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3話 誤解の連鎖


 ソウタの「好感度アップ作戦」は、出だしからつまずいていた。新しい服やデザートを贈っても、ルースは警戒するばかり。


 ソウタは、学校内にある自室の椅子に座り、眉間にしわを寄せていた。


「どうすればいいんだ……」


 ソウタは、思わずため息をついた。彼の優れた頭脳をもってしても、ルースの「疑心」という感情は、予測不能な変数だった。

 このままでは、好感度は一向に上がらず、原作通りの悪役になってしまうかもしれない。


 その時、侯爵家から手紙を届けに来たメイドがやってきた。


 メイドは、ソウタの珍しく困り果てた様子を見て、心配そうに尋ねた。


「ソウタ様、何かお悩みでいらっしゃいますか? 顔色が優れませんよ」


 ソウタは、メイドの言葉に、ハッと顔を上げた。そうだ、侯爵家のメイドならば、貴族間の人間関係や、巷の噂話にも詳しいはずだ。


 もしかしたら、ルースとの距離を縮めるヒントをくれるかもしれない。


「ちょっと相談に乗ってほしいんだけど……」


 ソウタは、そう言って、ルースとの間に起きていること、つまり、自分が好意を示しているのに、なぜか警戒されてしまう現状を、掻い摘んで説明した。


 もちろん、「生き残るため」という本心は伏せて、あくまで「仲良くなりたい」という名目だった。


 メイドは、ソウタの話を真剣な顔で聞いていた。そして、ソウタの説明が終わると、彼女の顔は、にわかに輝き始めた。


「ソウタ様……! まさか……ルースさんのことが、お好きなのですか!?」


 メイドの声は、意外なほど大きく、そして、確信に満ちていた。彼女の瞳は、まるで恋愛小説の主人公を見ているかのように、キラキラと輝いている。


「はあ!? 何を言ってるんだ! 違う、そうじゃない!」


 ソウタは、思わず声を荒らげた。彼の完璧な冷静さが、メイドの唐突な「誤解」によって、一瞬にして崩れ去った。


 まさか、自分の「好感度アップ作戦」が、こんな「恋愛感情」と結びつけられるとは、ソウタは夢にも思っていなかった。


「ですがソウタ様、服を贈ったり、デザートを一緒に食べたいなんて……それって、まるで恋してるみたいじゃありませんか!」


 メイドは、さらに大きな声で、ソウタの「恋心」を確信したようにまくし立てた。彼女の頬は、妄想によってほんのり赤く染まっている。


「だから違うって言ってるだろ! 僕はただ、友達になりたいだけだ!」


 ソウタは、必死に否定した。彼の顔は、珍しく焦りで引き攣っている。まさか、こんな恋愛沙汰に発展するとは、全くもって予想外だった。


 その頃、偶然にも、ソウタの部屋の近くを通りかかった者がいた。それは、ルースだった。


 ルースは、ソウタが自分に擦り寄ってくる現状に頭を悩ませ、何か解決策はないかと、無意識のうちにソウタの部屋の近くを彷徨いていたのだ。


 彼は、ソウタとメイドの会話が、廊下まで漏れ聞こえていることに気づき、思わず足を止めた。そして、物陰に隠れて、会話に聞き耳を立てた。


「ルースさんのことが、お好きなのですか!?」


「はあ!? 何を言ってるんだ、違う、そうじゃない!」


「だってソウタ様、服を贈ったり、デザートを一緒に食べたいなんて……それって、まるで恋してるみたいじゃありませんか!」


「だから違うって言ってるだろ! 僕はただ、友達になりたいだけだ!」


 ルースは、二人の会話を聞き、衝撃を受けた。


 ソウタ様が、自分のことを……好き?

 しかも、メイドが、そう確信している。ソウタは否定しているが、それは、きっと恥ずかしがっているからだろう。そうに違いない。


(ソウタ様……私を、そんな風に思っていたのか……!)


 ルースの心臓は、激しく脈打った。彼の脳内で、これまでのソウタの行動が、次々と「ソウタが自分に恋をしている」というフィルターを通して再解釈されていく。


 急に優しくなったのも、新しい服や甘味を贈ってきたのも、全ては自分への恋心ゆえだったのだと。


 ルースの顔に、ゆっくりと、しかし確実に、温かい笑みが浮かんだ。彼の瞳は、優しい光を宿している。


 ソウタが自分に抱く感情は、きっと、婚約者への気持ちよりも、もっと深く、純粋なものなのだろう。


 ソウタが「友達になりたいだけだ」と否定している声が聞こえる。


 しかし、ルースにとっては、それは「口に出せない恋心」の証に他ならなかった。


(なるほど……そうだったのか。ソウタ様、そんなに私のことを……)


 ルースは、ソウタの「恋する少年」のような振る舞いを、愛おしく思った。


 その翌日。


 ソウタは、ルースに話しかけようとして、戸惑った。ルースの態度が、昨日までと明らかに違っていたからだ。


「おはようございます、ソウタ様。体調はどうですか?」


 ルースの声は、以前よりもずっと穏やかで、親しみを込めたものだった。


 その瞳には、警戒の色は全くなく、まるで、ソウタを慈しむかのような、温かい光が宿っている。


 ソウタは、ルースのその変化に、内心で混乱した。


(あれ? なんで急に態度が変わったんだ? 僕の好感度アップ作戦が、今になって効いてきたのか? でも、そんなはずは……)


 ソウタは、ルースの急な軟化の理由が分からず、戸惑いながらも答えた。

「うん、おかげさまで。ルースは?」


 ルースは、ソウタのその言葉に、優しい笑みを浮かべた。


「はい、私もとても良いです。あなたの顔を見たら、なぜだか元気が湧いてきました」


 ルースの言葉は、以前の彼からは想像もできないほど、率直で、感情がこもっていた。彼の態度は、以前のような「警戒」から、明らかに「受け入れ」へと軟化している。


 ソウタは、ルースのあまりにも劇的な変化に、ますます困惑を深めた。


(え? なんで僕の顔を見て元気が出るんだ? 僕が何かしたか? ……もしかして、昨日メイドと話したのがバレたのか? でも、それならもっと嫌がるはずだよな……?)


 ソウタの頭の中では、ルースの態度軟化の理由を巡って、様々な可能性が高速で巡っていたが、どれも確信には至らなかった。彼は、自分が「恋する少年」と誤解されていることなど、知る由もなかったのだ。


 一方、ルースは、ソウタの戸惑う顔を見て、「きっと、私への恋心を悟られて、恥ずかしがっているのだろう」と、都合の良い解釈をした。彼の心は、ソウタへの愛おしさで満たされていた。


 こうして、ソウタが必死に築こうとした「友情」は、メイドの早とちりによって、ルースの中で「秘めたる恋」へと華麗に変換されたのだった。

 


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