2.小さな違和感
よろしくお願いします。ストーリーに少し矛盾があるかもしれませんが、お目溢しください。
午前10時、移民局第三棟・行政フロア。
白く明るい、少し乾いた照明のもとで、クラウスはファイルを開いていた。
「市民権の申請、順調に進んでいます。滞在実績、課税記録、どれも問題ありません」
カートの声は滑らかで、端的だった。
ファイルを読み上げながらも、要点だけをきっちりと押さえていく。
「生活記録に関しても、特筆すべき指摘事項はありませんでした。むしろ理想的といっていい。」
「……よかった。すこし肩の荷が下りたよ」
クラウスは胸をなでおろし、深く息をついた。
カートは軽く笑った。
「正直、クラウスさんほど順調な人は少ないです。移民局としても、模範事例として取り上げられるレベルかと。みんなクラウスさんみたいな人だったら、トラブル対処もいらず、旧地区も大歓迎でしょうに。」
「はは、勘弁してくれ。地味にやってきたつもりだから」
クラウスがそう返すと、二人の間に笑いがこぼれた。
空気は穏やかだった。緊張も、混乱も、まだ何ひとつなかった。
「……ああ、そうだ」
クラウスがふと、手元の書類を閉じた。
「事務的な話じゃないんだが――少し、気になることがあってな」
「はい?」
「娘のことなんだ。アンネリーゼが……最近、ちょっとだけ、変なんだ」
カートの表情が、少しだけ固まった。
だがそれは“異常”というより、“何を言い出すか”という構えに近かった。
「どういうふうにですか?」
クラウスは少し考えた。
言葉にしようとするが、うまく定まらない。
「……説明しにくいんだが、妙に大人びたことを言う時がある。しかも、妙に的確なんだ。まるで、全部をわかってるような……そんな感じで」
カートは黙って頷いた。
それは肯定でも否定でもなく、“続きを待つ”という沈黙だった。
「あと……服のことなんだが。朝、今日はこの服がいいって、自分で選んできたことがあって」
「いいことじゃないですか?」
「いや――それが、まったく俺の選ぶ服と傾向が違っていてな。動きやすい、実用的な服。……あいつ、そういうのを嫌がってたはずなんだ」
クラウスは苦笑した。
「あのくらいの年の子は、ませてますよ。子供子供思っていたのに、急に変わってきて。僕なんかも年が離れた従妹に数年ぶりにあったら、頬を突くだけで怒るようになってショックでした。」
「ははは。まあ、成長ってやつかもしれないが……俺には、あの子がどこか別の場所に向かって歩き出してるように思える」
静かだった。
カートは視線を落とし、指先で机の上のペンを転がした。
「わかりました。私の方でも、少し気をつけて見てみます。何かあれば、すぐにご連絡します」
「ありがとう。……なんでもなければいいんだが」
クラウスは椅子を引き、立ち上がった。
「じゃあ、また。来月の報告も忘れずに」
「もちろん。お気をつけるよ。」
クラウスが去ったあとも、カートはしばらくその場に残った。
『少し大人びた』『服の好みが変わった』
それだけのことだ。
心の中で、カートはそう思った。
10歳という年齢は、子どもが“自分”を獲得しはじめる頃だ。
成長として、むしろ自然なことに思えた。
カートは他の子供とも接する事がある。移住のストレスで不安定になる子も多いし、親のストレスにさらされることも多い。親身にならないまでもそういう些細な変化にも最近は気づくようになった。
本人には言わないが、アンネリーゼの服装は少し変わっている。
会うたびに何かの発表会かというような仕立てのいいワンピースを着ている。
下手をしなくても、クラウスのジャケットより良いお値段だろう。
悪い意味ではないが、他の子とは違って見えた。
10歳の子にしてみたら自分で着る服を選ぶなんて普通のことのように思えたが、
けれど、クラウスほど几帳面で、観察力のある男が「違和感」として語るなら――
それは、ただの思春期の入り口では片づけられないのかもしれない。
それだけのことが、なぜか妙にひっかかっていた。
「ああああ?!」
考え事をしながら端末にむかっていたからか、気づけばエラー画面が出ていた。
操作を誤ったかと焦った。
実はクラウスについては、旧地区に複数の推薦人がいて、本人にはまだ伏せているが、通常より早いルートで市民権を付与できる見込みが経っている。
カートにもヒアリングの際にそうした質問を織り込むように指示されていたので、過去事例を少し見ておこうかとおもったのだ。
「あれ?これ・・」
カートは検索しようとしていたデータとは違うところでエラーを出したようだ。
データが少し抜けてしまっているのが少し気になった。
「んん?」