第十四話:奥様とドラマチックな目安箱2
014:奥様とドラマチックな目安箱2
(♪オープニング:前回よりも少しアップテンポで、期待感を煽るようなピアノとストリングスの華やかなメロディ)
あん子の声:「ニャニャーン! 今宵もあなたのハートを鷲掴み! 領地一番の美声と知性でお届けする魅惑のひととき! でも、その前にちょっぴりお知らせニャ!」
あん子の声:「そこの奥さん、聞いてってニャ! 来たる聖竜祭、何を着ていくかお決まりかニャ? 最新トレンドから伝統衣装まで、あなたを輝かせる一着が必ず見つかる! 『仕立て屋マダム・シャーリーの魔法のクローゼット』! 今なら聖竜祭フェア開催中! お仕立て代10%オフ、さらに竜の鱗モチーフの髪飾りプレゼントニャ! …マダム・シャーリーがお送りしましたニャ!」
あん子の声:「冒険の途中で小腹が空いたら? ダンジョン攻略のお供にはコレっきゃないニャ! 栄養満点、元気爆発!『ゴブリン亭特製・携帯レーション“ひとくち元気玉”』!マズイけど効く!と評判ニャ! 今なら3個買うと、もう1個オマケ! …ゴブリン亭がお送りしましたニャ!」
(♪BGM:オープニング曲がフェードアウトし、いつもの落ち着いたハープシコードの調べに変わる)
奥様:「うふふ…領民の皆さん、ごきげんよう。あなたの心のオアシス、奥様ですわ。今宵も、わたくしの愛で乾いた心を潤して差し上げますわね」
その声は、夜露に濡れた花びらのように艶やかで、聴く者の鼓膜を甘く刺激する。
伊勢馬場:「そして、奥様の忠実なる影、伊勢馬場でございます。皆様、今宵も奥様の慈愛に満ちたお言葉のシャワーを、心ゆくまで浴びてくださいませ」
伊勢馬場の声は、深みのあるバリトンで、奥様のソプラノと完璧なデュエットを奏でる。
奥様:「そういえば伊勢馬場、先日、技術部の者たちが何やら騒いでいたけれど…」
伊勢馬場:「はっ!奥様、ご報告が遅れました。なんと、我が領が誇る優秀な部下たちの不眠不休の努力によりまして、この放送をお届けしておりますボイスストーンの性能が、従来の二倍にまで引き上げられる目処が立ったとのことでございます!」
奥様:「まあ、それは素晴らしいことですわね!」
伊勢馬場:「うっひょーー!でございます! これによりまして、次回からは各コーナーの内容が、より濃密に、より充実したものになるやもしれませぬ! 皆様、ご期待くださいませ!」
(♪BGM:軽やかなフルートの短いジングル)
伊勢馬場:「それでは早速、奥様から領民の皆様への、心躍るお知らせのコーナーでございます」
奥様:「ええ。まずは、間もなくやってまいります聖竜祭についてよ。今年も、アマルガム家伝統の盛大なお祭りを開催いたしますわ。竜騎士団による勇壮なパレード、幻想的な巫女の舞、そして夜空を焦がす大魔法花火と、見どころ満載ですの。皆、家族や友人と、心ゆくまで楽しんでちょうだいね」
伊勢馬場:「そして奥様、聖竜祭の期間中には、奥様主催によります各種大会も開催されるとのこと。こちらも詳細をお願いいたします」
奥様:「うふふ、そうなの。日頃鍛錬を積んでいる者、己の技を試したい者、あるいはただ目立ちたい者も、この機会にぜひ参加してほしいわ。まずは『武道大会』!力と技の限りを尽くし、最強の栄誉を掴みなさい! 次に『料理大会』!至高の食材と秘伝のレシピで、わたくしの舌を唸らせてちょうだい! それから『錬金展示会』!摩訶不思議な秘薬から、生活を豊かにする魔法道具まで、あなたの発明を披露するが良いわ! 最後に『美術芸術大会』!絵画、彫刻、詩吟に舞踊…あなたの魂を込めた作品で、このわたくしを感動させてみなさい! 腕に覚えがあるのなら、ぜひ挑戦してほしいわ。優秀者には、わたくしから特別な褒美も考えておりますわよ?」
