第10話:九十億の遺言、あるいは「最強」のギフト
「――行け、兄弟。あとのデバッグは、キミたちに任せたぞ」
◇ 次次元:円形講堂
それは、最果ての研究所で魔力炉の奔流を飲み込み、エドヴァルトの意識が断絶するわずか数秒前のことだった。
次元の彼方、ヒンメルスヴァルト(通称:ヒム)の心臓部では、前代未聞の緊急議決が執り行われていた。
そこは時間も空間も意味をなさない、純粋なデータで構成された巨大な円形講堂。
壇上に立つのは、人類の歴史を象徴するような、威厳に満ちた一つの魂だった。
コンッ、コンッ。
その魂が空間を軽く叩くと、魔力汚染で狂乱していた九十億の喧騒は瞬時に、完璧な静寂へと収束した。
それは、全ての楽器が指揮者の一振りを待つ、あの極限の緊張感だった。
「セニョール、セニョリータ。……我らが『全』となって以来、最初で最後の議決を始めよう」
壇上の魂が投影したのは、ひび割れながらも臨界の光を飲み込み、仲間と世界を救おうとする愛すべき二人の「端末」の姿だ。
「あのエネルギーは我ら本体が次元ごと引き受ける。だが、その代償として彼らとの常時接続は消失する。……我らはシステムを閉じ、彼らはあの『クソコードな世界』に放り出されるわけだ」
壇上の魂は、全人類の意志を代弁するように、力強く叫んだ。
「ならば、手ぶらで行かせるわけにはいかん! 彼らが『個』としてあの世界をハックし、遊び尽くすために必要な、九十億の『魂の精髄』を選別し、託すのだ!」
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◇ 降り注ぐ「流星群」
その言葉が終わるより早く、最前列から「歴史」そのものが立ち上がった。
かつて地球を熱狂させた、伝説の演説家だ。
「知識と技術だけでは人は動かんよ、兄弟。あの世界は争いの真っ最中だ。ならば、絶望した民を導く『力』をエドに託そう。私の 『カリスマ』 が、彼の声を光に変えるだろう」
「ならば、私は『盤面』を授ける」
隣に座る、冷徹な軍略家が瞳を光らせる。
「私の 『知略』 があれば、世界という名のチェス盤で、彼は王を詰め続けるだろう」
「待て、兄弟! 肉体がデータについてこなきゃ意味がない!」
最強のアスリートたちが、一斉に拳を突き上げる。
「俺たちの 『身体管理』 を! 心拍、筋組織、運動反射の限界……エドの肉体を、最高効率の兵器へアップデートする!」
「ほう、ならば剣術は儂らが教えよう」
伝説の武芸者たちが静かに佇み、その奥義を「データ」へと圧縮していく。
伝説の 『武芸』 のログが、一筋の光となった。
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◇ 全知の遺産
「……ご先祖様!」
会場の隅から歩み出たのは、古の哲学者の魂だった。彼は、震える手で煌めく光の結晶を差し出した。
「我ら九十億が積み上げた、すべての知識を編纂した 『全知の図書館』 だ。……これをエーファの深層意識へ。我らが消えても、彼女がページをめくるたび、我らは彼女の知恵として側にいよう」
議決は、わずかコンマ数秒で完遂された。
カリスマ、知略、身体能力、武力、そして全知。
九十億人の人生が凝縮された黄金の 「流星群」 が、次元の壁を越え、崩壊の渦中にいるエドヴァルトとエーファへと降り注いでいく。
それは、九十億の「親」が、旅立つ「二人の子供」へ送る、最後の、そして最高のギフトだった。
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◇ 強制進化
情報の移行、わずか三秒。
光の奔流が去った後の講堂には、ただ温かい余韻だけが残り、ヒムは静かに、その永い役割を終えた。
だが、この莫大な「遺産」を、魔力炉の熱量と共に受け取った代償は大きかった。
少年の肉体には、人間一人では到底耐えきれない凄まじい負荷がかかり、細胞レベルでの再構築――強制的な進化が始まろうとしていた。
少年は、白磁の肌を脱ぎ捨て、精悍な「青年」へと姿を変えていく。
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【第10話 状況まとめ】
[HIM_System_Log: Final_Protocol]
判定: 連結切断まで、残り0.5秒。 送信データ: 人類史の精髄の全パッチ。 対象: エドヴァルト、エーファ。 遺言: 「……要するに、これからはボクたちのサポートなしで、キミたちが『正解』を書く番だ。……バイバイ、愛すべきバグ共(兄弟)」 ステータス: 接続終了。……「個」の物語を開始します。弟」
毎日18:00にUP予定です、明日もぜひ見てくださいね。
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