11.これは、私が着たい服
よろしくお願いします。ストーリーに少し矛盾があるかもしれませんが、お目溢しください。
カートの端末に、ぽん、と短いメッセージが届いた。
《買い物に付き合ってほしいです。リーセ》
返事を打つまでもなかった。
カートは外套を羽織り、歩いて数ブロック先の駅前へ向かった。
アンネリーゼは、春の薄日差す通りの角で、白と水色の服に身を包み、待っていた。
いつもの“お人形さん”のような格好だった。
「待った?」
「ううん、今来たとこ。パパは移民局?都市開発局?ハシゴみたい。」
カートは、その不在時に抜け出してきたのかと感心した。
「君は、保護観察中だよ。一応僕が一番慣れてるからって指名されている。他に監視員がいたらごめんね。それは僕は聞かされてないよ。」
「あーー、だから来てくれたんだ。」
そう答えて少し頬をふくらました。アンネリーゼの表情は、いつもより少し豊かだった。
「あのね。服、欲しい。ちょっと前にパパが気にして、お金貰ったんだけど、その時は買う気がしなかったの。」
カートは頷いた。ふたりは駅前の商業モールを抜けて、小さな古着屋に入った。
「これ、どうかな」
アンネリーゼが手に取ったのは、淡いネイビーのフード付きジャケットと、ラフなスカート。
白いスニーカーの試着もしていた。
「……なんか、男の子みたいだね」
カートが正直に言うと、アンネリーゼはふふっと笑った。
「うん。似合わないかな?でも、走りやすそう。」
「……そっか。」
「そう。これは、私が着たい服」
カートは、その笑顔に、しばらく何も言えなかった。
それは、ようやく羽を伸ばした少女の顔だった。
それからも何着か選んで会計のあと、アンネリーゼはふと困ったように言った。
「これ……今日は持って帰れないんだ。だから、半日だけ預かっててくれる?」
カートはうなずいた。
「もちろん。半日といわず、いつでも」
アンネリーセは苦笑した。
服をまとめ、紙袋を抱えたアンネリーゼが、ふとカートの方を見上げた。
「ねえ、カートさん」
「ん?」
「……カートさんは、“Elni”を知っているのね?」
その言葉に、カートは足を止めた。
心臓が、一瞬だけ“変な音”を立てた気がした。
「……どうして?」
「みんな、言わないの。でも、カートさんは忘れてない。知ってる人の顔。不思議。」
アンネリーゼはそう言って、にこっと笑った。
何の悪意もなく、ただ少しだけ、遠くを見るような目で。
「Elniに呼ばれたの。詳しくはわからないけど、上の、偉い人?からダイレクトで追放処理になるのは聞いてた。」
カートは返す言葉を見つけられず、
「そうか……」とだけ小さくつぶやいた。
「パパにはびっくりしちゃった。一緒に行こうって。何となく知ってたと思うよ?」
カートは以前、クラウスが話した違和感のことを思い出した。
「ああ、そうかもね。」
「それももうずーーーっと前から!」
カートは少女の顔を覗き込む。
少女はイタズラに笑う。
今日は水色のワンピースを着て、足元はショートブーツを履いている。
相変わらずお人形さんのようなのに、いつもと違う。
表情が豊かなのだ。
「そうなの?」
「えー、だって。パパが買ってくれる服、どんどんお人形さんみたいになってくんだもん。可愛いよ?でも、パパってこういう趣味なの?って。でも、パパのお友達のテレーサさんはキャリアウーマンぽい人で飾り気のない感じなの。それで、あ、なんかちょっと気づいているのかな?って思ったの。」
紙袋を持ったまま、アンネリーゼはふわっとスキップするように歩き出す。
「パパには内緒ね。」
そう言って、いつもの10歳の少女に戻っていく姿が、
どこか、もう“手の届かない”場所に行ってしまいそうだった。
「カートさん、ありがとう!」
混乱と喧騒のなか、渦中の中心にいるはずの少女は、どこまでも平和で、楽しそうで、のびのびとしていた。
カートはその横顔に、まるで羽化しようとする蝶のような“変化”を感じていた。
アンネリーゼは――旅立ちを、楽しみにしているとわかったのだ。
アンネリーゼの服は、どこか現実から半歩浮いていた。
レースのついたワンピース、白いソックス、小さな革靴――
街の喧騒のなかでは少しだけ浮いて見えた。
でもカートは、クラウスのジャケットの皺のない肩と、
娘のスカートの裾の揃い方を見て、それが“彼らの世界”の制服なんだと悟っていた。
あの父娘には、“その格好でいること”が必要だったのだ。
だから、何も言わなかった。
そのことを壊す権利なんて、自分にはないと思っていたのだ。




