第38話:出会い-命の恩人-
パチッパチ…。ボッ!……パチ…
遠くで暖炉の火で薪が燃える音が聞こえる…
ん…んん………。
「あっ、気が付いた?」
声の方に視線を動かす。
清楚な女性がそこにいた。
〝どこだ?ここは…!〟
ガバッと起き上がろうとするルクセブル。
「──────ッ!!」
「ああ!ダメですよ!そんなに急に起きては!」
はぁはぁ…
少し動いただけでも息が上がる状態だった。
「あ、あの…。ここは?僕は…どうして…。」
「私が通りかかったから良かったものの、そうでなければ貴方は遭難死していたところでした。身体の方は肋骨が数本折れています。何処から滑り落ちたのかわかりませんが、雪がクッションの役目をしていたからその程度で済んだのかもしれませんが、そのまま大人しく寝ていて下さい。私が看病致します。」
ルクセブルはコクンとうなずいて
「ありがとうございます…。」
お礼を述べた。
「いいえ、当然の事をしたまでですので気になさらないで下さい。それよりも貴方様のお名前を教えて頂けないでしょうか?」
「あ、僕の名前!」
「ええ。」
慌てるルクセブル。だが…
「………………!!」
「どうかされましたか?」
「僕は…、僕は…。」
ジーッとその女性はルクセブルの顔を見つめていた。
「もしかして…記憶がないのですか?」
「……。そうかもしれない。」
シュンとしたルクセブル。
女性は予め予期していたのか、特に驚きもせず、
「一時的なものかもしれませんね。ゆっくり過ごして回復を待ちましょう。」
「はい…。すみません。よろしくお願いします。」
「そんなに畏まらないで楽にして下さい。そうでないと早く治りませんよ?」
女性はニコッと笑ってから部屋を出て行った。
パタン…ドアを閉めた途端
〝きゃ~~~~~~っ!何?アノヒト!素敵だと思ってたけど声まであんなに素敵だなんて!〟
女性はドキドキしていた。
そして治療の為に脱がせた服と剣を見て元気を無くす。
〝この服や剣を見るとかなり身分ある方なのかもしれないわ。こんな方にもし恋をしても絶対に報われないのよ、諦めなさいな、ラナベル。〟
女性の名前はラナベル・リリーマリア。どうやら崖から転落したルクセブルを助けたようだ。
ラナベルはルクセブルを助けた時のことを思い出していた。
雪が激しく降っていたが、その時は直前からその勢いは緩やかになり、やみかけていた。
〝遅くなってしまったわ。早く通り抜けないとこの辺りはあまり安心出来ないのよね…。〟
ザクザクザク…雪の中を懸命に歩く。
「ん?」
何かが光った気がした。
雪はまだチラホラと降っていた。
目を凝らしてもう一度光ったと思われる辺りを見つめた。
〝キラッ〟
「あ、やっぱり何か光ってるわ。何かしら?この辺りにそんな物たったかしら?」
恐る恐るそちらに近付く。
微かな月の光が差し込んだ。
「まあ、殿方だわ。しかもなんて美しい方なの?」
ラナベルの胸が急に高鳴った。
そして
もっと彼に近付く。
明らかに様子がおかしい。
「あのっ、大丈夫ですか?」
声を掛けても反応は薄い。苦しさにうなされる声が漏れ聞こえるだけでこちらからの言葉に対して返事が出来ていないのだ。
「このままではいけないわ。確か…。」
どうにかラナベルはルクセブルを近くの洞窟に移動させた。そして彼の身体の状態を見るために服を脱がせて、肋骨が折れている事を確認した。
近くにあった小枝をかき集めて応急処置として身体を固定した。
そして自身が持っていた布を全部ルクセブルに掛けて辺りを暖かくしてから家のある村に戻った。
急いで手伝ってもらえる男性を数人呼んできて家へ運んでもらい、医者にみせて部屋を暖かくして看病していたのだった。
〝本当にあの時、あの光に気付かなければ危なかったわ。あんなに素敵な人を死なせたりはしないわ!〟
ギュッと唇を噛み締めて衣装を洗濯したり食事を用意したりした。
