第2話:肋骨(リブ)と掲示板と臨界点
◇ 集合知の暴力
「……ヴェンツェル。この少年は、本当に救世の技術者なのか?」
老王ヴィルヘルム三世が、震える声で問う。
その時、少年の瞳の奥では、数万、数十万という文字列が超高速でスクロールされていた。
『王様ビビりすぎ。心拍数120、嘘ついてる余裕はなさそうだな』
『それより地図の解像度ひどくない? 測量班、早くスキャンして補正かけて』
『中身九十億人とか、もはやこれ「密」どころの騒ぎじゃないだろ、兄弟』
エドヴァルトは、自身の意思ではなく「脳内アンケート」の集計結果に従い、機械的に視線を動かした。
「……前任者のデータが不足しています。コンラート、そしてヴェスパー。彼らが何をして、どう『失敗』したのか、要約を要求します」
少年が発したその声には、感情の抑揚が一切なかった。スピーカーの振動が、ただ情報を空気へ伝播させているだけだ。
前任者コンラートは「出し惜しみ」をし、魔法技師ヴェスパーは加減を間違えて「魔力メルトダウン」を引き起こし、自ら命を絶ったという。
「ヴェスパー様は……自ら、責任を……」
声を震わせるのは、弟子のクララ。
『出たー! テンプレートな美少女弟子キャラ!』
『コンラート、さては容姿で選んだな?』
『技術班、私情を挟むな。それより炉の仕様を吐かせろ』
「静かに」
エドヴァルトが短く制すと、脳内の雑音がピタリと止む。
「対象をスキャン……完了。魔法粒子を燃料とした自己増殖型エネルギー変換炉。物理定数の差異を無視した、論理破綻を確認。……このまま放置した場合、現時点より120時間以内に臨界点に到達。半径五十キロ圏内の全物質が、地図上から物理消去されます」
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◇ 肋骨のパージ
「処理速度が足りない。並列演算ユニットを構築する。……許可を」
エドヴァルトの呟きは、王に向けられたものではなく、天国への申請だった。
『承認。ハードウェアの12%を割譲、サブ端末を生成せよ』
エドヴァルトは、感情の消えた顔で自らのシャツのボタンを外した。
「な、何を……!? 破廉恥ですわ!」
顔を赤らめるクララを無視し、少年は自らの左脇腹に、彫刻刀でも突き立てるかのように指を沈めた。
メキリッ!!
石畳に生々しい音が響く。エドヴァルトは眉一つ動かさず、自らの「肋骨」を一本、肉を裂いて引き抜いた。
「痛覚……遮断。……構築を開始」
『アダムとイブのパロディかよ。古典的なセンスだな』
『黙れ、一番効率的な質量分配だ』
引き抜かれた骨は、ナノマシンの霧となって少年の手元でうごめき、瞬く間に「少女の形」へと固まっていく。
光の中から現れたのは、銀髪を無機質に垂らした、人形のように美しい少女―― エーファ 。
「……エーファ、起動。全プロトコル、オリジナルと同期完了。……命令を」
彼女の瞳には光がなく、声は録音された音源のように平坦だった。
「ひっ……あ、ああ……」
王も、ヴェンツェルも、騎士たちも。その「神を冒涜するスペアパーツの生成」に、ただ腰を抜かすしかなかった。
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◇ 二画面並列処理
「エーファ。君は王都に残り、全魔導書をデータ化してパッチを作成。ボクはクララの案内で研究所へ向かう。……ヴェンツェル、あなたは道中でボクを教育してください」
少年と少女は、鏡合わせのように無機質な動作で頷き合った。
九十億の魂を分配した二つの端末。それはもはや人間ではなく、一つの目的を遂行するための「作業機械」だ。
「ボク自身は魔法を知らない。でも、ボクたちの脳は『天国』経由で直結しています。ボクが現場を見、彼女が知識を喰らえば、到着する頃には『解決策』がデプロイされているはずです」
エドヴァルトはクララを見つめた。その瞳にあるのは、慈愛でも勇気でもない。
九十億の観客が、次の「大逆転劇」というエンターテインメントを心待ちにする、冷徹なまでの観察欲求だ。
「案内してください、クララ。……その、爆発寸前の『欠陥品』の場所まで」
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【第2話:状況まとめ】
エドヴァルト:
「前任者が遺した『魔法の原子炉』が爆発寸前だ。一人では処理能力が足りないため、自分の肋骨を割いてサブ端末『エーファ』を構築したよ。要するに、ボクらは今、一人が攻略本を読み、もう一人がダンジョンへ突っ込む『二画面同時プレイ』を開始したところだ。効率的だろう、兄弟」
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