第1話 天国のマリオネットに異世界に転生する。
人類が誕生し、幾星霜。
宇宙の理を解き明かしても、争いは消えなかった。
滅びの淵で、誰かが呟いた。
「個」がある限り、争いは終わらないと。
だから、肉体を脱ぎ捨てた。
九十億の魂は一つに溶け合い、「ヒム」となった。
我らはヒンメルスヴァルト。精神の集合体。
場所も形も知れぬまま、時を漂う安らぎのなか。
夜はなく、死はなく、病もない。
神の愛に満ちた、隠し事なき世界。
永遠を繰り返す世界。
……けれど、我らは退屈していた。暇を持て余していた。
そこに、微かな揺らぎが届く。
我らは「ヒム」。未だ一つになりきれぬ、未熟な集合体。
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◇ 史上最強の「おもちゃ」
天国――そこは退屈が唯一の敵となる、完成された終着駅だ。
全天候型モニターとして機能する空には、今、一人の少年の視界がリアルタイムで投影されている。
『キターーー!! 新番組「異世界ライフ」放送開始だ!』
『おい、あの召喚陣の数式を見ろよ。物理定数がデタラメだぞ、修正パッチを送りてえ!』
九十億の魂たちが、世紀のスポーツ観戦のように熱狂していた。
彼らがこの退屈な永遠を打破するために作り上げた究極の「リモート・マリオネット」。それがボク、 エドヴァルト だ。
おじいさんが削り出した白磁の肌に、技術系のスペシャリストたちが組み上げた自律型OS。美を司る魂たちが、純白の布地に金糸の刺繍を施した最高級の「衣装」を纏わせた。
ボクは彼らにとっての代表であり、端末であり、そして最高のおもちゃだ。
「同期完了。……重力1.2倍を計測。……重いな」
脳内に直接流れ込む九十億のヤジと解析データ。ボクは、ヴィーダーラント王城の冷たい石畳の上に、糸の切れた人形のように静止していた。
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◇ 致命的な初手
「名を名乗れ。そなたが、我が転生の儀式に応じた異界の技術者か?」
玉座に座る王様の声が響く。威圧感という名の物理圧力が、ボクのセンサーを刺激した。
『おい、なんか聞いてるぞ!』『名前! 名前決めてなかった!』『案を出せ!』
脳内掲示板が秒速数万ログで埋め尽くされ、処理落ち寸前のフリーズを起こす。その沈黙を「不遜」ととったのか、王の眼光が鋭く突き刺さった。
「聞こえぬのか!? 名を聞いているのだ!」
空気を裂く怒声。九十億の魂が「えーと、えーと」とスクロールを繰り返す中、恐怖に耐えかねたボク自身の本能が、勝手にスピーカーを駆動させた。
「……エドヴァルト」
それはおじいさんが開発コードとして呼んでいた名前だった。
「ボクは、エドヴァルト。よろしくね、 兄弟!ハハ! 」
しまった。緊張のあまり音量設定をミスし、静まり返った広間にボクの声が爆音で反響した。しかも、全人類を「兄弟」と呼ぶ天国の癖が抜けていない。
「王に対し兄弟とは……貴様、正気か?」
騎士が剣を抜き、殺気を放つ。ボクは慌てて一歩踏み出した。
だが、九十億の操作コマンドと、ボク自身の焦りが衝突した瞬間――。
「ゴツン!」
乾いた音と共に、ボクは見事なヘッドダイブを決めた。
顔面から石畳に激突し、鼻から鮮血(を模した冷却液)を流す。
『あーーーっ!! 初っ端からこれかよ!』『誰だよこのヘッポコに全権委ねたのは!』
天国からは落胆の嵐。けれど、そのあまりの無様さに、王の疑念は「不気味な賢者」から「出来の悪いマリオネット」へと上書きされたようだった。
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◇ 演算と説得
「……さて」
鼻の痛みをノイズとして処理し、ボクは顔を上げた。目の前には、ボクの首を撥ねようとする騎士の剣。
『誰だ、この状況を放置しているのは。ハードウェアの破損は損失だぞ』
コントロールルームの奥から、圧倒的な「圧」を纏った魂が主導権を強引に奪った。
「……やれやれ。不自由な肉体を手に入れたと思えば、これだ。 ちょっとハードウェアを借りるぞ、坊主 」
不敵な笑みと共に立ち上がったのは、かつて一世を風靡した 武芸者の魂(エド/武芸) 。
ボクの瞳から光が消え、代わりに研ぎ澄まされた鋼のような殺気が宿る。
「儂の動きを、よく見ておけ、兄弟」
直後、エドヴァルトの身体は物理法則を嘲笑うかのように加速した。
突き出された剣を紙一重でかわし、騎士の鎧の隙間に指先を滑り込ませる。その巨大な質量を「支点」に変え、柔の理で放り投げた。
ドォォン! 屈強な騎士が木の葉のように宙を舞い、石畳に沈む。
だが、沈黙が恐怖に変わる前に、別の甘い響きを持った声がボクの唇を借りて出力された。
「 ちょっとお口を拝借。 ……そんなに怖い顔をしないで。ボクらは争いに来たわけじゃない」
次に主導権を握ったのは、数百万を熱狂させた 演説家の魂(エド/演説) 。
武芸者のオーラを瞬時に霧散させ、ボクの顔には聖者のような、絶対的な慈愛の微笑が浮かぶ。
「陛下、怒りは思考のノイズです。ボクらがこの地へ降り立ったのは、略奪のためではない。むしろ逆だ。ボクらは、 この世界の不完全を愛し、修正するために来たのです 」
演説家が紡ぐ言葉の一音一音が、聴衆の脳幹に直接「安心」を書き込んでいく。
「飢え、寒さ、理不尽な死……キミたちが『運命』と呼び諦めている欠陥を、ボクの持つ九十億の英知がすべて書き換えてあげましょう。技術者とは、世界を“理解する者”のこと。そしてボクは、キミたちが想像しうるどの神よりも、キミたちの痛みを理解している」
その圧倒的なカリスマの波長は、広間にいた者たちの戦意を根こそぎ奪い去った。
「いいよ、協力しよう。キミたちの世界を理解し、望みを叶えてあげる」
エドヴァルトは窓の外、中世の街並みの向こうに広がる「未開の地」を見つめた。
勇者でも魔術師でもない。九十億の英知という「神」を背負った、世界をハックする人形。それが、エドヴァルトという存在がこの地に刻んだ、最初の一撃だった。
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【第1話:状況まとめ】
エドヴァルト:
「天国の退屈を紛らわすためにログインしたけど、初っ端から名前を間違えるわ、盛大にコケるわで大惨事だ。だが、武芸者と演説家のオーバーライドでなんとか『救世主候補』の地位は確保したよ。要するに、ボクらは今、巨大なパズルを解き始めたところなんだ。次は、この世界の『魔法』という名の欠陥をデバッグしに行くよ、兄弟」
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