの、実体を持った『黒い影』だ!)
カイの言葉が金色の鎖となってノイズに絡みつく。
空間がきしみ、影が激しく抵抗する。
異界の理とカイの言霊が衝突し火花を散らす。
カイ
「今だ! 光を!」
ソラ
「わかった!」
ソラが近くにあった工事用の投光器を念動力で引き寄せ、怪物に向ける。
カイ
「クロ、雷で明かりを!」
クロ
「ガウッ!」
クロが投光器に雷撃を流し込む。
カッ!!
強烈な閃光が怪物を照らし出した。
ジュワァァァァッ!
「ただの影」と定義された怪物は、光を浴びて煙を上げ、悲鳴のような音と共に消滅した。
カイ
「……はあ、はあ……やった……」
カイが膝をつく。たった一体を倒すのに激しい消耗だ。
ソラ
「カイ、大丈夫?」
カイ
「ああ。でも……まずいな」
カイは消滅した跡を見つめた。
そこには小さな「穴」が残っていた。次元の裂け目。
そこから、まだ微かにノイズが漏れ出している。
カイ
「こんなものが、これから増えるのか……」
その時、校内放送のチャイムが鳴り響いた。
キーンコーンカーンコーン。
午後一時。新学長就任式が始まる時間だ。
カイ
「……休んでる暇はないみたいだ。行こう。ひかりが待ってる」
三人は講堂へと走った。
〇シーン7 大講堂(昼)
大講堂は三千人を超える学生で埋め尽くされている。
壇上に立つ黒スーツの鬼塚。
鬼塚
「諸君! 私は、この大学を、ただの温い知識のゆりかごで終わらせるつもりはない。世界は残酷だ。弱肉強食、適者生存……」
学生たちの目が虚ろになり始め、洗脳が進行していく。
だが、その時、講堂の二階席から凛とした声が響き渡った。
カイ
「そこまでだ、鬼塚!」
カイが手すりに足をかけて立っている。
その隣にはソラ、そしてクロがいる。
鬼塚
「……何者だ、貴様は」
カイ
「ただの学生だよ。……君のその、腐った演説を聞き飽きただけのね。ひかり、今だ! 奴の声をかき消せ!」
キィィィィィィィン!!
講堂内のスピーカーから、耳をつんざくようなハウリング音が鳴り響いた。
ひかりが放った逆位相サウンドだ。
学生たちが耳を塞いで悲鳴を上げる。
洗脳の魔法が解け、学生たちが我に返っていく。
鬼塚
「……小賢しい真似を……! ならば、力ずくで従わせるまで! 結界石、起動!」
鬼塚が指をパチンと鳴らす。
だが、何も起きない。
空が紫色に変わることも、結界が展開されることもない。
鬼塚
「……何? 馬鹿な。結界石からの応答がない……だと? まさか、破壊されたというのか?」
カイは一階のアリーナ席へと飛び降り、鬼塚に近づく。
カイ
「言っただろう。聞き飽きた、と。僕たちは知っているんだ。君が何を考え、どう動くかを。……この世界は、もう君の思い通りにはならない」
鬼塚の表情から人間らしい感情が消え、傲慢で底知れない怒りを宿した神の相貌が浮かび上がる。
鬼塚
「……なるほど。そういうことか。既視感の正体……。貴様ら、時を弄ったな? 一度破滅した未来から、逃げ帰ってきたというわけか」
スサノオは瞬時にカイたちが時遡行をしてきたことを見抜いた。
スサノオ
「くだらん。何度やり直そうと、結果は同じだ。弱者は強者に食われる。それが摂理だ!」
ドォォォォン!!
鬼塚の体から漆黒の衝撃波が放たれ、演台が粉砕される。
パニックになった学生たちが出口へ殺到するが、死神の警備員たちが塞いでいる。
スサノオ
「逃がしはせん。ここで全員、我が糧となれ!」
鬼塚の姿が変貌し、荒ぶる神・スサノオの真の姿が現れる。
手には天逆鉾が握られている。
スサノオ
「カイ! 今度こそ、その魂、髄までしゃぶり尽くしてくれるわ!」
スサノオが天逆鉾を振るい、赤黒い雷がカイめがけて奔る。
カイ
「ソラ、クロ! 生徒たちを守れ!」
カイは雷の前に飛び出し、言霊の障壁を展開する。
バチバチバチッ!
