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第八話:長官とドラマチックな目安箱

第八話:長官とドラマチックな目安箱


「領民ネーム…? なんだそれは」

 執務室の空気すら凍てつかせそうな低い声で、男――奥様の執務補佐官トップを務める、通称「顰めっしかめっつら」――が眉間の皺をさらに深くした。

 そのいかつい顔立ちは、不機嫌さを隠そうともしない。


「それはっすね! 『奥様のドラマチックな目安箱』にご意見を投稿する時の、いわゆる登録名みたいなモンっすよ、長官」

  軽薄な口調で答えたのは、対照的にやけにチャラっとした雰囲気の若い部下だった。

 その手には、なぜか色とりどりの羽根飾りがついたペンが握られている。


 顰めっ面の男は、こめかみがズキリと痛むのを感じた。

 まただ。

 また、あの奥様と、その腹心である伊勢馬場が、何か途方もなくアホらしい、しかし無視できないことをやらかしているに違いない。


「なんでも、伊勢馬場様が『ラジオ』なって言う魔導具を開発して、奥様の御声を領民全てにリアルタイムでお届けしようと奮闘なさってたみたいなんすけど…」

 チャラ男は、どこか楽しそうに続ける。


「その『ラジオ』が放つ『電波』とかいう見えない力に、周辺の森に棲む超獣やら魔獣やら、果ては天に坐す神獣様までが敏感に反応しちゃって、各地で謎の発光現象や地殻変動が頻発。泣く泣く計画は頓挫したらしいっす」


(…何をやってるんだ、あの二人は…)

  顰めっ面の男は、天を仰ぎたい衝動をぐっとこらえた。


「んで、まあ、しょうがないってことで、伊勢馬場様が今度は『ボイスストーン』なる新たな魔道具を開発なさって、そこに奥様の麗しき御声を封入し、それを販売してるって寸法っす」 「…それが、『ドラマチックな目安箱』というわけか」

「ご明察っす、長官! このボイスストーンの販売収益、なんと役人一人分の年間予算に匹敵する額になってるらしいっすよ!」


 中途半端に、いや、ある意味では絶大な結果を出すからこそ、あの二人の奇行には文句が言えないのだ。

 顰めっ面の男は、ギリリと奥歯を噛み締めた。


「役人一人分の予算が浮いているというなら、まず人員を増やすべきだろう! 俺がこれまで、どれだけの人員増設依頼の嘆願書を執務室の床に積み上げてきたと思っているんだ!」

「あー、そこなんすよねー」

 チャラ男が、困ったように頭を掻いた。


「奥様に直接届けられるはずの仕事や嘆願書は、一度伊勢馬場様のところで優先順位が割り振られるシステムになってるじゃないっすか。残念ながら、長官の人員増設の嘆願書は、優先度的には…その、かなり後回しにされてるみたいで…」


 チッ、と顰めっ面の男は鋭く舌打ちをした。

 かつて一度だけ、本気で伊勢馬場に抗議しに行ったことがある。

 だが、伊勢馬場が淡々と、しかし完璧に用意した、どこか妖しいまでに美しい装丁の資料を用いた説明を受け、二の句が継げないまま、完膚なきまでに論破され、ほうほうの体で撤退した苦い記憶が蘇る。

 あの男の瞳の奥には、底知れぬ深淵が広がっているのだ。


 その時、チャラ男の瞳に、メラリと怪しい炎が宿った。

「そこで、目安箱っすよ、長官! この『ドラマチックな目安箱』に採用されたご意見は、伊勢馬場様の鉄壁のフィルタリングを通さず、奥様の御前にダイレクトに届けられるんす! これぞ、下剋上のビッグチャンスッス!」

 世紀の大発見でもしたかのように、チャラ男は興奮して身を乗り出す。


 顰めっ面の男は、その言葉の裏にある構造を冷静に分析した。

(なるほど…物事を杓子定規な優先度だけで処理していては、どうしても取り残される案件が出てくる。それを、この『目安箱』という名のガス抜き装置…いや、ある種のエンターテイメントとして昇華させることで、領民の不満を和らげ、結果として統治の効率化を図っている、とでもいうのか…)


 いつも「うふふ」「あはは」と、まるで舞踏でも踊るかのように軽やかに政務をこなしているように見えるあの二人だが、その実態は、類稀なる天賦の才を持つ統治者と、それを支える底知れぬ天災…いや、天才執事なのだ。


「…で、お前は、その目安箱とやらに、人員増強の意見書は出したのか?」

 顰めっ面の男が核心を突くと、今まで買ったばかりの瑞々しいレタスのようだったチャラ男が、途端にお湯を通したほうれん草のようにシナシナとしおれた。


「も、申し訳ないっす…! 目安箱の特性上、一度要望が採用されると、どうしても他の意見が優先されてしまう傾向がありまして…その…」

「お前は、もう何か叶えてもらったのか?」

「ハイっす!」

 チャラ男は、途端に目を輝かせた。


「領民ネーム『下半身だけフェニックス』で、『女性職員のスカートの丈が1センチ短くなる度に、男性職員の士気は1パーセント向上するので、受付業務の女性職員の制服のスカート丈を、ほんの少しだけ短くしていただきたい!』という熱い要望が採用されましッス!」

 顰めっ面の男は、今度こそ深いため息をついた。

 どうりで最近、一部の男性職員(主に独身の若手)が、妙なところで活気に満ち溢れていたわけだ。

 その筆頭が、目の前のこの男だったとは。


「そこでッスよ、長官! 長官自ら、この目安箱に職員増強の熱い想いをぶつけて欲しいんす!」

 チャラ男が、再び目を爛々と輝かせる。


「話はわかった。だが、採用されるのは至難の業なのだろう?」

「そこがミソっす! 採用されるには、ちょっとしたコツがありまして…それは、領民ネーム! この領民ネームが、奥様の心の琴線を震わせれば震わせるほど、採用率は飛躍的にアップするんすよ!」

 そう言って、チャラ男は一枚の紙を顰めっ面の男に手渡した。

 そこには、過去に目安箱で採用された、奇想天外な領民ネームと、それ以上に突飛な要望の一覧がびっしりと書き連ねられていた。

 

「奥様はああ見えて、仄かな親父ギャグや下ネタに弱い傾向にあるっス!」

(…見た目に反して、こういうところは妙に優秀な奴だ)

  顰めっ面の男は、内心で部下を少しだけ見直した。


「はぁ…わかった。俺も、その『領民ネーム』とやらを考えてみよう」

  顰めっ面の男は、重々しく頷いた。


 このような馬鹿げた…いや、奇抜な手段に頼るのは本意ではない。

 だが、慢性的な人員不足で現場が疲弊しきっているのも、また事実。


 奥様と伊勢馬場の、あの掴みどころのない、どこか甘美で危険な雰囲気は正直苦手だが、これも職務の一環。無料の宝くじでも買うつもりで、この頭が痛くなるような『ドラマチックな目安箱』に、一度投稿してみることにした。


 これが、『ドラマチックな目安箱』のヘビーリスナー「発情死騎士ムラムラ(はつじょうしないとムラムラ)」(通称ムラムラさん)誕生の瞬間であった。


名前を決めるのが苦手なので、長官とチャラ男君はしばらく、しかめっ面とチャラ男です。


なまずの方の投稿を失敗したのでペナルティー投稿です。


次回予告

ドラマチックな目安箱まもなく放送いたします。

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