第5話:強制再起動(フルリブート)と、神殺しのデバッグ
そこは、もはや「世界」という名のシステムが崩壊したデッドセクターだった。
赤黒く変色した土壌から、バグったポリゴンのように歪んだ木々が這い出している。
「見てよ、兄弟。あれがこの世界の『未定義エラー』の成れの果てだね」
馬車の屋根に立つエドヴァルトの瞳に、影のように蠢く魔獣の群れが映る。それらは生物というより、制御を失った純粋なエネルギーの塊のように見えた。
「くそっ、この数……! 屋根から降りろ、エドヴァルト殿!」
騎士団長ジークムントが剣を抜き、銀色の閃光で魔獣を両断する。だが、霧散した魔力はすぐ隣の個体に吸収され、バグは増殖を続ける。
『うわー、粒子配列の効率が悪すぎて逆に新鮮だぞ!』
『あの角、炭素固定してダイヤモンドに変えちゃおうぜ、兄弟!』
脳内掲示板では九十億のヤジが飛び交う。だが、その「全知」ゆえの慢心が、致命的な隙を招いた。
『エド、危ないッ!』
クララの悲鳴が響いた瞬間、死角から漆黒の爪が振り下ろされた。
ドォォン!!
エドヴァルトの細い身体が、ゴミ屑のように吹き飛ぶ。巨木の幹に叩きつけられ、メキリ、と生々しく肋骨が砕ける音が森に響いた。
◇
視界が急速にノイズで埋まる。
次元の彼方にある九十億の並列思考は、冷静に「端末の機能停止」と「予備機への移行」を演算し始めた。
本来なら、そこで終わるはずだった。エドヴァルトという「器」は、九十億が遠隔操作するための使い捨ての「端末」に過ぎないのだから。
だが、沈みゆく意識の淵で、エドヴァルトは初めて「未知のデータ」に触れた。
(……嫌だ。ボクを終わらせるな……ボクは、ここにいるんだ!)
それは集合知には存在しない、ドロドロとした原初の 「恐怖」 。
全の光が届かない暗闇で、彼は初めて『ボク』という孤独を抱きしめた。人類が一つに溶け合う際に切り捨て、忘却したはずの残骸――「自分一人でいたい」という、孤独への猛烈な渇望だった。
要するに、これまでのボクらは「安全な観客席」から映画を観ている気分だったけれど、不意に「スクリーンの中に引きずり込まれて」、初めて自分の体が壊される恐怖を知ったんだ。システムとしての『死』ではなく、一人の生き物としての『消えたくない』という本能が、九十億の論理を上書きしちゃったんだね。
『――強制再起動! 同期、再開! ……エド、今のノイズは何!?』
脳内に響くエーファの叫びを無視し、エドヴァルトは弾かれたように立ち上がる。
砕けた肋骨を、強引な魔力結合で修復し、その瞳には冷酷な演算器を超えた、猛烈な「生」の執着が宿っていた。
「……消される。ボクを、消そうとしたな……」
エドヴァルトは、震える手で目前の巨大な魔獣を指差した。
◇
「君は……デリートだ」
次の瞬間、世界の法則が悲鳴を上げた。
エドヴァルトの意思に呼応し、周囲の魔力粒子が異常な高速運動を開始。
「実行、実行、実行――全方位デリート!!」
エドヴァルトが虚空をスワイプした瞬間、殺到していた魔獣たちの内部構造が強制的に書き換えられる。
ある個体は一瞬で「ただの空気」へ物質変換され、ある個体は「自身の質量」に耐えきれず、ブラックホールのように内側へ爆縮した。
跳ね起きたエドヴァルトは、砕けた肋骨を銀色の触手のように伸ばし(!)、迫る魔獣を一閃。触れた端から魔獣たちは光の粒子となって四散していく。
「次は君だ! 配置エラー! 座標矛盾! まとめてフォーマットします!」
白い閃光が爆発し、数十の魔獣が塵一つ残さず「消去」された。
◇
静寂が訪れる。
我に返ったジークムントが駆け寄り、エドヴァルトの両肩を武骨な手で強く掴んだ。
「……馬鹿野郎!! 死ぬところだったんだぞ!!」
怒鳴りつけるジークムントの瞳には、打算のない、純粋な「個」としての心配が宿っていた。
エドヴァルトは、喉の奥に残る鉄の味と、肩を掴む手の圧倒的な熱量を感じる。それはデータの海には存在しなかった、「生と死の感触」だった。
『警告:エドヴァルト個体の損耗率が規定値を超過しています。自己保存プロトコルの優先順位を上げてください』
脳内の九十億人も、今は静かだった。
エドヴァルトは、不自由な革靴でしっかりと地面を踏みしめた。
「……問題ありません、ジークムントさん。ボクの個体定義ログには、高密度の『生存実感』が書き込まれています」
データの海には存在しなかった、痛みと熱量。
少年は、壊れかけた世界の中心で、初めて自分という「個」を誇らしく笑った。
---
【第5話:状況まとめ】
エドヴァルト: 「魔国への街道で『バグ(魔獣)』の強襲を受け、端末としての器が破壊されかけたよ。その時、ボクの中にヒムの論理を越えた 『生存本能』 が芽生えたんだ。要するに、ボクはこの地獄で、一人の人間として目覚めてしまったわけだね。九十億の安らぎ(ヒム)と、孤独なボク(個)。この境界線が、これからの物語を大きく変えていくことになるだろうね、兄弟」
毎日18:00にUP予定です、明日もぜひ見てくださいね。
何かコメントいただけると励みになります。