神の雷と言霊が激突し、火花を散らす。
ソラ
「こっちよ! 早く逃げて!」
ソラが念動力で崩れ落ちる瓦礫を支え、クロが雷狼となって出口を塞ぐ死神たちを蹴散らす。
スピーカーからはひかりの誘導放送が流れている。
連携は完璧だった。このままいけば勝てる。
そう思った、その時だった。
ズズズズズ……。
講堂の天井から、空間が軋むような異様な音が響いた。
スサノオ
「……なんだ?」
バリバリバリッ!!
講堂の天井がデジタルノイズのように分解され、消失した。
そこに現れたのは、ドロリとした黒い液体の滝と、数万の目玉を持つ巨大な肉塊。
時遡行の反動で次元の壁を食い破って侵入してきた、カオスの上位個体「暴食者」だった。
スサノオ
「な……なんだ、これは!?」
カオスの肉塊が、スサノオの強大な神気に反応し、無数の触手を伸ばす。
スサノオ
「貴様……神であるこの私を、喰らおうというのか!?」
スサノオが激昂し、天逆鉾で触手を薙ぎ払うが、切断された破片が分裂して襲いかかってくる。
物理攻撃も霊的干渉も通用しない理外の怪物。
ソラ
「カイ! あいつ、スサノオを狙ってる!」
カイのモノローグ
(まずい! もしスサノオが喰われれば、神のエネルギーを取り込んだカオスは制御不能の『滅びの神』へと進化し、この星ごと飲み込んでしまう!)
カイはスサノオとカオスの間へと割って入った。
カイ
「黙ってろ! そいつに触れるな! 取り込まれるぞ!」
カイは両手を広げ、最大出力の言霊を練り上げる。
カオス
『……ミ……ツ……ケ……タ……。因果ヲ……歪メシ……特異点……オ前ヲ……喰ラウ……』
カオスの標的が、スサノオからカイへと切り替わった。
時遡行のバグを生み出した元凶として、カイが排除対象になったのだ。
カオスの触手が音速を超えてカイに迫る。
防げない。
その瞬間、硬質な金属音が響き、カオスの触手が弾き飛ばされた。
スサノオ
「……勘違いするなよ、小僧」
カイの目の前に立っていたのは、天逆鉾を構えたスサノオだった。
スサノオ
「貴様の魂を狩るのは、この私だ。こんな汚物に、横取りされてたまるか」
カイは目を見開き、そしてふっと口元を緩めた。
カイ
「……助かったよ。一時休戦だ、スサノオ。こいつを倒さないと、世界もろとも消える」
スサノオ
「指図するな。……だが、今は利害が一致したようだな。いいだろう。神と人、その力を合わせて、この不届きな侵入者を、虚無の彼方へ葬り去ってやる!」
光と闇、創造と破壊。相反する二つの力が螺旋を描いて融合し、未知の混沌へと放たれた。
〇シーン8 キャンパス(戦闘後)
激しい光の奔流が収まり、静寂が訪れる。
大講堂の屋根は吹き飛び、カオスは完全に消滅していた。
瓦礫の上に倒れ込むカイ。
スサノオもまた力を使い果たし、蜃気楼のように揺らいでいる。
スサノオ
「……無様だな、小僧。今なら、殺せるな」
カイは抵抗せず、静かにスサノオを見返した。
カイ
「……そうだね。君の勝ちだ」
スサノオは鼻を鳴らし、矛を収めた。
スサノオ
「……興醒めだ。抵抗できぬ獲物を狩っても自慢にならん。それに……貴様の魂は極限まで使い古された雑巾のようだ。拾った命、大事にするのだな」
スサノオの体が光の粒子となって分解され始める。
スサノオ
「だが、勘違いするな。次はない。次に会う時は……必ず貴様を殺す。精々、首を洗って待っていろ」
スサノオは獰猛な笑みを残し、光の中に消え去った。
ひかり、ソラ、クロがカイのもとへ駆け寄ってくる。
ひかり
「カイくん! よかった……本当に無事で……」
ひかりが泣きつき、カイは彼女を抱きしめ返した。
カイ
「終わったよ……」
だが、カイが空を見上げた瞬間、その安堵は凍りついた。
屋根のなくなった講堂から見上げる青空。
そこに、巨大なハンマーで叩きつけたような黒く鋭利なひび割れが走っていた。
その隙間からドロリとした闇が滲み出し、無数の「視線」がこちらを覗き込んでいる。
時遡行の代償。次元の境界は決定的に砕けてしまっていたのだ。
カイ
「……まだ、終わってない」
カイはひかりを抱く手に力を込めた。
神々の脅威は去ったが、外なる混沌の侵略が幕を開けた。
ひび割れた空の下、四人は寄り添いながら、来るべき終末の予兆を呆然と見つめ続けていた。
X(Twitter)でも連載しています。
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