6話 噂と嫉妬
ソウタがサポーターへの転向を決意してから、彼とオリオンは、毎日のように時間を共にするようになった。
オリオンは、ソウタの理解力と才能に驚きながら、熱心にサポーターの知識を教えていた。
ソウタもまた、オリオンの教え方が丁寧で分かりやすいことに感心していた。
「保護シールドのシミュレーション、ソウタ君は本当に飲み込みが早いね。僕が教える必要がないくらいだ」
オリオンがそう言うと、ソウタは涼やかな顔で笑った。
「いやいや、オリオンのおかげだよ。君がいなかったら、こんなにスムーズにはいかなかった」
勉強の合間には、二人の間には穏やかな談笑が生まれた。
ある日の休憩時間、オリオンが差し入れた甘味を見て、ソウタの顔がわずかに輝いた。
「これ、すごく美味しいね!僕、甘いもの結構好きなんだ」
ソウタがそう言うと、オリオンも柔らかな笑顔を浮かべた。
「奇遇だね、ソウタ君。僕も甘党なんだ。特にこの店のチョコケーキは絶品だよ」
ソウタとオリオンは、互いに甘党であることを知り、さらに距離を縮めた。
甘いものを共有する時間は、二人の間に、より親密な空気をもたらした。
(生存戦略に関係ないオリオンといると、本当に気楽で楽しいな……)
ソウタは、オリオンとの穏やかな交流に、心底安らぎを感じていた。
ルースのように、いつ命を狙われるか分からない、あるいは好感度を上げなければならない、という強迫観念がない。
オリオンとの時間は、純粋な友情として享受できる、数少ない時間だった。
その様子を、軍事学校の校舎の陰から、ルースがじっと見ていた。
彼の眉間には、深い皺が刻まれている。
(ソウタ様……またあの男といる……)
ルースは、ソウタがオリオンと笑い合い、楽しそうに甘味を分け合っている姿を見て、胸の奥にモヤモヤとした不快感を覚えていた。
ソウタは、自分に恋をしているはずなのに、なぜオリオンとあんなに親しげで楽しそうにしているのか?
「おい、見たかよ。フランゼ家の坊っちゃんが、また皇帝派のオリオン様とつるんでやがる」
「全くだ。中立派のフランゼ家が、貴族派のライエル様の次に皇帝派と?あれじゃまるで、寝返る気満々だな」
ルースの近くを通りかかった貴族たちが、わざとルースに聞こえるように陰口を叩いていた。
彼らの言葉は、ルースの苛立ちをさらに煽る。
(ソウタ様は、私に片思いしているんじゃないのか……?なのに、あの男とはあんなに……)
ルースの心の中で、嫉妬と、ソウタの恋心への疑問が渦巻いた。
彼は、ソウタの態度を「恥ずかしがっている」と解釈していたが、オリオンとの仲の良さは、その解釈にひびを入れ始めていた。
その日の夕方。
ソウタは、サポーターの勉強を終え、ルースの部屋の前まで来た。
ルースも訓練を終えて部屋に戻っている時間だ。
「ルース。ちょっといいかな?」
ソウタは、いつものように穏やかな口調で声をかけた。
部屋の中から、ソウタを招き入れる声が聞こえた。
ソウタが部屋に入ると、ルースは机に向かい、何かを読んでいるようだった。
その表情は、どこか険しい。
「どうかされましたか、ソウタ様」
ルースの声は、いつもの敬語ではあったが、ソウタの顔を見ようとしない。
その声色には、わずかな冷たさが混じっているように感じられた。
ソウタは、ルースの態度の変化に、眉をひそめた。
(あれ?なんか機嫌悪いな……僕、何かしたっけ?)
ソウタは、内心で首を傾げながらも、ルースの隣に歩み寄った。
「ルース、機嫌悪い?なんか怒ってる?」
ソウタは、遠回しに理由を探るように尋ねた。
その言葉に、ルースの肩がピクリと動いた。
ルースは、ゆっくりと顔を上げた。
その瞳は、冷たく、そして、どこか悲しげだった。
「……ソウタ様。貴族は貴族と、平民は平民で仲良くするべきです」
ルースの声は、素っ気なく、ソウタに距離を置くように促すものだった。
そこには、これまでの「恋する少年」への慈愛は微塵も感じられない。
ソウタは、ルースのその言葉に、困惑した。
いきなりどうしたのだろう、という戸惑いが彼の心を占める。
「何を言ってるんだ、ルース。そんな身分なんか関係ないよ!僕はただ、君と仲良くなりたいだけなんだ!」
ソウタの言葉は、彼の本心から出たものだった。
しかし、ルースはソウタの言葉を信じなかった。
彼の瞳には、ソウタがオリオンと親しくしていることへの、深い嫉妬と失望が浮かんでいた。
ルースは、ソウタから視線を外すと、何も言わずに立ち上がり、部屋の奥へと向かった。
「ルース?」
ソウタが呼びかけるが、ルースは振り返ることなく、奥の寝室の扉を開け、そのまま部屋に籠ってしまった。
ガチャン。
寝室の扉が閉まる音だけが、静かな部屋に響いた。
ソウタは、残された執務室で、呆然と立ち尽くした。
ルースに無視されるなど、これまでの人生で経験したことがない。
ましてや、自分の「好感度アップ作戦」がこんなにも裏目に出るとは。
(一体、どうすればいいんだ、これ……!)