第18話:三人の食卓、そして「正しさ」の亀裂
「……バカね、本当に。オダギリ君と同じ、救いようのない大バカよ」
◇ 予想外の「後輩」
ヴェスパーが来てからというもの、私の建国事業は驚くほどスムーズに進み始めた。
正直、もっと鼻持ちならない「天才」が来ると思っていたのだ。魔法世界の出身だというし、私(地球の知識)を馬鹿にするような奴かと身構えていた。
けれど、現れたのは、いつも一歩引いて「僕が我慢すればいいですから」と微笑むような、ひどくおっとりした青年だった。
「コンラート先輩、この魔力回路の配置、少しだけ修正しておきました。……あ、でしゃばりすぎでしたか?」
「……いいわよ。効率、良くなってるし」
自分の手柄を誇ることもなく、私の機嫌を伺いながら、淡々と完璧に仕事をこなす。その「個」を殺した立ち振る舞いに、私は時折、どうしようもない苛立ちを感じていた。
◇ 束の間の「楽園」
それでも、三人の生活は悪いものではなかった。
プラントの工事現場で、焚き火を囲んでとる遅い夕食。
「ヴェスパー様! 見てください、この数式! 私にも理解できました!」
「すごいよ、クララちゃん。君はコンラート先輩の教え方がいいから、飲み込みが早いんだね」
クララがはしゃぎ、ヴェスパーがそれを優しく見守る。
私はスープを啜りながら、その光景を眺めていた。
現実の教室(戦場)でハブられていた私にとって、この「理解可能な仲間」との時間は、皮肉にも異世界に来て初めて手に入れた「楽園」そのものだった。
◇ 正しさの限界、優しさの暴走
平穏は、ある「現実」を前にして脆くも崩れ去った。
視察の帰り道、私たちは王都の隅にあるスラム街を通った。そこには、凍えそうな雪の中で身を寄せ合い、泥水を啜って飢えを凌いでいる子供たちがいた。
ヴェスパーが、足を止めた。その澄んだ瞳に、激しい動揺が走る。
「コンラート先輩。……なぜ、この子たちにエネルギーを配分しないんですか? 城内の温室を作る魔力があれば、この子たちを今すぐ温められるはずだ」
「……ダメよ。基幹システムの安定が先。中途半端な供給は、冬の盛りでシステムが落ちた時に、全員を殺すことになるわ」
私は、ピピの提示する「生存確率」に基づいた、最も合理的で『正しい』判断を口にした。
要するに、今ある電池を全員で分け合ったら、明日には全員が凍え死んでしまうんだ。だから、まずは発電所を完成させるために電池を集中させなきゃいけない。誰かを見捨てることでしか、国を救えない――それが私の選んだ、冷徹で『正しい』エンジニアの論理だったんだね。
「……コンラート先輩。あなたの言うことは、いつも正しい。論理的で、長期的な視野に基づいている。……でも、今、目の前で飢えているこの子たちに、その『正しさ』が何の意味を持ちますか?」
ヴェスパーが声を荒らげた。
彼は自分の上着を脱ぎ、ボロボロの子供に着せると、私を真っ直ぐに睨みつけた。
争いを避けるために自分を殺す彼が、初めて「個」としての怒りを私にぶつけてきたのだ。
「私は、あなたが恐れている『過ぎた技術』の力を、信じてみたいんです」
◇ 魔国への決別
数日後、ヴェスパーは旅支度を整えて私の前に現れた。
「……行くのね」
「はい。東の魔国へ。彼らの持つ古代の魔法エネルギー……それこそが、この国の冬を終わらせる鍵だと確信しています」
ピピのレンズが、未来のログを不気味に投影する。
ヴェスパーが魔国で見つけるもの。それは国を救う光であり、同時にすべてを焼き尽くす「メルトダウン」の種火だ。
「ヴェスパー様、すぐ帰ってきますよね」
何も知らないクララが、城門の前で必死に手を振っている。
「ああ、約束するよ。……コンラート先輩、あとのことはお願いします」
彼はそう言い残し、雪原の向こう側、霧に包まれた魔国へと歩き出した。
私は、彼が座っていた空っぽの椅子を見つめ、震える指を組んだ。
彼が「優しさ」ゆえに地獄の蓋を開けようとしているのを、私は知っている。
そして、その爆発するエネルギーが、未来のオダギリ君と私を救うための「贄」になることも。
歴史という名の残酷な台本が、一人の青年の善意を飲み込んで、破滅へと動き出した。
[HIM_Core] 判定:特異点「ヴェスパー」が魔国座標へと移動を開始。
[HIM_Core] 演算:歴史上の「メルトダウン」発生確率、98%に上昇。
私は、冷徹なエンジニアの仮面を被り直し、彼が持ち帰るはずの「死のギフト」を待つことに決めた。
【第18話:状況まとめ】
エドヴァルト: 「タチバナ(コンラート)とオダギリ(ヴェスパー)、二人の平和主義が『救済の形』を巡って決裂したよ。要するに、現実を守ろうとする冷徹な論理と、理想を追う無垢な優しさがぶつかり、ヴェスパーは魔国へと旅立った。これが歴史に記された『メルトダウン』の真のプロローグだ。次は、彼が持ち帰る破滅の希望が、どのように王都を焼き尽くすのか……因果の特異点を見守ろうか、兄弟」
次回も18:00にUP予定です、明日もぜひ見てくださいね。
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