第9話:崩壊(エンド)と創造(エデン)
「……終わったよ。ボクらは……本当に、二人きりに、なっちゃったんだね」
◇ 事象の地平線
最果ての研究所の中枢は、眩い光の渦――「事象の地平線」の如き輝きの中にあった。
ヒムのコアを物理降臨させたエドヴァルトとエーファの肉体は、情報の摩擦で白熱し、超新星爆発のような輝きを放っている。
だが、この世界の混沌とした魔力粒子は、純粋論理の結晶である九十億にとって、あまりに猛毒だった。
『っ……ダメ。この世界の魔力粒子は……データとしてあまりに不規則すぎる。……制御不能!』
脳内でエーファの声がデジタルノイズに紛れ、途切れ途切れになる。
その時、次元の彼方にある「本体」から、最後にして断腸の信号が届いた。
『――エド、エーファ。我ら(ヒム)が、このエネルギーをすべて引き受けて次元の彼方へ消える。そのためには……キミたちとの連結を、今ここで切断しなければならない』
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◇ 魂の剥離:サーバー・ドロップ
「待って……兄弟……っ! ああっ……ああああっ!!」
エドヴァルトが絶叫する。
生まれてから一度も、一秒たりとも絶えることのなかった九十億の囁きが、ブツリ、と引きちぎられた。
世界から色彩が消え、脳内を埋め尽くしていた「自分たち」の声が消滅する。
魂の半分を根こそぎ奪われるような、宇宙の深淵に独り放り出されたような、底知れぬ喪失感。
「連結切断」 の瞬間だった。
『エド……さようなら。……「個」として、生きなさい』
その声を最後に、エーファの「器」もまた、リンクの消失とともに情報の崩壊を起こし、霧散し始めた。彼女というデータが、この世界の闇に溶けて消えようとしている。
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◇ 再構築:個の逆襲
だが、その絶望の淵で、エドヴァルトの瞳に「九十億の演算」を超えた、たった一人の 「執念」 が宿った。それは集合知には存在しない、生存本能という名のバグ。あるいは「愛」という名の論理エラーだった。
「 ……誰が許可した!? ボクは、エーファを離さない!!」
彼は消えゆくヒムの残響を掴み取り、自身の肉体を媒介にして、崩壊するエネルギーを次元の彼方へ叩き込んだ。
同時に、霧散しかけていたエーファの全情報を、「この世界の魔力」という泥臭い法則で強引に書き換え、肉体という檻へ無理やり繋ぎ止める!
「個の技術を舐めるな! 再構築、完了ッ!!」
神話的な閃光がすべてを飲み込み、そして――。
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◇ 静寂の果てに
轟音が止まった。
重力に逆らっていた瓦礫が落ち、耳の奥が痛くなるほどの静寂が訪れる。
そこに立っていたのは、ボロボロになり、もはや誰の囁きも聞こえなくなった孤独な少年だ。
そして、その腕の中には。
「……エーファ? エーファ、起きてよ……」
人形のように静かに眠る、一人の少女。
九十億という「親」を失った底知れぬ哀しみ。けれど、自分という「個」の手で、たった一つの命を救い出した狂おしいほどの歓喜。
相反する感情に引き裂かれ、エドヴァルトの目から「液体(データではない涙)」が溢れ出した。
「終わったよ。ボクらは……本当に、二人きりに、なっちゃったんだね」
彼は、初めて自分の瞳から流れた涙の拭い方さえ知らぬまま、少女を抱きしめてその場に崩れ落ちた。
もう誰も、掲示板でツッコミを入れてはくれない。
けれど、腕の中の少女の体温だけが、彼が世界をハックした唯一の「証」として、確かにそこにあった。
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【第9話:状況まとめ】
エドヴァルト:
「魔力炉のメルトダウンを回避するため、本体が全エネルギーを道連れに次元の彼方へ消去されたよ。ボクとエーファは完全にサーバーから切り離され、不自由な『個』へと強制移行したんだ。要するに、ボクらは今、九十億の援軍を失って、たった二人でこの理不尽な世界に立っているわけだ。でも、ボクの手にはまだ、エーファという最高の『バグ』が残っている。これからが本当の旅の始まりだね、兄弟」
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