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90億人の精神集合体が異世界に召喚されたのでみんなでちょっとお邪魔してみた。  作者: ハマタハマオ
第2章 箱庭のシミュレーション、あるいは異世界の創世記
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第13話:境界線上の雨と、折れない意志


 教室という場所には、目に見えない「正解」の型がある。

 空気を読み、多数派に同調し、目立たず、波風を立てないこと。


 オダギリは、その正解を完璧なまでに演じきっていた。自分の意見なんていらない。個性を消し、群れの一部になれば、傷つくことも、誰かを傷つけることもない。それが、臆病な彼がたどり着いた唯一の処世術だった。


 だが、幼馴染のタチバナさんは、その型にはまれない不器用な人間だった。


 「……間違ってることは、間違ってるって言わなきゃダメだよ」


 数日前、彼女が部活動の理不尽な伝統に対して一人で反論したという噂が流れた。

 器用に笑っておけばいいのに。適当に頭を下げておけば、エースの座も、居心地の良い居場所も守れたはずなのに。


 それ以来、彼女の周囲からは潮が引くように人が消え、教室には冷たい沈黙が降り積もっていった。


   ◇ 鉄の味と、赤い魂


 授業中、ポケットの中でスマホが震えた。

 タチバナさんからの、短く、悲鳴のようなメッセージ。


 『体操服持って、今すぐ女子トイレまで来て』


 オダギリは心臓を跳ねさせながら教室を抜け出し、ロッカーから自分の体操服を掴んで廊下を走った。

 女子トイレの前。重い扉が開くと、そこには全身ずぶ濡れになった彼女が立っていた。


 頭からバケツの水を浴びせられたのだろう。滴る雫が床に水溜りを作り、制服が痛々しく肌に張り付いている。


 「……ありがと。ちょっと待ってて」


 彼女はオダギリの手から体操服を奪うように受け取ると、再び中へ消えた。

 数分後、出てきた彼女は、ぶかぶかな男子用の体操服に身を包んでいた。


 オダギリは、彼女が泣いているのだと思った。

 だが、違った。


 その瞳は、夕闇を射抜く火花のように赤く、鋭かった。

 屈辱に震えているのではない。理不尽に対する激しい「怒り」で、その魂はまだ折れずに戦っていたのだ。


 「オギ、今日自転車だよね。……送って」

 「……ああ」


 オダギリはそれ以上、何も言えなかった。

 「個」を殺して生きる自分にとって、その瞳の輝きは、あまりに眩しく、そして残酷なほどに美しかった。


   ◇ 夕焼けの土手、伝わる重温


 河原の土手を走る自転車。

 オレンジ色の夕焼けが川面に反射し、二人の境界線を曖昧に溶かしていく。


 オダギリの背中には、彼女の冷たい体温が、体操服越しにじんわりと伝わってきた。


 (どうして……謝っちゃえば、楽になれるのに)


 自分ならそうする。自分を殺し、嘘をつき、安価な平穏を買うだろう。

 だが、背中に感じる彼女の重みは、孤立を恐れず自分の正しさを守ろうとする、誇り高い「個」の質量だった。


 「オギ、ありがと。……これ、洗って返す」

 家の前で、彼女は一度も振り返らずに玄関へと消えた。その足取りは、まるで傷だらけのまま次の戦場へ向かう騎士のようだった。


 要するに、オダギリ君は「人と人がぶつかり合って傷つくのが怖くて、みんなを一つに混ぜ合わせる世界ヒム」を創ったんだ。でも、目の前でボロボロになりながら『個』を貫く彼女の重みを背中に感じて、彼の合理的な平和主義ロジックが、静かにハックされ始めているんだね。


   ◇ シンクロする鼓動ハードドライブ


 帰宅したオダギリは、暗い自室でPCの前に座った。

 電源を切っているはずの本体から、あの不気味な音が漏れている。


 カチ、カチ、カチ……。


 異世界と同期シンクロするハードディスクのシーク音。

 それは、向こう側の世界で青年エドヴァルトが踏みしめる足音のようであり、タチバナさんが胸に秘めた「意志」の鼓動のようでもあった。


 「……傷ついても、守らなきゃならないものがあるっていうのか?」


 モニターには、魔国へと足を踏み入れるエドヴァルトのログ。

 オダギリが与えた「偽りの天国ヒム」を捨て、血の通った地獄を選んだかつての操り人形。


 オダギリの中で、夕焼けの中のタチバナさんの背中と、ログの中のエドヴァルトの背中が重なった。


  [Log] エドヴァルト:周辺二国の軍勢を確認。`

  [Log] 軍略家(移住者):……全滅させるのは容易だが、それでは何も変わらんな。`

  [Log] エドヴァルト:ああ、ボクたちは……ボクたちのやり方で、この地獄を終わらせるんだ。`


 PCが異常な熱を持ち、机を揺らすほどに激しく振動する。


 「ボクには……まだ、わからないよ。タチバナさん」


 オダギリは、自分の中の「無色透明な心」が、ひび割れるように静かに疼くのを感じていた。

 雨に濡れた現実の教室でも。熱を帯びたテキストの世界でも。「個」として生きるための戦いが、今まさに臨界点メルトダウンに達しようとしていた。


    挿絵(By みてみん)


 【第13話:状況まとめ】 

 エド/軍略:  「現実世界のオダギリ君は、タチバナさんという『折れない個』の重みを感じて戸惑っているようだね。要するに、他者との摩擦を避けて生きてきた彼が、傷ついてでも自分を貫く美しさにハックされ始めているんだ。この現実世界での共鳴シンクロが、魔国を目指すボクたちの足取りをさらに加速させることになるだろう。次は、彼が決意を固め、この複雑な盤面を整理する様子を見守ろうか、兄弟」




毎日18:00にUP予定です、明日もぜひ見てくださいね。

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