第2話④「夢を語るバカ」
これは一筋の光に照らされる小さな世界の話。
そして憧れを追いかける少年とまだ夢を語れない少年の物語。
『俺!母さんみたいなヒーローになりたいと思ってるんだ!』
『こんな私みたいには!な”らないで!!!』
母さんはあの冷めた街で闘っているのに、登校中に見た東区のヒーローは、みんな歓声を浴びていた。
恨みたくなるよ。でも、北区の罵声よりは気分がいいな。
ーーヒーローの街...か。
「美甘君、火傷の具合は?」
「まだヒリヒリするわよ、アイツがどうしてこんな燃えながら闘えるのか、疑問でしょうがないわ!」
美甘は皮肉を込めて放つ。
ーーくっ、このままじゃ2体1で押し切られる。
焼は広野の強烈なパンチを受け止めながら、倒れ込む青人の方に目を向ける。
ーーアイツ、いつまで寝てんだよ
「...おい!」
「無駄だ、十分痛めつけた。もう立ち上がる気力なんざ、どこにもない」
焼は続けて叫ぶ。
「おい!青髪!目ぇ開けろぉ!!」
どれだけ痛くても、どれだけ疲れていても、不思議と気力が湧いてくるものを焼は知ってる。
「俺はまだ!お前の夢を聞いてねぇぞ!!」
第2話④
この街の人は、少なくともあのバカは、絶対に夢を笑わない。
郷に行っては郷に従えという。ならば、ヒーローが歓声を浴びるこの夢の街ーー東区で、長いこと溜めた思いを叫んでやる。
ーー馬鹿野郎が!こんな簡単なことも出来ねぇのか.....
青人は膝で身体を支えながら、徐々に立ち上がる。
ーーただ声に出して言うだけ...
呼吸が荒くなる。うまく息ができない.....
『夢を語るのは馬鹿のする事だ。俺は馬鹿じゃない』
.....ダメだ。
『おい!青髪!目ぇ開けろぉ!!』
ーー.....!
そして呼吸は落ち着き、無意識に閉じていた目を開く。
そこにはヒーローになろうと、目の前の困難に勇敢に立ち向かうバカの姿があった。
ーー負けてられないだろ!
「俺は!海を見る!!!」
「うみ?って何か分かるか?」
「いいやぁ?」
「あんなにボロボロだったのに!一気に立ち上がったぞ!?」
生徒たちが今日一番に盛り上がる。まるでショーを観ているように。
「橋本、男の子の強さは目標だ」
「なんでアンタがカッコつけるのよ...」
誇らしげな顔の流川、ツッコミを入れる橋本。
「夢か.....」
みどりは小さく呟く。
「なんだとっ!?」
食堂で焼を馬鹿にしたあの青人が、このような行動に出たことで、美甘は驚きを顕にする。
「ま、まさか!?...そんなはずは...!!」
青人を気絶させた広野は、立ち上がって叫び声を上げる姿を目の当たりにし、取り乱している。
「この隙が欲しかった!」
焼の反撃を一切許さなかった広野の猛攻は、青人が作り出した隙に崩される。
「灼熱パンチ!」
焼の燃える拳が広野の巨体に命中する。しかし手ごたえが足りない。広野の耐久力は相当なようだ。
「くっ!」
広野は隙を突かれながらも、焼に返しのパンチを喰らわせ、距離を取る。
並び立つ焼と青人、向かい合うは広野と美甘。
海
果てしなく広がる水の世界、青空に似ているがそれは足元の先にある。その水は口に入れると塩の味がする。
古い伝承や童話に度々出てくる架空の場所。
「傷は?」
焼は両手を前に構えながら、横目に青人を心配する。
「どうってことねぇよ、こんな傷」
青人はそう言い、片手で鼻先をはじく。
「美甘君、わたしの足を引っ張る真似はしないでくださいね...」
「ちっ」
広野は肩を慣らしながら呟き、美甘は険しい顔で舌打ちする。
「参った、初戦から長引いてしまっているな...原因は貴族の誇りと少年の意地といったところか.....」
次の一瞬、広野の拳がふたり飛びかかる。
「ウォール、硬化」
青人は広野の前に壁を生成する。
ーー壁は破られる前提。少しでも広野の隙をつくる。そうすれば、コイツの燃える拳が仕留めてくれる...
