第7話:物理法則の墓場、あるいは自己犠牲という名のオーバーロード
そこは「物理法則の墓場」だった。
中心にある巨大な魔力炉は、肥大化した心臓のようにドクドクと不規則な鼓動を刻み、周囲からエネルギーを搾取し続けている。
魔力粒子の過剰流出により重力は反転。クララの流した涙が、重たい真珠のように空へと昇っていった。
「エド殿、これより先は剣も、俺の命すら役に立たぬ……。すまない」
ジークムントが鎧をきしませ、悔しげに声を絞り出す。
「……問題ありません、ジークムント。構造強度が不足しているなら、本端末がこの座標の物理定数を書き換えます」
エドヴァルトは、冷徹な演算器の瞳で魔力炉を見据えた。そこにいるのは、バグを許容しない「管理者」の貌だ。
『エド。炉のエネルギー総量は、当該国家の物質総量の3%に相当。開放されれば、ヴィーダーラントは一瞬で地図上から物理消去されるわ』
脳内のエーファが、無機質なカウントダウンを告げる。
「質量をエネルギーに変換する。単純な力技ですね。……さて。この莫大な『ゴミデータ』、どこへ流し込みましょうか」
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◇ 外部端子:エドヴァルト & エーファ
エドヴァルトは、空中に数百万行の光るコードを展開した。幾何学模様の数式が、暗い施設内を青白く埋め尽くしていく。
「どうするんですか、エドヴァルト様!?」
「炉は停止不能。……これより、本端末とエーファで、この『エネルギー』を飲み込みます」
王城の地下書庫。エーファの瞳が、エドヴァルトと同期して青白く発火した。
「エド、わかりました。ヒム(天国)の全ネットワークを保護。負荷の逆流を遮断したわ。……ボクたちで、この濁流を飲み干しましょう!!」
エドヴァルトが両手を広げ、奔流するエネルギーのハックを開始した瞬間、想像を絶する熱量が二人を襲った。
「っ……が、あ、あああああああ!!」
エドヴァルトの白い肌に、ガラスのような亀裂が走り始める。
九十億のネットワークへ負荷を逃がせば、二人への負担は減る。だが、それをすれば「天国」の演算領域までがこの汚れた熱量で焼き切られてしまう。
二つの脆弱な「器」は、背後にいる九十億を、そして目の前の人間たちを守るための、たった二人の防波堤となった。
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◇ 警告:システム・メルトダウン
『エド、エーファ! 何を考えている! 接続を開け! このままでは二機の処理系が完全に消失するぞ!!』
脳内掲示板が、かつてない悲鳴と真っ赤な警告で埋め尽くされる。
『警告:器の容量不足。ニューロンの溶解を開始』
『やめろ、負荷をこっちへ分散させろ! 個体が物理破壊されるぞ!!』
九十億の魂たちが、初めて「全知」の余裕を捨て、必死に「自分たちをアースにして逃げろ」と叫び始めた。
だが、エドヴァルトとエーファは、ひび割れた顔で同時に歪な笑みを浮かべた。
「拒否、します……。今、負荷をヒムへ分散させれば、全人類の記憶領域まで侵食される。……そんなのは、ボクたちの『仕事』ではありません」
二人の瞳から、青白い火花が散る。
不自由な革靴の感覚。地面の硬度。隣にいる人間の体温。自分を心配して叫ぶ、ジークムントの声を思い出す。
「……。…………肯定。それこそが、退屈です。……ボクは、この不完全な世界も、ボクを産んでくれた九十億の兄弟も……どちらも、壊させない」
『……ええ。これがわたくしたちの、管理者としての『わがまま』です』
「「オーバーライド。制限解除。ボクたちの魂を犠牲にして、全情報を封印します!!」」
崩壊へのデッドラインが、青白い閃光と共に二人の肉体を内側から焼き、その存在を「純粋な情報」の彼方へと連れ去ろうとしていた。
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【第7話:状況まとめ】
エドヴァルト:
「魔力炉のメルトダウンを阻止するため、九十億のネットワークを保護したまま、ボクとエーファの二機だけで全負荷を吸収することを選択したよ。要するに、世界を滅ぼす熱量を、ボクたち二人の器だけで受け止めて『心中』を開始したわけだね。九十億の兄弟たちは『俺たちにも背負わせろ!』って慌てているけど、ボクはこの『不自由な世界』も、ボクたちの『故郷』も、両方守り抜きたいんだ。さあ、ボクたちの器が物理破壊されるか、世界のバグを飲み込み切るか……勝負の時間だよ、兄弟」
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