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12話 休暇の誘い


 帝国軍事学校。


 実技テストが終わり、軍事学校は長期休暇に入ろうとしていた。生徒たちは、それぞれの実家へと帰省する準備に浮き足立っていた。


 ソウタは、荷物をまとめているルースに声をかけた。


「ルース。君は休暇中、どこか行くの?」


 ルースは、ソウタの問いかけに、静かに首を振った。


「いえ……私には、家族というものがいないので。このまま学校に残るつもりです」


 ルースの言葉に、ソウタの涼やかな表情に、わずかな感情の動きが見えた。


 転生する前の世界で、ソウタ自身も養護施設で育った。家族という存在がいない寂しさを、ソウタは知っていた。


「そっか……じゃあ、僕の家に一緒に帰ろうよ」


 ソウタは、ルースの目を見て、微笑みながら言った。

 彼の声は穏やかで、何の躊躇もなかった。


 ソウタにとっては、心からの同情と、友達だから一緒に過ごしたいという素朴な気持ちから出た言葉だった。


 ルースは、ソウタのその言葉に、心臓が激しく鳴った。


(ソウタ様が……私を、ご自身の家に……!?これは、もしかして、恋人を家族に紹介するということでは?)


 ルースの脳内では、ソウタの何気ない誘いが、壮大な誤解へと変換された。


 彼の頬は、一瞬で赤く染まり、その瞳は、期待と喜びで輝いた。


「え……よろしいのですか?そのような、大それたこと……」


 ルースの声は、照れと、そして興奮で上ずっていた。


「いいに決まってるよ!僕の家、広いし、一人で過ごすより、二人の方が楽しいだろ?」


 ソウタは、ルースの反応に首を傾げながらも、にこやかに言った。


 彼は、ルースがなぜそこまで恐縮しているのか、理解できなかった。


 ルースは、ソウタの言葉に、嬉しさを隠しきれないまま、深く頭を下げた。


「は、はい……!よろしくお願いいたします……!」


 こうして、ルースはソウタの誘いを、「ソウタ様の家族にご挨拶」と深読みし、照れながらも承諾した。


 ソウタは、自身の計画が順調に進んでいることに満足し、特に何も考えていなかった。


 数日後。

 ソウタとルースは、侯爵家であるソウタの実家の広大な敷地へと足を踏み入れた。


「うわあ……やっぱりデカいな、ここ……」


 ソウタは、豪華絢爛な侯爵邸を見て、思わず感嘆の声を漏らした。


 転生して初めてソウタとして実家に戻った彼は、その規模に純粋に驚いていた。

 まるで城のような建物、手入れの行き届いた広大な庭園。


(よし、ここで休暇を過ごせば、ルースの好感度もさらに上がるだろうし、僕も安全だ。一石二鳥だな!)


 ソウタは、自身の計画が順調に進んでいることに、密かにウキウキしていた。


 しかし、ソウタの期待とは裏腹に、侯爵家の雰囲気は、どこか冷たかった。


 出迎えた使用人たちは、ソウタに頭を下げるものの、その表情には、敬意よりも、どこか事務的な冷たさが見え隠れしていた。


 そして、ソウタの父である侯爵や、異母弟であるベルナルドは、ソウタが帰ってきたことに対し、誰も彼に言葉をかけることなく、まるでそこにいないかのように無視するのだった。


 ソウタは、そんな家族の反応を見て、特に気に留める様子もなかった。


(あー、そういえば、元の身体のソウタは、異母弟の方が優秀で、家族からは冷遇されてたんだっけ……)


 ソウタは、まるで他人事のように、元のソウタの「黒歴史」を脳内で整理した。


 彼にとっては、それは既に過去の出来事であり、自分自身の感情とは結びついていなかった。


「ま、気にせず部屋に行こう、ルース」


 ソウタは、ルースの腕を掴み、自分の部屋へと案内した。


 ソウタの部屋は、侯爵邸の中でも特に広く、豪華な調度品で飾られていた。


 ソウタは、ルースにソファを勧めると、飲み物を用意させ、くつろぐように促した。


 しかし、ルースは、ソウタの家族の反応を見て、心を痛めていた。


(ソウタ様は、こんなにも立派な家に生まれながら、ご家族から、なぜあのような扱いを……)


 ルースは、ソウタの涼やかな顔の裏に隠された、寂しさを感じ取った。


 自分と同じく、ソウタもまた、家族の温かさを知らないのではないか、と。


「ソウタ様……大丈夫ですか……?」


 ルースは、ソウタにそっと声をかけた。

 彼の声には、ソウタへの深い同情と、慰めたいという気持ちが込められていた。


 ソウタは、ルースの言葉に、きょとんとした顔をした。


「え?何が?別に大丈夫だけど」


 ソウタは、ルースがなぜ心配しているのか、理解できなかった。


 彼にとって、家族からの冷遇は、既にデータとして処理されており、感情として受け止めるものではなかったからだ。


 ルースは、ソウタのその反応に、胸が締め付けられるような思いがした。


 ソウタは、家族からの愛情を知らずに育ったからこそ、自分の感情に鈍感なのだ、とルースは解釈した。


 ルースは、ソウタの手をそっと握った。


「ご家族の方に、そのような態度を取られても、ソウタ様は寂しくないのですか……?」


 ソウタは、ルースの真剣な眼差しに、少しだけ考えてから、ふわりと微笑んだ。


「寂しくないよ。だって、ルースが僕の家族みたいだから」


 ソウタの言葉は、彼にとっての純粋な「友情」の表現だった。


 ルースが自分の隣にいてくれることが、彼にとって最も合理的で、安全で、そして何より心地よいと感じていたのだ。


 ルースは、ソウタのその言葉を聞き、全身に電流が走ったような感動を覚えた。


(家族……!家族が欲しかった私に、ソウタ様が……!)


 ルースは、家族の温もりを知らず、孤独に生きてきた。


 そんな彼にとって、ソウタの「家族みたい」という言葉は、何よりも深く、心に響いた。


 それは、ソウタからの「愛の言葉」に匹敵する、あるいはそれ以上に温かい、絆の提示だった。


 ルースの瞳は、潤み、ソウタの手を力強く握り返した。


「ソウタ様……ありがとうございます…」


 ルースの声は、感動で震えていた。

 彼の心は、ソウタへの愛情と、そして、ソウタが自分を「家族」として受け入れてくれたことへの、深い感謝で満たされた。



 この日から、ルースとソウタの間では、互いに敬語を使う必要がなくなった。


「ソウタ。おはよう」

「おはよう!ルース」


 二人の間には、より深く、温かい絆が結ばれたのだった。



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