広野が壁を砕き、焼が迎え撃つ。
宙を舞う壁の破片を縫うように広野の拳が伸び、焼の拳と交わる。
青人の後方に美甘が回り込んでいた。
美甘は火傷の影響か速度が落ちている。
美甘は青人に攻撃を仕掛けるが、石の壁で防がれる。美甘は青人の周りを回りながら、ヒットアンドアウェイを繰り返す。
数分前に固めた石は水に溶け、再び青人に操られる。
ーー俺の気を逸らすように...コイツの狙いはまさか?俺の能力の消耗.....急いでくれよ...焼!
「魔女の子が気絶していた時の防戦といい、中々腕が立つようじゃないか。何をして鍛えた?」
広野が、余裕を保った口調で尋ねる。焼を見下すような目つきで、ゆっくりと肩を回した。
「路地裏で、ヤンチャ」
焼は短く答え、拳を握る。肩の奥に、微かな熱が集まりはじめていた。
「不良少年が。.....早く終わらせよう。わたしのこの、圧倒的なパワーで!」
広野が踏み込んだ瞬間、地面が唸るような音を立てて震える。地割れのように砂が跳ね、振り下ろされる拳が焼の眼前へと迫る。
だが、焼は一歩も退かない。
ーー怪物と闘った時、姿見を助けた時、俺はどうしてた?
ーー最終的に、気を失って寝てた?能力を暴走させて、文字通りの自爆して.....何がヒーローだ、笑わせんな!
焼の脳裏に、あの無念が過る。
ーー能力の制御には、きっとまだまだ時間がかかる。だったら.....
「決めた!今から俺は、絶対ぇめげねぇヒーローだ!」
次の瞬間、焼は身を捻って拳を紙一重でかわす。広野の拳は空を裂き、その余波だけの風圧が焼の頬をかすめる。
そして即座に焼は身をかがめ、広野の懐に潜り込んだ。
「これならどうだっ!」
広野の脇腹へ、火を纏った拳がめり込む。ジュッという音が微かに、肉の奥から立ち上がる。
「ぬっ.....!だが、この肉体の耐久力は知っているはずだ!そんな小さな炎じゃ、俺は焼けないとっ!」
広野の巨体がわずかに痙攣する。だが、それでも崩れない。
ーー耐えて、耐えて!.....熱し続ける!
焼の両脚が震えはじめる。しかし次の瞬間、広野の左拳が焼の背中を強打した。
「ぐっ.....!」
焼は地面を転がり、砂塵にまみれる。だが、すぐに立ち上がった。肩で呼吸しながらも、その瞳の炎は消えていない。
「小さな炎でも高熱だ!人体に害がない訳ゃねえだろ!」
高熱に晒され続けた筋肉は、収縮と膨張を繰り返し、少しずつ機能を低下させていく。焼の攻撃は、致命傷ではなく「蓄積ダメージ」だった。
そして広野はまだ、気づいていない.....
焼は走った。拳を繰り出すフリをして後退し、広野を誘い出す。再び間合いに飛び込み、火の拳で肉体を“炙る”。
一撃ごとに、広野の反応がみるみる遅れていく。手足の動きが微かにズレ始める。
そして、広野の足取りが唐突に鈍った。
「.....!?なんだこれは!」
広野は足取りの鈍りに取り乱し、倒れ込んでしまう。両脚に力が入らない。筋肉が固まり、軋む。力の根源だった肉体が、じわじわと悲鳴を上げていた。
「耐久戦は確かにお前の土俵かもしれねぇが、俺の方が一枚上手だったって事だ」
能力『膨張』
自身の肉体を膨張させる事で、擬似的に強靭な肉体を形成することができる。
弱点は熱によるタンパク質の変性で、無理矢理膨張させた肉体の形を維持できなくなる。
「なにっ!?」
美甘は広野が焼にやられたことに気づく。
「相方はもう...闘えなそうだぜ?」
青人は息を切らしかけたような声で、美甘に語りかける。
「ちっ.....降参」
美甘の蹴りを防ぎ、ボロボロの青人を守った石の壁が溶け、その水がーー
広野の拳を受け止め、耐え続けた焼の額から、大粒の汗がーー
ーー青空の下ただ一滴、降っていた。
口の中が血で鉄臭い。しかし、燃えるような瞳も、宝石のような瞳も、確かに勝利を眺めていた。
「勝負あり!石水・炎野ペアの勝利!」
「バカになった気分はどうだ?青髪」
焼は夢を叫んだ同士に問う。
「...最高だ。それと、“青髪”じゃない、“青人”だ」
それに青人は満面の笑みで答える。
「.....“と”って何だ?」
「“あおと”って名前だ!バカ!」
「.....ぷっ」
「くくっ.....」
「「ハハッ、アッハッハッハッ!!」」
第2話④「夢を語るバカ」