奥様の言葉に、スタジオ(という名の遊戯部屋の一角)の空気が期待感で満たされる。
(♪BGM:少しコミカルで賑やかなジングル)
あん子の声:「ニャニャニャニャーン! 大会に出るなら準備が肝心ニャ! 武道大会で汗を流した後は、これで決まり! 『筋肉再生!マッスルミルク・ドラゴン風味』! 飲めばたちまちムキムキニャ! 今ならシェイカー付き! …マッスルミルク本舗がお送りしましたニャ!」
あん子の声:「芸術は爆発ニャ! でも、お腹が空いては良い作品は作れないニャ! そんな時はコレ! 『芸術家のための集中クッキー・五感刺激フレーバー』! 一枚食べればインスピレーションが湧き出るニャ! 知らんけど! …パティスリー・インスピレーションがお送りしましたニャ!」
(♪BGM:少しドラマチックなファンファーレ風のジングル)
伊勢馬場:「さて、皆様、お待たせいたしました! 今宵もまた、奥様の愛の鉄槌が、悩める子羊たちを打ち据えるお時間…『ドラマチックな目安箱』解放の刻でございます!」
奥様:「いいわ、伊勢馬場! 領民たちの、その胸に秘めたる甘酸っぱい悩み、あるいはドロドロとした欲望を、今宵もこのわたくしに、洗いざらいぶちまけなさい!!」
奥様の声が、先程までの告知とは打って変わって、獲物を見つけた肉食獣のように獰猛な響きを帯びる。
伊勢馬場:「奥様、本日も熱のこもったお便りが、スタジオの床を埋め尽くさんばかりに届いております!」
奥様:「うふふ、結構なことだわ! さあ、今宵わたくしの愛の鞭を受ける、幸運な子羊はどなたかしら…?」
奥様は、伊勢馬場が差し出すお便りの山に、まるで熟練の鑑定家のように鋭い視線を走らせる。
「…決めたわ。今宵、わたくしの心を射止めたのは…領民ネーム、『ママレードジャム』さんね」
(♪BGM:切なくも甘い、アコースティックギターとピアノの旋律)
奥様:「なになに…? 『奥様、はじめまして。先日、いきなりお父さんとお母さんから、実はお前たちは本当の兄妹じゃないと言われました。お兄ちゃんはドジで頼りないけど、とてもやさしくてとてもかっこいいです。その日から、お兄ちゃんのしぐさ一つ一つにドキドキしてしまいます。でもお兄ちゃんはモテるので、お兄ちゃんと女の友達が親しくしているのを見ていると悲しくなって夜に一人で泣いてしまいます。奥様私は一体どうすれば良いのでしょう? さっきも泣いていた私を心配してお兄ちゃんが優しくしてくれました、その優しさが今は嬉しくってそしてすごく悲しいです』…とのことよ」
奥様の声が、ママレードジャムさんの揺れる乙女心に共鳴するように、微かに震える。
伊勢馬場:「こ、これは…!」
奥様:「お手紙から成長ホルモンの匂いがプンプンするわ!!」
伊勢馬場:「っかーーー!! あまずっぺー!!でございます!!」
奥様:「伊勢馬場!酒を!! とっておきのシャトー・ルナ・ドール 秘蔵30年を持ってきなさい!!」
伊勢馬場:「は!! ただいま! 奥様、スペッシャルなおつまみとして、厨房に『禁断の果実のコンポート、背徳のクリーム添え』も手配いたします!!」
(♪BGM:ドタバタとした効果音、グラスの割れる音、伊勢馬場の慌ただしい足音)
あん子の声:「み、皆さん、ただいまスタジオが大変取り込み中ニャので、少々お待ちくださいニャ! あ、奥様!マイクが!マイクが入ってますニャー!」
奥様の小声:「…ごめんなさいね、あん子。つい、自分を見失ってしまったわ…伊勢馬場!そのコンポートはわたくしが先に味見しますからね!」
(♪BGM:無理やり差し込まれた、優雅だがどこか焦っているようなワルツ)
