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第十六話:奥様とニコニコひまわり園 中編

 第十六話:奥様とニコニコひまわり園 中編


 黒曜のボルカは、その筋骨隆々たる肉体を、屈強な看守たちによっていとも簡単に押さえつけられ、ピンク色の、それもフリルとレースがふんだんにあしらわれたウサちゃんのお遊戯服へと強制的に着替えさせられた。

「ぐぬぬ…離せ!この、変態どもめが!」

 どれほど暴れても、歴戦の猛者であるはずのボルカの抵抗は、妙に手慣れた看守たちの巧みな体捌きによって、まるで赤子のそれをあやすかのように受け流され、抵抗は虚しいものに終わった。

 そのお遊戯服は、引きちぎろうと力を込めても、見た目の可愛らしさとは裏腹に、魔獣の皮かと疑うほど頑丈な生地でできており、爪一つ立たなかった。

 せめて胸元に縫い付けられた、つぶらな瞳のウサギちゃんのアップリケだけでも引き剥がしてやろうと、歯を立て、爪を立ててみたが、無情にも爪が剥がれかけ、ウサちゃんの白い顔にボルカの血痕が点々と残るだけだった。

 その様は、まるで返り血を浴びた狂気のウサギのようで、余計に不気味さを増している。

 最悪な事にこの悪夢のような服を脱ぐには、背中側にある、まるで知恵の輪のように複雑怪奇な結び目を解かなければならないらしく、ボルカ自身の力では到底着脱不可能であった。


 無駄な抵抗に体力を使い果たし、ぐったりとするボルカの両腕を看守が掴み、引きずるようにして監獄内――否!「ニコニコひまわり園」の奥へと進んでいく。

 その道すがら、ボルカが見たものは、まさに地獄など生温いと断言できる、筆舌に尽くしがたい壮絶な光景だった。

 天井からは、色とりどりの折り紙で作られた輪っかのチェーンが、まるで巨大な蛇のようにうねりながら垂れ下がっている。

 壁という壁には、クレヨンで描かれた太陽やチューリップ、そして色画用紙を貼り合わせて作られた、愛らしい動物たちのポスターが、石壁のヒビや染み付いた汚れを隠すように貼り付けられていた。


 どこからともなく、軽快なオルガンの伴奏に乗せて、「手を洗おうの歌」が流れてくる。

「♪手を洗おう~手を洗おう~みんなで一緒に手を洗おう~♪」

「♪右手をキュキュキュ!左手をキュキュキュ!ピカピカおててが綺麗だなー♪」

 野太い男たちの、お世辞にも上手いとは言えないが、妙に力のこもった合唱が、薄暗い廊下に反響している。

 恐ろしいことに、その歌声には、絶望の淵で無理やり絞り出したような、それでいてどこか吹っ切れたような、痛々しさと狂気が混じり合った奇妙な明るさが感じられた。


 かつてボルカは、敵対組織との抗争で、三日三晩飲まず食わずで刃傷沙汰を繰り広げたこともある。

 灼熱の砂漠で、一滴の水を求めて幻覚と戦ったこともある。

 裏切り者の刃に背中を裂かれ、奈落の底に突き落とされたことだってあった。

 だが、今、彼の目の前に広がるこの光景と、耳に流れ込んでくるこの歌声は、それら全ての修羅場を霞ませるほどの、理解不能な恐怖をボルカの心に刻み付けていた。

 肉体的な苦痛よりも、精神をじわじわと蝕むこの状況は、まさに悪夢そのものだった。


 やがて、鉄格子にコミカルなブチ犬の顔の飾りが貼り付けられた、一際メルヘンチックな一室の前まで連れてこられた。

 看守が、しかしズシリと重い鍵束から一本を選び、ガチャリと音を立てて扉を開けると、ボルカをその部屋へと乱暴に押し込んだ。

 薄暗い部屋の中には、窓から差し込む細い光に照らされて、水色のお遊戯服を着た細身の男が、壁際に横たわって虚空を見つめていた。

「レオンハルト君、新しいお友達だよ。仲良くしてあげてね」

 看守の、蜂蜜でも塗りたくったかのような、ねっとりとした野太い声が、石造りの冷たい独房――いや、「おともだちのおへや」に響き渡る。

 寝ていた男、レオンハルトが、むくっと気だるそうに上半身を起こし、その美しい銀髪をかきあげながら、ボルカと看守を交互に見た。

 その瞳は、全てを諦観したかのように深く、そしてどこか遠いところを見ているようだった。

 よく見ると、レオンハルトの足元には、見事な毛並みのシャム猫が、まるで彼の守護獣のように大人しく体を丸めている。

「レオンハルト君、ボルカ君にここのお約束をちゃんと教えておくんだよ。看守さんとの、大切なお約束だからね。それと、もうすぐご飯の時間だけど、その前にお歌の時間があるから、絶対に遅れないようにね。今日は『ぞうさん』と『おつかいありさん』の二本立てだから、しっかり歌詞を復習しておくように」

 看守は、まるで出来の悪い息子に言い聞かせる母親のような口調でそう言うと、再び鍵で厳重に施錠し、次の「おしごと」へとノシノシと戻って行った。

 部屋には、ボルカとレオンハルト、そして一匹の猫だけが残された。

 しばしの沈黙の後、レオンハルトが、その美しい顔に全てを悟りきったような、それでいてどこか愉しんでいるかのような複雑な笑みを浮かべて、口を開いた。

「ようこそ、新入り。歓迎するぜ…」



次回予告


次回、この地獄を支配するモノの名が明らかに!

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