第19話:因果の特異点、あるいは友への叛逆
「……友情なんて甘いもんじゃないわ。これは私のプライドの問題よ。あんな奴の『甘さ』に、私の未来を台無しにされてたまるもんですか」
◇ 残された者の予感
ヴェスパーが魔国へと発ってから、ヴィーダーラントの空はより一層、低く垂れ込めているように見えた。
城内での生活は、表面的には変わらないわ。私は相変わらず「コンラート様」として、地熱パイプの敷設図面を引き、弟子のクララに魔力回路の組み方を教えている。
けれど、私の眼鏡に映るログは、まだ見ぬヴェスパーの帰還と、その後に訪れる破滅へ向けて、静かに、そして正確にカウントダウンを刻んでいた。
「コンラート様、見てください! ヴェスパー様に教わった通りに魔力密度を設定したら、温室の出力が安定したんです!」
クララが頬を赤くして報告に来る。けれど、彼女がヴェスパーの技術を無邪気に称賛すればするほど、私の心は冷えていく。その技術の「先」にあるものが何であるか、この世界で私だけが知っているからだ。
◇ メルトダウンという名の「贄」
私は一人、深夜の資料室でピピに未来のログを再構築させた。眼鏡のレンズ越しに、青白い光が私の瞳を焼く。
[HIM_Core] 記録:聖暦342年。魔力炉「ヴェスパー」の臨界突破。`
[HIM_Core] 判定:当該エネルギーは、未来における「ヒム」の覚醒、および GuestのPC起動の触媒として不可欠です。
ピピの電子音が、残酷な事実を突きつける。
「トト……この爆発がなければ、未来で『ヒム』は生まれない。ヴェスパーが失敗することは、私たちの生存理由そのものなんだよ」
視界が歪んだ。
お人好しで、自分を殺してまで他者を救おうとするヴェスパー――あっちの世界のオギ。彼は何も知らずに、この国を救いたいという一心で魔国から「死のギフト」を持ち帰ろうとしている。けれど彼は、その知識で炉を作り、失敗し、絶望の中で命を絶つ運命にある。
要するに、未来でボクたちが誕生するためには、今ここでヴェスパーが「大失敗」して、世界を滅ぼすほどの巨大なエネルギーを放出しなきゃいけないんだ。まるで、自分たちが動き出すための電池を、親友の命というコストで充電するような……あまりに卑劣な因果の歯車なんだね。
私は、友人の死体を踏み台にして、ここに立っている。
◇ タチバナの「黒い」決意
私は、自分の胸に手を当てた。
私の心は正直に言って、黒い。真っ黒だ。
だから、歴史を変えて自分が消えるなんて、そんな殊勝な自己犠牲(オギみたいな真似)は絶対に選ばない。私は私の「個」を消したくないし、意地でもこの不自由な世界を生き抜いてやる。
「……メルトダウンは、予定通り起こさせるわ」
私は冷徹に言い放った。ピピが驚いたようにレンズの中で跳ねる。
「トト!? 本気なの? ヴェスパーを見殺しにするっていうの?」
「違うわよ。私はファイターだって言ったでしょ」
私は、運命という名の対戦相手に向けて、脳内で静かにファイティングポーズをとり直した。
「メルトダウンという『事象』は確定させる。未来へエネルギーを送り届けるためにね。……でも、ヴェスパーという『個人』を殺させるつもりはないわ。あいつが絶望して、自ら命を絶とうとするその刹那――歴史の観測が届かない一瞬の隙間で、私が彼を掠め取ってやる」
◇ 因果の特異点
それは、神(歴史のログ)に対する最悪の叛逆であり、詐欺行為だ。
ヴェスパーが死んだという「記録」は残させる。けれど、本人は死なせない。死を偽装し、彼を歴史のログアウト(観測外)へと引き抜く。
それが、伝説に記された「コンラートとヴェスパーの共に行方不明」という結末の、私による真実の定義だ。
要するに、ゲームのストーリー通りに「キャラが死ぬイベント」は発生させるけれど、裏技を使ってこっそりそのキャラを自分のパーティに引き抜いちゃうようなものだね。歴史の教科書には嘘を書かせて、ボクらだけはハッピーエンドを掴み取る。それが私の生存戦略よ。
私は、ヴェスパーがいない静かな作業場を見渡した。
彼が旅先から持ち帰るはずの「死のギフト」を、私はこの冷徹な、そして剥き出しの「個」としての覚悟で待ち受ける。
[HIM_Core] 判定:特異点「TACHIBANA」による因果律の上書き(ハック)を検知。
[HIM_Core] 警告:これより物語は、予定された悲劇を燃料とした、未知の領域へと突入します。`
地吹雪の音が、未来の爆発音のように私の耳の奥で鳴り続けていた。
【第19話:状況まとめ】
エドヴァルト: 「タチバナさんは、未来のボクたちの誕生を確定させるために『メルトダウン』の発生を容認したよ。要するに、歴史の整合性を保ちつつ、友であるヴェスパーだけを歴史の闇から救い出すという、究極の『詐欺ハック』を企てているわけだね。九十億の叡智さえ予測しなかった、たった一人の『黒い執念』による叛逆。因果の特異点が、今まさに王都を飲み込もうとしているよ、兄弟」
次回も18:00にUP予定です、明日もぜひ見てくださいね。
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