その衣装も転落した際に引っ掻いたり裂けたりしていたのを器用に縫っていった。
記憶を無くしたルクセブルは彼女に頼る他なかった。自分の事は何一つ思い出せない。起き上がれない身体。手の豆を見る限り、何か力仕事をしていたのではないかと想像していた。
「あの…、あなたのお名前を伺っても?」
「ああ!ごめんなさい!私、ラナベルって言います。ラナベル・リリーマリアです。ラナって呼んでくださいね。」
「ありがとうございます、ラナ。」
「そうだわ、あなたのお名前。思い出すまでは〝ケイン〟て呼ばせてもらってもいいかしら?あなたに似合いそうだわ。ふふっ。」
〝ケイン…〟
ルクセブルはその名にしっくりこなかったが、目の前の命の恩人であるラナがあまりにも朗らかに微笑むので
「ああ、ケインて呼んでください。」
と、微笑みながら返した。
ラナベルは大きく胸の鼓動が鳴った。
〝やだ…、ダメだったら。ラナベル。あとで悲しむのは自分なのよ。しっかりなさい。〟
自分の心に蓋をした。
「ここにご飯を用意しますね。起き上がってくるのもまだ難しいでしょう。」
「ああ、すまないね。ありがとう。」
「大したことしてないわよ。早く良くなって!」
そう言ってラナベルは部屋を後にした。
ルクセブルは記憶がない不安の中、明るく接してくれる彼女にとても助けられていた。
◆ ◆ ◆
事故があった翌日、ルクセブルが無事であることを知らない父グラナスやニコル達は捜索隊を山部隊、街部隊に分けてルクセブル捜索優先に行動を切り替えた。
幸いまだ冬だ。魔物もあまり出没しないだろうということからの判断だ。
一刻も早くしなければルクセブルの生存率も下がるし魔物も活動的になるから危険だ。
多少の雪であってもこのレベルなら危険度は低いと判断されて捜索に踏み切った。
山部隊は慎重に進みながらルクセブルが倒れていないか捜しながら山の中を歩んだ。
ニコルは有力な戦力なので山部隊だ。スアンも同じく山部隊だ。皆、悲痛な表情だ。いつも賑やかなニコルは無言だった。
街部隊は、その安全性から階級の低い者達が選別された。街中に出向き、情報収集がメインだ。まずは転落したと思われる位置に近い街から順に捜索していく。
「最近、若者が1人で倒れていた、もしくは尋ねてきたとか、そういう事はなかったか?」と。
街の中、1軒1軒尋ねて行くのだった。
ラナベルのいる村はそれらの街からかなり外れていた。
◆ ◆ ◆
ラナベルはというと、違う部屋でルクセブルの着ていた服を今日も修繕していた。
いつか自分の元を去っていくであろう身分違いの男の服を…。
ある日、ラナベルが街まで出かけた時の事だった。ルクセブルを助ける時に手伝ってもらった男性の1人に声をかけられた。
「なあ、ラナベル。この前助けた男のことだが…。」
「あら、あの方なら物凄い回復力でもう、家に帰ると出て行かれたわよ?」
ラナベルは咄嗟に何故か嘘をついてしまった。
「そうなんだ、じゃあ、別人か。何か隣国のそれなりの貴族がナダル山脈で転落事故に遭ったらしくて捜索隊が出されてるみたいなんだ。」
〝ああ…。やっぱり…。貴族の方なのね。〟
「そう。あの人そうだったのかしら?」
「さあな、でも可能性はあるだろ?いい服着てたしナダル山脈の麓に近かったし…。」
「でも、もういないからどうにもならないわ。」
「そうだな。俺達には関係ないないな、すまなかった。引き止めて。」
「いいのよ。また何かあったら教えて?私、色んな事に疎いから…。」
「おお、まかせとけ!じゃなっ!」
ラナベルはその男の後ろ姿を見送った。
ご覧下さりありがとうございます。
どうやらルクセブルは聖剣の加護により一命は取り留めました。しかし記憶を無くしてます。
このお話のキーともなる女性、ラナベルとの出会いの回でした。
完結済みですので今後もご覧下さると嬉しいです。




