第二話:奥様と覇道の選択
第二話:奥様と覇道の選択
執務室の大きな窓から差し込む陽光が、磨き上げられたマホガニーの机に広がる書類の山を照らし出していた。
奥様は、その机に向かい、柳眉を寄せ、二通の推薦状を前に深く思案に暮れている。
どちらも甲乙つけがたい能力を持つ候補者。
しかし、領主としての決断は待ってはくれない。
やがて、意を決したように、奥様は片方の書類へと手を伸ばし、領主の印である大判の石印を押し当てようとした、その刹那――。
「お待ちくださいませ、奥様」
凛とした、しかしどこまでも静やかな声が響いた。
いつの間に現れたのか、伊勢馬場が奥様の手元を恭しく、しかし断固として制していた。
「伊勢馬場…なぜ止めるのです?」
奥様の声には、わずかな戸惑いと苛立ちが滲む。
「恐れながら申し上げます。そちらは、新たなる事務官の任用に関する書類とお見受けいたしますが、いかがでございましょうか」
伊勢馬場は、表情を変えることなく問いかける。
「ええ、そうよ。二人とも能力は申し分ない。…ならば、見た目も麗しい方を選ぶのが、人の上に立つ者の嗜みというものでしょう?」
奥様は、自らの判断の正当性を主張するように、やや挑むような視線を伊勢馬場へ向けた。
それを聞いた伊勢馬場は、静かに首を横に振る。
「奥様がご覧になられたのは、能力と容姿という、いわば二次元的な側面のみ。されど、奥様の覇道を彩り、支えるべき人物は、より多面的な視野をもって見極めねばなりませぬ。…そう、最も肝要なるは、その者の『心』でございます」
彼の言葉は、まるで深淵を覗き込むかのように重く、そして真摯であった。
「心…」
奥様は、伊勢馬場の言葉にハッとしたように息を呑んだ。
その瞳に、先程までの確信は揺らぎ、深い内省の色が浮かぶ。
「…わたくしとしたことが、浅慮でした。許してちょうだい、伊勢馬場」
素直な謝罪の言葉が、奥様の唇からこぼれた。
「お顔をお上げください、奥様。能力だけでは、人の心は動かせませぬ。容姿だけでは、信頼は得られませぬ。そして、心だけでは、大業は成し遂げられませぬ。全てが調和し、高め合うことで、初めて真の輝きを放つのです」
伊勢馬場の言葉は、厳しくも温かい響きを持っていた。
「…本当にそうね。伊勢馬場、あなたの言う通りだわ。ありがとう、いつもわたくしを正しい道へと導いてくれて」
奥様は、心からの感謝を込めて微笑んだ。
その笑みは、先程までの苦悩を洗い流すかのように清々しい。
「奥様。もし仮に、この伊勢馬場と寸分違わぬ能力を持ち合わせ、その上、絵姿のように麗しい若者が現れ、奥様にお仕えしたいと申し出たといたしましたら…奥様は、私とその若者、どちらにその御心をお寄せになられますでしょうか?」
伊勢馬場の問いに、奥様の唇には、まるで熟した柘榴の実のような艶やかな笑みが浮かんでやがて悪戯っぽく細められる。
「あら、伊勢馬場。そのようなこと…ふふ、決まっておりますでしょう?」
伊勢馬場もまた、その奥様の吐息にも似た笑みに、全てを察したように、しかし決してそれを言葉には出さずにいた。
「うふふ…」
「あはは…」
奥様の玲瓏な笑い声と、伊勢馬場の低く柔らかな笑い声が、執務室の静寂を破り、午後の陽光の中に溶け合っていく。
それはまるで、互いの魂が奏でる心地よい和音のようであった。
あん子:「たぶん、奥様はイケメンを選ぶニャ」
たまにしか、書かないつもりだったのに、二人+1人のキャラが勝手に動いていく!