2話 好感度アップ大作戦
魔法帝国軍事学校の裏庭。
雨上がりの学校の裏庭で、ソウタは、泥だらけのルースを助け出した。
土下座させられていたルースに、自ら膝をついて語りかけたソウタの行動は、周囲の貴族たちを呆然とさせ、結果的にその場のいじめを終わらせた。
「大丈夫? 立てる?」
ソウタはルースの手を優しく握り、ゆっくりと立たせた。
その声は穏やかで、涼やかな金茶色の瞳は何の感情も見せていないようでいて、しかしルースの顔をじっと見つめていた。
ルースは、突然の優しさに戸惑いを隠せなかった。
「あ、ありがとうございます……ソウタ様……」
まだかすかに震える声で、ルースは敬語を使った。
自分を最もいじめていた相手からの、まさかの救いの手。
その頭の中は、疑問符でいっぱいだった。
(よし、第一段階は成功だな。これで殺される未来は回避できるはずだ。次は好感度アップだ……よし、やるぞ)
ソウタは内心でひそかにガッツポーズをした。
彼の脳内では、「生存」という最重要目標達成のため、「ルースの好感度を上げる」という新たなプロジェクトが起動していた。
「ソウタ様なんて堅苦しいよ。僕と同い年なんだし、気軽にソウタって呼んでくれていいから」
にこやかに微笑むソウタ。
それは、元の身体のソウタなら絶対に口にしないような、親しげな言葉だった。
「え……でも、ソウタ様は貴族で……」
「そんなの関係ないって!友達なんだから」
そう言って、ソウタはルースの肩をポンと軽く叩いた。
友情……それが築ければ、自分の安全は格段に増す。
ソウタはそう計算していた。
その日の夕方。
ソウタは、寮の自室で休んでいるルースの部屋を訪れた。
その腕には、大きな包み。
「ルース。これ、君に」
差し出されたのは、新品の学校の制服と、柔らかそうな普段着だった。
どちらも、上質な仕立てで、ルースの体に合うように特注されたものだった。
ルースはそれを見るなり、警戒するような目を向けた。
「これは……?」
「今日の制服、泥だらけだっただろ? これで、明日から気持ちよく登校できると思って……僕からの、ささやかな贈り物」
にこやかにそう告げるソウタの表情には、悪意のかけらもなかった。
まるで、ただの友人への気遣い。
しかし、ルースは受け取ろうとはしなかった。
その瞳には、明確な警戒の色が浮かんでいた。
「い、いえ……これは、恐れ入ります。ですが、そこまでしていただくわけには……」
困惑と緊張。
ルースの声には、ソウタの意図を探ろうとする警戒が滲んでいた。
(……なんで? 普通、好意を見せれば嬉しいもんじゃないのか?)
ソウタは、心の中で小さく首を傾げた。
どうやら彼の「好感度アップ作戦」は、出だしからうまくいっていないらしい。
「別に変な意味はないよ。ただ、友達として放っておけないだけだから」
そう言って、ソウタは服を無理やりルースの腕に押し付けた。
翌日。
ソウタは昼休みに、デザートを二つ手にルースの元を訪れた。
一つは帝国でも人気の高いフルーツタルト。
もう一つは、ルースが好むと噂されている素朴な蒸しパンだった。
「ルース。これ、デザート! よかったら一緒に食べない?」
そう言って机にデザートを置くソウタ。
いつものように、穏やかな笑みを浮かべている。
だがルースは、目の前のタルトと蒸しパンを見て、さらに警戒を強めた。
「ソウタ様……これは、一体……?」
スッと立ち上がり、距離を取るルース。
疑うような視線が、ソウタの手元をじっと見つめていた。
(また何か仕掛けるつもりか……? 急に優しくなったと思ったら、今度はこんな高価なものを……)
沈黙の中で、過去の記憶がルースの中を巡り、最悪の想像を膨らませていく。
ソウタは困惑を隠せなかった。
「あれ? 食べないの? 美味しいのに。別に毒なんて入ってないから、安心してよ」
彼はそう言うと、自らフルーツタルトをひとくち食べた。
安全を証明するには、それが一番合理的だと思ったからだ。
「いや、その……結構です。ソウタ様のご厚意は、嬉しいのですが……」
ルースの声には怯えと疑念が滲んでいた。
(くそっ……なぜこんなに警戒されてる!? 僕が善意でやってるって、どうしたら伝わるんだ?)
ソウタは、内心で頭を抱えた。
このままでは、好感度どころか不信感が募るばかり。
原作通りの「復讐される悪役」になる未来が、現実味を帯びてくる。
ルースの「疑心」は、ソウタの計算を笑うかのように、眼前に立ちはだかっていたのだ。