第 9話:どうしたらいいの?-覚悟を決めるアレクサンドラ-
シタレン公爵令嬢、レルロアのお茶会で失態とまではいかずとも成功ではないのは明らかで、お茶会自体初めての参加であるのに友人も出来ずに惨めに帰宅することとなったアレクサンドラは馬車の中でかなり落ち込み、窓の外の景色がぼやけて見えるほど、アレクサンドラの心は沈んでいた。初めての社交界で味わった屈辱感が、鉛のように彼女の胸に重くのしかかっていた。
だからと言ってどうにもならなかったのだ。
序列とは非常だ。
〝お母様に何て言おうかしら…。〟
送り出してくれた母に対して面目無い思いで一杯だった。
〝あぁ…。これがもし婚約したのちにあった出来事ならルク様や侯爵様になんて顔向けしたらよいのでしょう…。もし今回のことをお知りになったら破談になったりはしないかしら…。〟
ずっとそれらが頭の中で繰り返されていた。
邸に着いた。
「お帰りなさいませ。お嬢様。」
執事達が出迎える。
「ただいま戻りましたわ。お母様はお部屋にいらっしゃる?」
「はい。お部屋にいらっしゃいます。」
「では、着替えてから参ります。」
「そうお伝え致します。」
執事は一礼した。
〝羽織物があって良かったわ。ドレスの汚れに気付かれずにすんだわ。〟
アレクサンドラはホッと一安心して自室へ戻った。
アレクサンドラ付きの侍女が
「大丈夫でございますか?お嬢様。」
馬車の中でもいつもと違う様子のアレクサンドラに気付いていた。
「お母様にはちゃんとお話すべきよね?」
引き攣りながらもニコっとしながら侍女に言う。
「お嬢様…。私も奥様にはご相談された方がよろしいかと…。」
コクンと頷くアレクサンドラ。
「リラ、室内着をお願い。」
「はい。お嬢様。」
〝そうよ。クヨクヨ考えても仕方ないこと。お母様にちゃんとお話して今後のアドバイスを頂かなくては!〟
落ち込む気持ちをバネに次は失敗しないように、うまくかわせるように対策をしなくてはならない。
伯爵家も貴族家。上位貴族と上手く付き合わなくて生きていけるわけがないのだ。
侍女のリラが用意した室内着に着替えてアレクサンドラは母マリアンヌの所に向かった。
コンコンコン!
ドアをノックする…。
返事はないが〝ガチャッ〟と扉が開いた。
母だった。
「………。」
ふたりは少しの間無言になった。
アレクサンドラはこの瞬間に全てを悟った。
「さあ、アレン。入ってちょうだい。」
ニコッと笑って母は室内へと招き入れた。
〝お母様はきっと今日上手くいかなかった事をご存知なのだわ。〟
普段は『アレクサンドラ』と呼ぶ母が、心細い時だけ『アレン』と呼ぶのを知っていた。その優しい呼びかけが、張り詰めていたアレクサンドラの心をわずかに解きほぐした。
2人はソファへ掛けて母がお茶を淹れる。
「あなたの帰宅時の様子を執事から聞きました。表情が硬いから良い結果が得られなかったのだろうと言ってましたよ。どうやらそのようね。」
母は怒るわけでもなく優しく話した。
母の優しい掛け声にアレクサンドラは堪えていた複雑な感情が一気に込み上げてきた。
「お母様、ごめんなさい。上手くいきまけんでした。」
「いいのよ、アレン。マナーは出来てるのだから何かトラブルがあったのね。話してごらんなさい。」
「はい…。」
母の前でアレクサンドラは震える声で話し始めた。
まず主催者のレルロアに挨拶した時の反応の薄さ、次に2人の令嬢から声を掛けられたかと思ったら誹謗を受けたこと、そしてレルロアから冷たい言葉を受けたこと、最後にミルマ令嬢から突き飛ばされてドレスにお茶が跳ねて帰宅を促されたことを順に話をした。
「レルロア様も、色々とご苦労なさっているのかもしれませんね…。今回の事はそれはどうしようもなかったのだからアレン、自分を責めないで。」
マリアンヌの優しい眼差しは、アレクサンドラの不安をそっと包み込むようだった。その言葉一つ一つには、社交界で生き抜くための術と、娘への揺るぎない信頼が込められていた。
そんな母の言葉にコクンと頷いて
「はい。あの後は暫く落ち込みましたが今はもう大丈夫です。次に同じ事があった時の対処法を考えておかなければと思いました。」
娘から強い意志を感じたマリアンヌは
「そうね、それが大切ね。」
と言い、それにコクンと頷くアレクサンドラの瞳の奥に宿る光は、先程までの陰鬱なものとは全く異なっていた。アレクサンドラは、まるで困難に立ち向かう戦士のような強い眼差しで、母親を見つめ返した
それから夜の食事までの間2人はこれからについて話をした。
今はまだ〝伯爵令嬢〟なのだ。ルクセブルと婚約式を挙げて正式に婚約者となるまでは上手く立ち回らないといけない。
ナハムとミルマはどちらも侯爵家になるのでアレクサンドラが婚姻後は立場上同等、共に〝侯爵家の一員〟なのだ。2人が婚姻したとしてもお相手はそれぞれ侯爵家なので同等なのは変わらずだ。
しかし、レルロアはそうはいかない。
アレクサンドラが侯爵家の人間になったとしてもレルロアは既に上位の公爵家の人間。
更にレルロアが婚姻すればお相手が王太子なのだからずっと立場は変わらないのだ。
社交界を上手く生き残るにはレルロアに嫌われたらお終いだ。
そのレルロアからはどうやら敵視されているようだ。
「あぁ…。どうしたらレルロア様に認めて頂けるのかしら…?」
アレクサンドラは呟く。
「ミルマ嬢とナハム嬢のいない時に2人で会ってはどうかしら?仮にも将来の王太子妃、王妃になる方なのだから何度も会っていれば理解してもらえるのではなくて?」
母マリアンヌは言う。
「お母様…。そんな簡単に行くわけがありませんわ。」
「あら?何事もやってみなければわからなくてよ?」
「ですが…。」
「まあ!アレンたら弱気ね!それではダメですよ!」
〝お母様はあの時のレルロア様の冷たいお声を知らないから言えるのだわ…〟アレクサンドラはそう思った。
「アレン!全てはルクセブル様の為よ、さあ!」
「ん~~~!!」
ルクセブルの名を出されたらアレクサンドラもタジタジになる。母はそれを知ってアレクサンドラにはっぱをかけるのだ。
「では2日後に今日のお詫びと言ってお伺いしてきなさい。」
「えっ!2日後にですか?」
「そうですよ。早い方がよろしいでしょ?伸ばすと気まずくなるだけですよ。」
確かに気まずい。それにお詫びが遅くなればそれだけ失礼にあたる。それこそ社交界ではすぐに爪弾きにされてしまう。
「わかりました。すぐさまお伺いのお手紙を送ります。」
果たして、この手紙はレルロアの心を動かすことができるのだろうか。アレクサンドラの胸には、期待と不安が入り混じった複雑な感情が渦巻いていた。
こうしてレルロア懐柔(?)に向けて動き出すのであった。
ご覧下さりありがとうございました。
お茶会で上手く立ち回れなかったアレクサンドラ。逃げたい気持ちでいっぱいですが、そうもいかず、母に相談して立ち向かう事になりました。
初めて挑戦したライトノベルですが、既に完結しております。
よくあるようなお話でありますが、今後もご覧下さると嬉しいです。