第22話:虚飾の魔王と、霧の国の歓待
「えっと……ボクだよ、タチバナさん」
◇ 境界線の果て:魔国
一瞬の転移、浮遊感。
視界が開けた先には、ヴィーダーラントの凍てつく白銀とは真逆の、極彩色の闇が広がっていた。
天を突く巨木、燐光を放つ植物、地表から突き出す美しい結晶。ここが、オダギリ君のノートにおける『D』領域―― フィンシュテルニス魔国 。
私は腰の剣を握りしめ、血に飢えた魔族との死闘を覚悟した。……ところが。
「おお、ヴェスパー殿。遠いところをお疲れ様です。ささ、お食事の用意もできておりますぞ」
現れたのは、異様に腰の低い青い肌の執事だった。
「え、ちょっ……えええ!?」
拍子抜けしたまま、高級旅館のような手厚いもてなしで王城へと案内される。
地獄の門番は? 門前払いの洗礼はどこ行ったのよ!
要するに、ボクたちは「魔界の入り口」に特攻したつもりだったけれど、着いてみたらそこは「最高級の温泉リゾート」だったようなものね。殺伐とした戦場とは、運営の思想からして全く違うみたい。
◇ 魔王セレナの「正体」
城の最奥、豪奢な広間で待ち構えていたのは、この国の主―― 魔王セレナ・フィンシュテル 。
齢三百。魔王の象徴たる二つの禍々しい角を持つ、妖艶な貴婦人だ。
これよ、これくらいの威圧感がないと魔国に来た甲斐がないわ!
「まあ良い、茶でも淹れてやろう。……ふぅ」
そう言って彼女は、おもむろに頭の角を掴むと、 「カパッ」という軽い音と共にそれを取り外し 、サイドボードに無造作に置いた。
「……えっ、外れるの!?」
「一応、人に会う時の礼儀で付けておるのだ。不満か?」
「不満っていうか、調子が狂うわよ! 伝説の魔王の威厳を返しなさいよ!」
角を外した彼女の佇まいは、三百年という時間を色香に変えて纏った、成熟した大人の女性そのものだった。
◇ファイターの空振り
私は気を取り直して、本来の目的を叩きつけた。
「茶を飲んでる場合じゃないわよ! あんたがヴェスパーに渡した『核』のせいで、あっちの国はメルトダウン寸前なのよ! どう落とし前つけるつもり!?」
言ってやった。これで魔王の本性を引き出せるはず。……けれど、セレナは困ったように眉を下げて、隣のヴェスパーを見た。
「なんじゃ。お主、まだそやつに言っておらなかったのか?」
「……言わなきゃ、駄目かな」
ヴェスパーがひどい困り顔で、大きなため息をつく。
「わしは良いが、この剣幕じゃお主の『先輩』は引き下がらんぞ」
私だけが、何か決定的な真実を知らされていない。
ざわつく胸を押さえていると、ヴェスパーが静かに、けれどあの土手の夕焼けの中で聞いた「懐かしい響き」で、私を呼んだ。
「えっと…… ボクだよ、タチバナさん 」
◇ 秘匿プロトコル、解除
「………………え?」
私の思考回路が完全にショートした。
コンラートとしての威厳も、ファイターとしての闘志も、全部どこかに吹き飛んだ。
目の前にいる、青い肌をした「絶望を背負う天才技術者」が、今、なんて言った?
「ボクだよ、って……え、嘘でしょ。なんで、あんたが、ここに……?」
眼鏡型デバイスの中のピピが、これまでにない爆音のファンファーレを鳴らす。
[HIM_Core] 警告:特異点間の秘匿プロトコルが解除されました。
[HIM_Core] 解析:ヴェスパーの識別名を「オダギリ」へ書き換え完了。
[HIM_Core] ステータス:二名の観測者が「異世界座標」にて完全同期しました。
魔王は茶を啜り、ヴェスパー(オギ)はバツが悪そうに視線を逸らす。
異世界の霧に包まれた樹上都市で、私は呆然と立ち尽くした。
私が救おうとしていた「ヴェスパー」の正体は、私が一番会いたくて、一番会わせる顔がなかった、あの「オギ」本人だった。
要するに、わたしは一生懸命「遠くにいる神様」に届くようにハックをしていたつもりだったけれど、実はその神様自身が「新入り(後輩)」のフリをして、わたしの隣で一緒に作業を手伝っていたってこと。これまでのわたしのカッコつけたセリフ、全部筒抜けだったってことじゃない! 最悪のバグよ、これは!
【第22話:状況まとめ】
エーファ: 「魔国でタチバナさんを待ち受けていたのは、角が着脱式の(!)優雅な魔王様と、最大のバグ報告だったね。要するに、前任者の技術者ヴェスパーの正体は、現実世界で彼女を見守っていたはずの創造主オダギリ君だったんだ。二人の観測者がついに一つの時代で邂逅したことで、物語の円環は完成に向けて加速し始めた。次は、彼がなぜ自ら『贄』になろうとしたのか……青き創造主の真意を暴くとしようか、兄弟」
次回も18:00にUP予定です、明日もぜひ見てくださいね。
気に入っていただけたなら是非お気に入り登録を宜しくお願いします。
何かコメントいただけると励みになります。




