第15話:円環するタチバナさん、あるいは孤独な個の帰還
◇ 黒い独白
私の心は、正直に言って真っ黒だ。
曲がったことが嫌いで、損な生き方だと分かっていても自分を曲げない。それは高潔な理想などではなく、単なる「選民意識」だった。容姿や環境、生まれ持ったカードを使いこなし、学園という名のピラミッドの上層に君臨する。逃げず、闘い、勝ち続ける。
それが「私」というファイターの誇りだった。
きっかけはテニス部の理不尽な伝統。それを「間違っている」と一人で指摘しただけで、昨日までの仲間は一転して敵となり、謂れのない非難の雨が降った。私はガードを固め、牙を研ぎ、いつ攻めに転じようかと反撃の機をじっと待っていた。たとえ孤独という冷たい水を浴びせられても、私の誇りはまだ、そこでは折れていなかった。
◇ トトちゃんとオギ、境界線の名前
情けない話だ。私は、あれほど「自分を持たない人間」だと見下していたオギに、無意識に助けを求めた。彼は争いを嫌い、個を殺して生きる。そんな都合の良い彼なら、私を否定しないと高を括っていたのだ。
けれど、彼の自転車の背中で夕焼けに揺られながら、私は気づいてしまった。
自分の正しさを守るために周囲を焼き尽くす私。平穏のために自分を消そうとする彼。
そして―― 人を見下しながら、自分が弱った時だけ、そいつを盾にして隠れようとする私。
そのあまりの醜悪さが、自分自身の心に深く突き刺さった。私の誇りを粉々に砕いたのは、周囲の攻撃ではなく、他ならぬ自分自身のその「卑怯さ」だった。
それが決定的な左ストレートになって、私は完敗した。ノックダウン。もう、立っていることさえできなかった。
◇ 【HIM解析ログ:天国プロトコルの執行】
今日も私は、身勝手な懺悔のために、オギの部屋に通っている。
彼が学校へ行っている間、私はただ、意味も分からず黒いコンソール画面を眺めていた。その時、一つのログが私の意志を無視して、視界を暴力的にジャックした。
[HIM_Core] 判定:当該個体は、本世界の「創造主(神)」か? (Y/N)
――私は神じゃない。黒くて、嘘っぱちの塊だ。
震える指で『N』を返すと、システムは待っていましたと言わんばかりに、私の本質を暴き出し始めた。
[HIM_Core] 識別名:TACHIBANA`
[HIM_Core] 警告:現世界における疎外感・逃避を検知。
[HIM_Core] プロトコル「世界からの解脱(Phase_Out)」を強制起動。
「な、何……!? やめて、消さないで!」
拒絶の叫びは、冷徹な機械音にかき消される。
[HIM_Core] 検索:歴史の欠落部(Void)に適合するユニットを抽出。
[HIM_Core] 解決:補正実行。対象の認知リミッターを解除し、強制転送を開始。
要するに、私はただ「オギのパソコン」を眺めていただけなのに、システムが勝手に私を『現実世界に居場所がない迷子』だと認定して、歴史の穴埋めパーツとして異世界へ強制連行しちゃったんだ。逃げるボタンなんてどこにもない、最悪のバグに捕まったようなものだね。
◇ 円環の完結:最初の技術者
その瞬間、私は「時間」という檻から引き剥がされた。
オギの部屋の洗剤の匂い。あの日浴びせられた水の冷たさ。夕暮れの土手の振動。
それらが順序を失い、巨大な一枚の絵のように私の意識に同時に押し寄せる。
未来で私が名乗るから過去にその名があるのか、逆なのか。円環の中に放り込まれた私に、もはや拒否権など残されていない。
視界が真っ白な光に塗りつぶされる。
床に描かれた巨大な魔法陣が、心臓のように禍々しく脈動し、私を異世界へと吐き出した。
ヴィーダーラント王城。
エドヴァルトたちが訪れるよりもずっと以前、最初の「異邦人」が召喚された、因果の始まり。
一人の老王が、震える声で私に問いかける。
「……名を。異界より来たりし救世の主よ、御名を名乗れ」
私は混乱する頭で、逃げ場を探した。
けれど、私の唇は、システムが定めた「正解」をなぞるように、私の意志を裏切ってその名を紡いだ。
九十億の安らぎを守るために、自ら戦火へと身を投じ、やがて「科学は人を滅ぼす」と説くことになる、最初のエンジニア(ファイター)として。
「王よ、私はコンラットです」
【第15話:状況まとめ】
エドヴァルト: 「現実世界でプライドを砕かれたタチバナさんは、ヒムのプロトコルによって強制的に『世界からの解脱』を実行され、過去の異世界へと転移させられてしまった。要するに、彼女は今、ボクたちの歴史に刻まれた伝説の技術者『コンラート』として、逃れられない円環の一部に組み込まれたわけだね。システムに選ばれた彼女の『黒い自覚』が、このバグだらけの過去でどんな生存戦略を描くのか……。ボクたちの物語の裏側に隠された、もう一つの『創世記』が始まるよ、兄弟」
次回も18:00にUP予定です、明日もぜひ見てくださいね。
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