第 1話:アルクレゼ侯爵家ルクセブルの婚約者探し
このお話はフィクションです
舞台はここ
ゴルタ・デ・ポルモア王が統治するポルモア王国。
ポルモア王国は、まるで永遠の楽園のように、色とりどりの花々が半年もの間、大地を飾り立てる国だった。短い夏が過ぎ去り、名残惜しむように秋が訪れ、やがて厳しい冬が訪れる。しかし、その冬を乗り越えた先に待つのは、息をのむほど長く、温かい春というご褒美だった。
寒さの厳しい冬を耐え抜くと暖かく過ごしやすい春がご褒美のように長く続く…、そんな夢のような国だ。
国王が住む王都が真ん中に位置し、北、東、南、西にそれぞれの大貴族が領地を治める。
ポルモア王国は平和を愛する穏やかな性格の王様の国。
この物語の主人公でもある家門、アルクレゼ侯爵家は、その王様に忠誠を誓う聖なる剣を受け継ぐ家門である。
王国には伝承されている聖剣がある。
聖剣は全部で5本あり、王家と東西南北を守護する家門4家がそれぞれ引き継いでいく。
聖剣は代々16歳を迎えた長子に受け継がれ、その剣は持ち主を守り安寧を約束し、勝利へと導くのであった。
◆ ◆ ◆
アルクレゼ侯爵家は王都よりも南に位置するために冬でも比較的過ごしやすい土地柄だ。
他の領地とは違い、春の終わりには既に夏のような暑さがやって来る。
その分冬は少し短く感じるのだ。
ある日のアルクレゼ侯爵家。
当主のグラナス・アルクレゼ侯爵は年頃の息子、ルクセブルの婚約者が決まらないことに苛立ちを覚えていた。
我が息子は19歳にもなるというのに婚約者すらいないとは…!
普通なら12歳で婚約式まで挙げるというのにあいつは剣にばかり夢中で…!
我が家門は剣の家門だから大目に見てきたが流石に20歳までにはどうにかしないと…!!
グラナスはそう不安を感じ、妻のラモニアを自室へ呼び出した。
多くの女性家門から恋文やお茶会の招待状が届いても開封すらしようとしない息子に苛立ちを覚えたからだ。
そして妻のラモニアに婚約者探しを命じた。
ラモニアはそんな息子の様子に、好きな人がいるのではないかと脳裏に浮かぶ。
幼い頃から真面目な性格で誰にでも平等に接する息子、ルクセブルには特に親しげにしている令嬢はいなかった。
15歳頃まではまだお茶会などにも参加していたが、話を上手く逸らして帰ってきていた。
それなのに最近ではいくら自分が薦めても誰にも会おうとしない。息子が頑なに拒否するのにはきっと理由があるはずだ、そう考えに至ったのである。
まずはルクセブルに話をしないと….。
ラモニアは侍女にルクセブルを自室に呼ぶように命じた。
コンコンコン!と部屋の前でノックをする。
「お呼びですか?母上」
この話の主人公であるルクセブル・アルクレゼである。
キリッとした目鼻立ちの美男子だ。
ドアが開き、
「ルクセブル様、こちらへ…」
母付きメイドが扉を開け部屋の中のソファへと案内する。
窓際で外を静かに眺めていた母ラモニアはそっと振り向いてソファへと着く。
「ルクセブル…。」
テーブルの上にティーセットが用意される。
「今朝もお元気そうで何よりです。」
「ええ。あなたも益々父上に似てきたわね。最近はどのように過ごしていたのかしら?」
少しの間、親子の会話が繰り広げられる。
ラモニアは話上手で聞き手上手だ。
「それで、あなたは各家門のご令嬢からのお誘いをお断りしてるくらいですから、剣の腕は少しはお父様に追いついてきたのかしら?」
ラモニアが質問する。
「母上。父上に追いつこうなど、滅相もないです。まだまだあの方の足元にも及びびません。ですが、僕は早く父上に追いつきたくて剣術を学んでいるのです。」
「ふふふ。あの人は剣の鬼と呼ばれるくらいですからね。」
穏やかな気質で相手が話をしやすいように上手く誘導する。だからこそ奥手なルクセブルも気構えせずに普通に話が出来るのだ。
久しぶりの母との会話は楽しかった。が、
「それで…」
ルクセブルが話を振った。
雑談をするために自分を呼んだ訳では無いことをルクセブルは悟っていた。
「僕に何のお話でしょうか。母上」
ルクセブルはしっかりと母ラモニアを見つめた。
ラモニアはティーカップをテーブルに置いた。
「ルク…。」
ひと呼吸してから真っ直ぐにルクセブルの顔を見て続けた。
「あなたもそろそろ婚約者くらいは居た方がいいと思うの。父上もあなたを心配していたわ。どなたかのお誘いを1度受けてみてはいかがかしら?」
ラモニアの表情は真剣だった。
「……母上…。」
ルクセブルも母の話を真剣に聞き、そしてキリッと表情を変えて自分の思いを切り出した。
「母上。僕は…。僕には好きなひとがいます。彼女以外の方は考えられない。」
ああ…やっぱり…
ラモニアは目を閉じ心の中で呟いた。
そしてゆっくりと目を開いてルクセブルの顔を見て言う。
「そうなのね。そのお嬢さんはどちらの方かしら?」
「アレクサンドラ・フレシアテ伯爵令嬢です。」
「フレシアテのご令嬢?」
「ええ。ただ…まだ僕が密かに思っているだけで……。」
ルクセブルは少し顔を赤らめて視線を下に向けた。
「あらまあ。そうなの?ではどうやって知り合ったのかしら?」
ラモニアの問にルクセブルは一瞬、表情が和らいだ。きっと彼女との出会いを思い出しているからだろう。
ラモニアが把握する限り夜会にも友人と出かけては即座に帰ってくるような息子が知り合うきっかけがあったとは考えにくかったのです。
更に、夜会に参加した自身の交友関係からも息子はどのご令嬢ともダンスすらしていなかったと聞いていたからです。
落としていた視線を上げて母を見つめてルクセブルは答える。
「17歳になる頃、領地の外れの森の中で偶然14歳になった彼女に出会いました。
その森は彼女の領地からも遠くなく、外出の帰りに休憩のために泉に寄ったそうです。その時に少しだけ話をしましたが、とても穏やかで美しく優しい彼女に心を奪われてしまったのです!(本当はその前にも彼女の領地の街中で1度会っていて、悔しくて泣いていた僕に何も聞かずにニッコリ笑って飴玉をくれたんだよな。あどけなくて可愛かった。ふっ。彼女もその時の事を覚えていて、でも僕が悔しくて泣いたことを瞬時に判断したとても聡明な令嬢なんだ。ただその時の僕が悔し泣きしたこと、母上に知られたくないな。)」
先程まで顔を赤らめて俯いてしまった面影はなく、堂々と彼女との出会いを語るルクセブル。時折物凄く優しい眼差しをする。
母ラモニアはそんな息子が微笑ましくも頼れる存在に思えたのです。
ふっと口元が緩んだラモニアはルクセブルに告げます。
「わかりました。それではフレシアテ伯爵家に話を入れましょう。良いですね?」
ルクセブルはコクンと頷き、握りしめていた手をギュッと強く更に握りしめた。
彼の胸の鼓動は大きく響いた…。
反対されるかもしれないと思ってタイミングを見計らおうとしていた分、肩の荷が下りた瞬間だった………。
お読み頂きありがとうございました。