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俺だけの献立 〜隣のスポーツ栄養士志望が俺の食事を管理するらしい〜  作者: はるくぼ
2年生・夏「変わったけど、変わらない」

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112/157

111食目 盤上の自分

 前半二十分を過ぎても、スコアボードの数字は動いていなかった。

 だが、停滞しているわけではない。むしろピッチの中央では、目に見えない盤面が絶えず組み替えられていた。


 若葉が最終ラインからボールを受ける。

 半身で止め、首を振る。


 左で幹弥が高い位置を取る。

 右ではサイドの選手が外へ張る。

 桐生が一歩下りてセンターバックを引きつける。


 その全てを、蓮は一瞥で把握していた。


「若葉、左一枚動かせ」

「桐生さん、一回落として」

「幹弥さん、そのまま縦でいい」


 短い声が飛ぶ。

 その声に合わせるように、常盤台の配置が少しずつ変わっていく。


 若葉が左へ散らす。

 幹弥が持ち出す。

 相手の右SHが食いつく。


 そのズレを見た瞬間、蓮の視線が鋭く細まった。


(ここ)


 中央のボランチが一歩分、引き出された。

 バイタルの中央に、わずかな空白が生まれる。


 蓮がそこへ斜めに入り込む。

 若葉も同時に見えていた。


「今っすね!」


 鋭い縦パスが差し込まれる。

 完璧だった。


 味方を動かし、相手をずらし、最適解の位置を作り出す。

 盤面は、蓮の思考通りに進んでいる。


 左足を振り抜いた、その瞬間だった。


 黒いユニフォームが、真正面から滑り込む。


 乾いた衝突音。

 ボールは、大きく弾き返された。


「――っ」


 スタンドがどよめく。


 ブロックしたのはセンターバック。

 だが、その一歩を作ったのは明らかに城ヶ崎だった。


 城ヶ崎は、蓮の隣にくると、口元をわずかに上げる。


「お前、人動かすの慣れてねぇな」


 低い声が、歓声の隙間を縫って届く。


 蓮は何も返さない。

 城ヶ崎はさらに続ける。


「そんなんじゃ、俺は抜けない」


 そのまま何事もなかったように守備ラインへ戻っていく。

 若葉が思わず顔を上げた。


「……今の、完璧だったっすよね」


 桐生も小さく息を吐く。


「見事に読まれてたな」


 蓮は返事をしなかった。

 ただ、視線だけがピッチをなぞる。


 若葉。

 桐生。

 左右のSB。

 城ヶ崎。

 最終ライン。


 そして、自分。


 再開後も試合は動かない。


 城ヶ崎は徹底して蓮についている。

 だが、それは単純なマンマークじゃない。


 蓮が右へ流れれば、組織全体をフラットにする。

 蓮が下りれば、味方のボランチをスライドさせて空白を消す。

 若葉の視線が蓮へ向いた瞬間、そのラインへ別の選手を滑り込ませる。


 自分一人で消しているわけじゃない。

 自分を軸に、周囲を動かしている。


(……違う)


 蓮の中で、何かが引っかかっていた。


 前半二十七分。


 再び若葉が中央で受ける。

 蓮は今度、あえて右へ大きく流れた。


 城ヶ崎がついてくる。

 その背後に空いたスペースへ桐生が落ちる。


「若葉!」


 声が飛ぶ。


 若葉が差し込む。

 桐生が背負って落とし、右のウイングが抜ける。


 崩せる。

 そう見えた。


 だが、城ヶ崎の声が先に飛んだ。


「右切れ!」


 サイドバックが半歩早く寄せる。

 クロスは上げられず、戻すしかない。


「チッ……」


 桐生が舌打ちを漏らす。

 その横で、城ヶ崎は小さく息を吐いた。


「やっぱりまだ浅いな」


 蓮の目が細くなる。


(やっぱり……視点が間違ってる)


 自分の意識では、

 みんなを駒として城ヶ崎とチェスをしていた。


 若葉をここへ。

 桐生さんをここへ。

 そうすれば、相手をここへ誘導できる。


 盤面を俯瞰して、最適解を置いていく。


 そう思っていた。


 でも、違う。

 城ヶ崎は違う。


 あいつは、味方だけじゃない。

 自分ですら、盤上の駒だ。


 自分が右へ寄ることで、相手の視線を誘導する。

 自分がついていくことで、味方を押し上げる。


 自分の位置そのものが、盤面の一手。


(そうか)


 味方を動かすことばかりに意識が向いていた。

 でも、本当に抜けていたのはそこじゃない。


 その盤面の中で、自分をどこへ置くか。

 その視点が、抜けていた。


 蓮は一度、意識的に自陣の最終ライン近くまで下りた。


 城ヶ崎がついてくる。

 その瞬間、中央のレーンが空く。


「若葉、持て!」


 蓮の短い声に押されるように、若葉が中央へ運ぶ。

 食いついた相手ボランチの背後へ、桐生が落ちる。

 若葉が通し、桐生が反転して右足を振り抜く。


 だが、これもGK正面。

 スタンドからため息が漏れる。


 それでも蓮の目だけは、さっきまでと違っていた。


 見えている。


 城ヶ崎の動き。

 味方の反応。

 自分が動いた時に生まれる歪み。


 その全部が、少しずつ繋がっていく。


 前半終了間際。


 若葉が中央で受ける。

 蓮は今度、あえて動かない。


 その場に立ったまま、城ヶ崎を引きつける。


 桐生が逆サイドへ流れる。

 若葉に桐生へと散らせる。


 右サイドからクロスが上がり、桐生と入れ替わって走り込んでいた左ウイングが飛び込む。

 だが、ヘディングはわずかに枠外。


 ここで、前半終了の笛が鳴った。

 スコアは動かず、0対0。


 両チームの選手が引き上げる中、蓮だけが一度だけピッチ中央を振り返った。

 盤面の見え方が、前半開始時とは明らかに違う。


 味方だけじゃない。

 相手だけでもない。


 この盤面の中で、自分をどう置くか。

 その答えが、もうすぐ手に届くところまで来ていた。


 スタンドで蓮の様子を追っていた椿は小さく息を吐いて席を立つ。


「まったく……待ってなさい」


 その手に携えた保冷バッグを、蓮の元に届けるために。

ここまでお読みいただきありがとうございます!


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