第17話:青き異分子の降臨(ヴェスパー召喚編)
「……間違ってることは間違ってるって、言い返しなさいよ! なんでそんなにヘラヘラしてんのよ!」
◇ 禁忌の再演
ヴィーダーラント王城、最下層。
三年前、私がこの世界に突き落とされたあの日と同じ、禍々しい魔力の脈動が地下室を満たしていた。
「……もう一人、呼ぶ必要なんてあるのかしら」
私は腕を組み、冷ややかな視線で魔法陣を見つめていた。傍らでは弟子のクララが、期待と不安の入り混じった表情で私のマントを握っている。
国王ヴィルヘルム三世の欲望は尽きない。私の技術で食糧難が改善し始めると、彼はさらなる「力」を求めたのだ。この極寒を完全に終わらせるための、決定的な奇跡を。
「……ヴェンツ。無理しすぎよ、顔が真っ白じゃない」
「……なんの。これしき、国の未来に比べれば……」
老魔導士ヴェンツェルは脂汗を流しながら杖を振るう。次の瞬間、魔法陣が咆哮を上げた。
◇ 青い肌の「個」
視界が真っ白な光に塗りつぶされる。次元の壁がひび割れるような硬質な音と共に、光の柱から「それ」が姿を現した。
現れたのは、一人の青年だった。
透き通るような青い肌。漆黒の髪。そして、すべてを諦めたかのような、穏やかすぎるほどに澄んだ瞳。
「――魔族だ! 魔族を召喚してしまったぞ!」
騎士団長ジークムントの叫びと共に、周囲の騎士たちが一斉に抜剣した。青い肌はこの世界の「人類の敵」の象徴だ。
だが、青年は逃げることも、戦うこともなかった。彼は突きつけられた数多の刃を静かに見つめ、ゆっくりと頭を垂れた。
「……申し訳ありません。驚かせてしまったようですね。私のいた場所では、この肌の色は普通だったのですが」
その声を聞いた瞬間、私の背中に冷たい戦慄が走った。
理不尽な敵意を向けられているのに、彼は言い返さない。自分の正しさを主張するより先に、波風を立てないように「自分(個)」を消して立ち回っている。
それは、現実世界で自分を殺して生きていた、あのオダギリ君の気配そのものだった。
要するに、彼は「自分が一歩引いて我慢すれば、この場は丸く収まる」という考え方の持ち主なんだ。周囲との摩擦を避けるために、最初から自分という「個」を透明にしている――それは、平和を願うあまりに自分を捨てた、究極の臆病さ(あるいは優しさ)の形なんだね。
◇ ファイターの苛立ち
「お主、魔族なのか?」
王の震える問いに、青年――ヴェスパーは卑屈なほど丁寧なお辞儀をした。
「いえ。私はただの技術者です。陛下が望まれるなら、この命、どう扱っていただいても構いません。皆様の平穏の邪魔にならないよう、努めますから」
―― カチン、ときた。
私は騎士たちの間を割って入り、ヴェスパーの目の前に立った。
「ちょっと、あんた。勝手に呼ばれて、いきなり剣を突きつけられて、なんでそんなにヘラヘラしてんのよ? 間違ってることは間違ってるって、言い返しなさいよ!」
「……はじめまして、コンラート先輩。そんなに怒らないでください。僕一人が我慢すれば、この場は丸く収まるんですから」
ヴェスパーは困ったように微笑んだ。その瞳の奥にある、底知れない「空っぽ」な静寂。
彼は平和を願っているのではない。ただ、他者との摩擦というノイズを避けるために、最初から自分を捨てているのだ。
◇ 三位一体の始まり
「殊勝な心がけよ。コンラート殿も見習ったらどうかの?」
王の余計な皮肉を無視し、私はヴェスパーの手を強引に取った。
彼の肌は、氷のように冷たかった。
「……ピピ、解析はどう?」
『……分析不能。魔力波長が、あっちのオダギリのPCのログと完全に同期してるみたい。トト、この人、危険だよ。優しすぎて、いつか全部壊しちゃうタイプだ』
眼鏡型デバイスの中のピンクのクマが、かつてない警戒音を鳴らす。
「コンラート様! ヴェスパー様、なんだか凄そうです!」
何も知らないクララが、新しい「師匠」の登場に瞳を輝かせている。
要するに、ボクたちは今、「自分の正義を曲げないファイター(コンラート)」と、「自分を殺して平穏を守る管理者」という、真逆のロジックを持つ二人が出会ってしまった状態なんだ。この水と油のような二人の共鳴が、世界の理を激しくハックし始めてしまったんだね。
「個」を貫き通す私。
「個」を殺して平穏を演じる彼。
そして、未来を担う少女。
最悪に噛み合わない三人の共同生活が始まった。
それが、後に王国を焼き尽くす「メルトダウン」への、最初の一歩であることも知らずに。
[HIM_Core] 判定:二名の「個」が異世界座標にて合流。`
[HIM_Core] 警告:異なる平和主義の衝突により、因果の歪みが加速しています。`
現実世界のオダギリ君の部屋で、電源の落ちたはずのPCが、激しく、熱く、 ドクン…… と心拍を刻んだ。
【第17話:状況まとめ】
コンラート/タチバナ : 「ヴィルヘルム三世の強欲によって、二人目の転生者ヴェスパーが召喚されたわ。青い肌に空っぽの瞳……。あいつの『自分を殺す平和主義』を見てると、無性に腹が立つのよね。要するに、ボクたちは今、爆弾の火種と燃料が同じ部屋に閉じ込められたようなものよ。ピピも警戒してるし、この三人の共同生活は、歴史上最悪の『バグ』を生むことになりそうね、」
次回も18:00にUP予定です、明日もぜひ見てくださいね。
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