9話 婚約者の介入
魔法帝国軍事学校、実技演習場。
サポーター試験で1位を獲得したソウタと、アタッカー試験で1位に輝いたルースは、早速、実技練習のために演習場へと向かっていた。
同じ成績順位の者同士で組むという新しい制度は、二人にとって、待ち望んでいたものだった。
「ルース。今日の練習もよろしくね!」
ソウタは、隣を歩くルースに、いつもの穏やかな口調で語りかけた。
その表情には、ルースと組めることへの期待が滲んでいる。
自身の「生存戦略」が、着々と進んでいることに、ソウタは満足していた。
ルースは、ソウタの言葉に、嬉しそうに頷いた。
「はい、ソウタ様。こちらこそ、何卒よろしくお願いいたします」
ルースの顔には、ソウタへの深い信頼と、そして、彼と一緒にいられることへの喜びが満ちていた。
ソウタの言葉一つ一つが、ルースの心を温かくする。
二人が演習場へと足を踏み入れようとした、その時だった。
「ソウタ!」
鋭い声が、二人の背後から響いた。
声の主は、貴族派の公爵家嫡男、そしてソウタの婚約者であるライエルだった。
彼の美しい顔には、プライドの高さがにじみ出ており、ソウタを呼び止めるその眼差しには、冷たい命令の色が宿っていた。
ライエルは、ソウタの傍らに立つ平民のルースを一瞥すると、露骨に眉をひそめた。
「ソウタ。何をしている。そのような平民と一緒にいないで、早く俺の元に来い」
ライエルの言葉は、周囲に響き渡るほど傲慢だった。
かつてのソウタであれば、ライエルの言葉に媚びへつらい、従っていたことだろう。
しかし、転生してきたソウタは違った。
彼の表情は、一瞬にして無表情になった。
(おいおい、面倒なのが出てきたな。ここでライエルに逆らったら、また「ダメな若旦那」の黒歴史を掘り返される……だけど、ルースの好感度を維持するためには……)
ソウタの頭の中で、瞬時に計算が走った。
ゆっくりとライエルに視線を向ける。
その涼やかな瞳には、わずかな苛立ちが宿っていた。
「ライエル。僕はもう、お前とは仲良くしない!」
ソウタの声は、周囲の生徒たちが息を飲むほど、はっきりと、そして、迷いなく拒絶の響きを帯びていた。
彼の言葉は、かつての婚約者への媚びなど微塵もなく、ライエルのプライドを粉々に打ち砕くものだった。
ライエルは、その言葉に驚愕し、怒りで顔を真っ赤にした。
「なっ……ソウタ!貴様、何を言っている!」
その場に居合わせた全ての生徒が、息を呑んだ。
ソウタが、あのライエル公爵家の嫡男を、公衆の面前で拒絶したのだ。
ルースは、内心で大喜びしていた。
ソウタが、自分の目の前で、ライエルを拒否した。
その事実が、ルースの心を満たした。
(ソウタ様……! 私のために、そこまで……!)
ルースの胸には、ソウタへの愛おしさが募っていった。
ソウタは、ライエルの反応など気にも留めず、ルースの方に振り返った。
「さあ、ルース。練習を始めようか」
彼の顔には、ライエルを拒絶したことなど、全く問題ではないかのような、いつもの穏やかな笑みが浮かんでいた。
ライエルは、屈辱に震えながらも、どうすることもできなかった。
その視線の奥には、ソウタへの嫉妬と、消せぬ「興味」が渦巻いていた。
ソウタとルースは、二人で実技練習を開始した。
ソウタのサポーターとしての能力は、日を追うごとに磨かれていき、ルースとの連携も、驚くほどスムーズになっていた。
二人の動きは、まるで長年連れ添った戦友のようだった。
その練習中のことだった。
演習場の奥にある、普段は人気のない古い資材置き場……そこに怪しい人影が。
ソウタが、戦況を分析し、ルースに指示を出している。
「ルース、左から敵機が来る! シールド展開、そのままだ!」
ルースは、ソウタの指示通りに動く。
二人の連携は完璧だった。
しかし、その瞬間──
資材の影から、漆黒の制服をまとった人影が飛び出してきた。
彼の手には、実戦用の高出力レーザー銃が握られている。
それは、模擬戦用の安全装置など付いていない、本物の暗殺者だった。
「!?」
ソウタの涼やかな顔に、初めて明確な焦りの色が浮かんだ。
彼の脳内には、この状況のデータは存在しない。
これは、原作にはない、想定外の敵だった。
暗殺者の狙いは、明らかにルースだった。
レーザーが、ルースの頭部へと一直線に放たれる。
「ルース! 伏せろ!!」
ソウタは、必死に叫んだ。
しかし、レーザーの速さは、ルースが完全に回避するには、あまりにも速すぎた。
ソウタの体が、考えるよりも早く動いた。
彼の頭の中で、唯一の最適な選択肢が導き出される。
ソウタは、ルースの体を力強く突き飛ばした。
同時に、彼の魔力が一気に凝縮され、通常よりも遥かに強力な魔力シールドが展開される。
キィイイイインッ!
レーザーは、ルースではなく、ソウタが展開した魔力シールドに直撃した。
しかし、暗殺者の放ったレーザーは、尋常ではない出力だった。
ソウタのシールドは、一瞬でひび割れ、砕け散る。
ドオンッ!
爆発音が響き渡り、砕け散った魔力の残滓が飛び散った。
ソウタは、その衝撃で大きく吹き飛ばされ、近くの資材の山に体を打ち付けた。
彼の白い制服は、破片と土埃で汚れ、その肩からは、魔力を酷使したことによる煙が上がっている。
「ソウタ様!!!」
ルースの叫び声が、演習場に響いた。
彼は、ソウタに突き飛ばされたことで、レーザーの直撃を免れていた。
死の淵を覗いたルースの心は、恐怖と、そしてソウタへの強い感謝で満たされた。
ルースは、ソウタの元へと駆け寄った。
その瞳には、かつてないほどの激しい怒りが燃え上がっている。
暗殺者は、失敗したことを悟り、そのまま煙のように姿を消した。
ルースは、ソウタの様子を見て、全身が震えた。
ソウタは、またしても自分のために、身を挺してくれたのだ。
ソウタは、体を起こそうとするが、激しい衝撃で思うように動けない。
彼の顔は、土埃で汚れていたが、その瞳は、暗殺者が消えた方向を睨みつけていた。
「この野郎……! 僕の、ルースを傷つけるやつは……僕の敵だぁあああああ!!!」
ソウタの声が、演習場に響き渡った。
彼の声は、怒りで震えており、普段の穏やかさからは想像もできないほどの、激しい感情が剥き出しになっていた。
それは、冷静なソウタからは決して発せられない、本能的な咆哮だった。
彼の生存戦略を脅かしかねない、この状況に対する、純粋な怒りだった。
その声は、演習場にいた全ての生徒たちの耳に届いた。
ソウタの、「僕のルース」という言葉。
そして、その後に続く、激しい怒りの叫び。
(ソウタ様が……まさか、そこまで……!)
周囲の生徒たちは、ソウタのその言葉に、驚きと困惑を隠せないでいた。
彼らの間で、ある噂が、急速に広まり始めた。
「ソウタ様が……平民のルースを愛しているらしいぞ……!」
ソウタの、「生き残るための行動」は、またもや、周囲に「ルースへの深い愛」として誤解されていくのだった。
ソウタは、ルースの無事を確認し、自身の生存に安堵しながらも、
自身の激昂が、また新たな誤解を生んだことには、まだ気づいていない。