第20話:希望の帰還、あるいは破滅の始まり
「……よかったわね、ヴェスパー。これであなたの望みが叶うわ。――世界で一番残酷なやり方でね」
◇ 希望という名の猛毒
ヴェスパーが魔国から帰還したのは、地吹雪が世界の輪郭を消し去るほど激しい日のことだった。
城門を潜った彼の姿は、旅立つ前よりも一回り痩せていたが、その瞳にはかつてないほどの熱が宿っていた。
「コンラート先輩! ついに見つけたんです。この国の冬を終わらせる『心臓』を!」
彼が革袋から取り出したのは、禍々しい漆黒に、脈動する紫の光を湛えた結晶体―― 「魔族の核」 。
私の眼鏡の端で、ピピが悲鳴のような警告を叩き出す。
`[Warning] 因果律への致命的な干渉を検知。整合性:計測不能。`
「これがあれば、地熱に頼る必要はありません。国全土を常夏の楽園に変えられる、永久機関の炉が造れるんです!」
彼は聖者のような純粋さで笑った。
その笑顔の裏側に、私は未来のログを重ねる。この結晶が暴走し、彼の肌と同じ青い炎が王都を焼き尽くす「メルトダウン」の光景を。
要するに、彼はこの国を救うために「魔法の太陽」を持ち帰ったつもりだけれど、その正体は、いつ爆発してもおかしくない「異世界の核燃料」のようなものなんだ。彼はそれを『希望』と呼び、ボクはそれを未来への『電池(贄)』だと知っている。あまりに不公平な情報の非対称性だね。
「……よかったわね、ヴェスパー。これであなたの望みが叶うわ」
私は、自分の声が驚くほど平坦なことに気づく。私は彼を止めない。
この『心臓』が撒き散らす魔力の奔流こそが、未来でエドたちの「魂」を形作り、私たちの絶望を救うためのエネルギー源なのだから。
◇ ヴェスパーの「遺言」と、あの背中のノイズ
魔力炉の建造が始まって数日。ヴェスパーは寝食を忘れて作業に没頭していた。
ある深夜。私は、地下書庫の隅で彼が一人、何かに触れているのを見かけた。
「……何、今の。ラブレターでも書いてたの?」
「あはは、違いますよコンラート先輩。……ただ、もし僕が失敗した時のために、少しだけ『道標』を残しておこうと思って」
彼はそう言って、一枚の白いメモを古い書物の隙間に滑り込ませた。―― 宛名はエーファへ 。
「未来で困っている誰かが、これを見つけてくれたらいいなって。……僕たちはいつか一つに溶け合う運命だとしても、今の『個』としての僕が何を感じていたか、誰かに知っていてほしいんです」
その言葉の響きに、私は胸の奥を掻きむしられるような「不快な懐かしさ」を覚えた。
争いを避けるために自分を殺し、波風を立てないように平穏を祈る――。
この救いようのない「甘さ」を、私は知っている。かつて私を土手の夕焼けの中、自転車に乗せて運んでくれた 「あの臆病な背中」のノイズ と同じだ。
(バカね。……その祈りが数百年後、誰に届くかも分からないのに)
私は彼に気づかれぬよう、自らの「黒い心」を研ぎ澄ませる。
彼が遺したものが希望だというなら、私がこれから仕掛けるのは、世界を欺く「嘘」だ。彼が死の淵で放つエネルギーが、未来の私たちを救うための「贄」になる。その冷徹な計算式を、私は彼の「道標」の上に重ね合わせた。
◇ 偽りの春、そして120時間の猶予
聖暦342年。歴史に記された、運命の日がやってくる。
ヴェスパーが魔力炉を起動した瞬間、王都を支配していた数千年の冬が、音を立てて崩れ去った。
屋根に積もった万年雪が滝のように流れ落ち、凍てついていた土からは、季節を忘れた芽が顔を出す。
「見て、雪が解けていくぞ!」
「春だ……本物の春が来たんだ!」
家の前に飛び出し、抱き合って歓喜の声を上げる民衆たち。
けれど、眼鏡越しに魔力の奔流を監視する私には、それが「破滅までの余熱」にしか見えなかった。
魔力炉の出力は、既に設計上の限界値をかすめ、臨界点へと向けて加速している。
[HIM_Core] 解析:メルトダウン発生までの推定時間:120時間。
[HIM_Core] 判定:エネルギーの放流準備、完了。
「さあ、始めましょうか。……世界を騙す、最高の一撃を」
私は、歓喜に沸く王都の影で、冷徹なエンジニアとしての指先を動かし始めた。
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【第20話:状況まとめ】
コンラート/タチバナ: 「ヴェスパーが魔国から『魔族の核』を持ち帰り、ついに偽りの春が訪れたわ。要するに、私たちは今、爆発寸前のダイナマイトの上で花見を楽しんでいるような状態よ。あいつが遺した未来へのアース(放流)の準備も、すべては私が仕掛けた『歴史のハック』へと収束していく。次はいよいよ、青い炎が王都を焼き尽くす、あの運命の『メルトダウン・イヴ』が始まるわ、」




