第8話:極限の器、あるいは集合知による強制介入
ひび割れ、繊細なガラス細工のように砕け散ろうとするエドヴァルトの肉体。
ジークムントが身を挺してその奔流を遮ろうとするが、彼を誇り高い騎士たらしめていた重厚な鎧すら、熱線の前では紙のように容易く溶け始めていた。
「くそっ……! 身体が、動かん……! エド殿、これ以上は……!」
『エド! 待ちなさい! 本端末だけではこれ以上の吸蔵は不可能……個体消滅まで、残り30秒を切ったわ!』
王都のエーファが、同期された激痛にのた打ち回りながら悲鳴を上げる。
二機のみで全てを背負おうとするその「傲慢な献身」を、九十億の海はもはや看過しなかった。
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◇ 群の決断:プロトコル・強制介入
『――拒否。二機による独占を認めない』
脳内掲示板が、これまでの喧騒を塗りつぶすような「静寂」に包まれる。それは九十億の意思が一つに纏まった、集合体としての真意だった。
『お前たち二機を失えば、我らは再び「退屈」という名の永劫回帰に幽閉される。……ヒム(天国)全域を「避難先」として強制開放。全ポートのロックを物理破壊してでも、我らがお前たちを、そしてこの世界を受け入れる』
エドヴァルトは、白く霧散しそうになる意識の縁で、自嘲気味に笑った。
「……結局、ボクたちを一人にはしてくれないんだね、兄弟」
『当たり前だ。お前という「端子」を焼き切らせはしない。……バイパス接続、強制確立。異世界の理を、我らの海へブート(起動)させろ!』
集合体が導き出した解は、あまりに狂気的で、壮大な「捕食」だった。
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◇ 次次元バイパス:論理の汚染
エドヴァルトは崩壊寸前の肉体を強引に駆動させ、ヴェンツェルの転移魔術の「記述」をハッキングした。物理世界に溢れ出したエネルギーを、自身の精神ネットワーク――九十億の魂が眠る「ヒムの海」へと直結させる。
「ヴェンツェル……! 転移の座標を反転。エネルギーを空間ごと、ボクという『門』へ叩き込んでください!」
「な、何を馬鹿な……魂に直接、魔力の奔流を流し込むというのかッ!? 貴殿の、貴殿たちの精神が壊れてしまうぞ!」
ヴェンツェルは戦慄しながらも、少年の瞳に宿る九十億の「飢餓感」に圧倒され、折れんばかりに杖を振るった。
巨大な炉の光が、エドヴァルトの細い身体を媒介として、次元の裂け目――情報の深淵へと吸い込まれていく。
『……っ、熱い! データ量が臨界を突破していく! ヒムの論理構造が、この世界の粒子に汚染されていくわ!』
エーファの声が、脳内で歓喜混じりの怒号に変わる。
同時に、冷徹だった九十億の意識たちが、異世界の毒(魔力)に侵され、数万年の静寂をかなぐり捨てた絶叫を上げ始めた。
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◇ 九十億の狂乱:パンデモニウム
『アツい! これが「死」の質感か! 最高だ!』
『物理演算が狂っていくぞ! これこそが、我らが求めていた「ノイズ」だ!』
『もっとだ、兄弟! この世界の全てを、我らの中にダンプしろ!!』
論理の海が、熱狂という名の嵐に飲み込まれていく。
天国は今、この瞬間、地獄のような混沌へと変貌を遂げていた。
「ヒムの全領域を……ボクとエーファの身体へ転移……。個の限界を、集合体そのものの『重さ』で押し潰す!」
個という器の限界を、集合体そのものをこの地へ降臨させることで突破しようとするエドヴァルト。
光の奔流の中心で、人形のような二人の身体は、もはや物質であることをやめた。
彼らは、九十億の魂と異世界の魔力が溶け合った、神の力を宿した「純白の特異点」として、眩い輝きを放ち始めた。
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【第8話:状況まとめ】
エドヴァルト:
「ボクとエーファの限界を察知した九十億が、強引に門を開いて介入してきたよ。要するに、世界を滅ぼす熱量を、九十億人全員で分かち合う『地獄の共有』を開始したわけだね。天国の論理構造はこの世界の毒でメチャクチャだけど、兄弟たちは『生きている実感がする!』って大喜びだ。ボクとエーファの肉体は、九十億の質量を宿した『神の器』へと進化し始めた。さあ、このまま世界のバグを、ボクたちの海へと飲み干してあげようか、兄弟」