奥様:「…ごほん。失礼いたしましたわ、ママレードジャムさん。少し、いえ、かなり取り乱してしまいましたわ。…そうねぇ、あなたは今、素晴らしいポジションにいるのよ。まず、そこを理解しなさいな。そこは、そこはね、世のライバルたちが喉から手が出るほど欲しい、禁断の花園へのVIP入場ゲートの真ん前に立っているようなものなの! あなたがその気になりさえすれば、もう、あんな事やこんな事、はてはそんな事までできちゃうのよ! 伊勢馬場ぁ! 許します! わたくしのこの昂ぶりを鎮めるために、早く!早く私にシッペをなさい!!」
(♪BGM:ピシッ!ピシッ!と小気味よく、しかしどこか湿ったシッペの音)
奥様:「あぁんっ!…い、痛いわ…でも、ありがとう、伊勢馬場。おかげで少し冷静になれたわ。…ママレードジャムさん、よくお聞きなさい。これからわたくしが言うことが、一番大事なことよ。まずは、冷静に、そして徹底的に情報を集めなさい。それがあなたの勇気となり、そして最強の武器になるの」
伊勢馬場:「奥様、しかしそれでは、その間に虎視眈々と機会を狙う、よその幼馴染系おっとり美少女やら、金髪縦ロールツンデレ系お嬢様やら、はたまたボーイッシュ系実は家庭的で料理上手なクラスメイト美少女に、先を越されてしまうのではございませんか?!」
奥様:「そうね、伊勢馬場の言う通りだわ! だから優先順位を作るのよ! まず第一に確認すべきは、お兄様の気持ち! これで既に彼に想い人がいるようなら…その時は、またわたくしにお手紙を送っていらっしゃい! 絶対よ! 次に、あなたたちの恋が、周囲から、そして神々から許されるものなのかどうか! これがダメそうなら…その時も、またわたくしにお手紙を! いいわね! そして最後に、忌々しいライバルたちの情報収集よ! でもこれは、詳細なレポートにまとめて、わたくし宛に郵送なさい! あぁん、伊勢馬場、ダメ、もう一発シッペを頂戴っ! このままではわたくし、どうにかなってしまいそうだわ!」
(♪BGM:ピシッ!バシィッ!と、先程より明らかに力のこもったシッペの音)
奥様:「あぁぁん!…はぁ…はぁ…伊勢馬場、わたくしったら、また一人で興奮してしまって…本当に恥ずかしいわ。あなたも、何かお話しなさいな。リスナーもそれを望んでいるはずよ」
伊勢馬場:「はっ。さ、左様でございますか。…そうですね、あれは私がまだ青臭い学生だった頃のこと。ある日の放課後、私の下駄箱に一通の可愛らしい恋文が入っておりまして。胸を高鳴らせながら指定された校舎裏へと向かいますと、そこには…ドッキリとかかれ」
あん子の声:「アッ! ニャンたること! もうお別れの時間ニャ! 皆さんからのお便り、尻尾を長ーくして待ってるニャン!!」
(♪エンディング:オープニングの華やかなメロディが、少し寂しげに、しかし次週への期待を込めて流れ始める)
……執務補佐官室。
顰めっ面の長官は、ボイスストーンから流れる番組の余韻に浸ることもなく、ただ静かに肩を落としていた。彼の渾身の領民ネーム「う〇こブリブリぶりの助」は、今週もまた、奥様の御目に触れることはなかったのである。
その隣では、チャラ男が「ドンマイっす、長官! 今回はちょっと攻めすぎたっていうか、方向性が迷子だったっすね! 次回はもっとこう、原点回帰っていうか、シンプルイズベストで気軽に攻めてみましょうよ!」と、的外れな慰めにもならない言葉を、いつもの調子でかけていた。
長官の眉間の皺は、また一段と深くなり、ボイスストーンを握りしめる手に、ギリギリと音を立てて力がこもるのであった。
書き溜めが底をつきそう、続きを書きたいけど、別の話のネタしか浮かんでこない。
試験勉強の時、掃除をしたくなる心理ですかね
次回予告
奥様が人間の本質と戦うようです