第1話③「路地裏の怪物」
これは一筋の光に照らされる小さな世界の話。
そして憧れを追いかける少年の物語。
父の仕事の付き添いで中央区に行った時、たまたま彼女を目撃した。
東区で生まれ育ったから、ヒーローはしょっちゅう見てきたし、なりたいとも思っていた。しかし今までとは違う。心に火をつけられた様だ。
世界最強のヒーローを超える。
ーー最高の目標だ。なってやる、最高のヒーローに!
憧れの相手に会えた余韻に浸っていると、何かを忘れていることに気が付く。焼は思い出した。友達を待たせていた。
ーーやべぇ.....
「近道すればまだワンチャン...」
そうして建物の隙間の路地に入る。少し薄暗いが幼い頃に駆け回っていた思い出の場所だ。
「きゃあ!」
幼く甲高い悲鳴だ。そしてその声色はひどく怯えている様だ。声の下に全力で急ぐ。
ーーここだ!角を曲がれば声が聞こえたところ...
「誰かいるのか!」
勢いで声を上げて、確認を取る。曲がり角を曲がると、そこには追いかけられる少女と、得体の知れない化け物がいた。
第1話③
ーー...何だコイツ!?
奥に見えるあの化け物は一体何者なのだろう。
形状は人型で、顔には象の様に突き出した鼻があり、右手の先には長い爪が生えている。引っ掻かれでもしたらたまったもんじゃない。
そして左腕は、まるで雪でできている様で、その手は氷柱を剣の様に握っている。
当然だがこんな生き物見たことも聞いたこともない。
不気味にも程がある。この怪物は女の子にどんな悪夢を見せようというのか。
追いかけられている少女は、焼と同い年くらい。パステルパープルの長髪で、瞳の色はエメラルドの様だ。ぱっと見地味な印象を受けたが、よく見るとかなり綺麗で、服装は黒を基調にフリルが沢山付いたいわゆるゴスだ。
そして一瞬しか見えなかったが、何者かが化け物の奥にいた。直前の焼の叫び声で逃げていったのだろう。
こちらに逃げて来る少女を背後に逃し、怪物の前に立ち塞がる。しかし...
ーー何で動かねぇんだ、俺の脚。
...脚はブルブル震え、思い通りに動かない。
ーーこんなふざけた見た目の怪物に怖がってるって言うのか?
ーーあの長い爪か?あの氷柱か?それともあの長っ鼻か?
いいやどれも違う。
ーーあんな奴見たことねぇ、でも...あの目は見たことがある。
『おい生意気野郎!今日こそぶっ飛ばしてやる』
力を手に入れて、調子に乗ってる馬鹿の目だ。その時、とてつもない怒りが湧き上がってきた。
「うおおぉ!」
次の瞬間、焼は唸り声を上げながら足を踏み出し、拳を突き出していた。
そしてその拳は奴の左頬に命中していた。
ーーよっしゃあ!
しかし、ガッツポーズは心の中でしか出来なかった。怪物はすぐさま爪で反撃してきた。
「うわあ!」
ーーしまった、効いていなかった!
『つまらない怒りに任せた攻撃には、つまらないものしか乗っていない』
ネガティブ、フラッシュバック、止まることのない思考。
ーー何なんだこの怪物は? どうすればいいんだ? 『効いてなかった...』 少女がこちらを見ている... 『あの目は...』 「何で逃げないの!」 『今日こそぶっ飛ばしてやる』 『何で動かねぇんだ俺の脚...』 『よっしゃあ!』 痛い痛い痛い... 『パパ...ママ...熱いよ...』 『最高の目標だ!』 何でこんな時に思い出すんだ... 『何者かが化け物の奥にいた』 化け物... 少女...
ーー動け!
『少年、目を開けろ』
咄嗟の判断で氷柱の攻撃を避けることができた。
爪で引っ掻かれた後、後ろに倒れ込み、危うく上から一突きにされるところだった。
頭の中に色んな声が響いていた。さっきまでの雑念...もしかするとあの怪物の能力なのか?
能力①
人間が生まれつき持つとされている力。ある者は口から火を吹き、ある者は身体を鋼鉄に変えた。
人類は能力を駆使して文明を発展させてきた。
最初、恐怖を感じ足が動かなくなった、次に怒りが湧いてきて殴りかかっていた。その後拳が当たったことに妙に喜んで、そして今変な雑念で回避が遅れた。
辻褄は合う。
ーーでも、もしそうだとすると...めっちゃ厄介じゃねぇか!
『これだけは覚えていて...』
よく頭に響く言葉だ。幼い頃、誰かに言われた言葉。
その時の記憶は曖昧で、雲がかかっていたのか空は淀んでいた。
でもその言葉はとても明るく、暖かく、とても励まされる言葉で...
...いつも俺を奮い立たせてくれる。
目の前の困難も、失敗への恐怖心も、ちっぽけになる程の...大きな言葉。
どうしようもないほどの自信と調子が湧いてきて、思わず歯茎を見せる。
「残念だったな、長っ鼻!精神攻撃はもう俺には通用しないぜ」
ーーそうだ!俺は大きな言葉を託されてんだ。
『そうか...なら、私が助けられない人は何としても助けてあげるんだよ』
ーーまずは1人目、あの子を助けてみせる!
自信が出てきた焼は調子づいて拳を握り締める。
「あ、あのさっきから怒ったりドヤったり、あなたの情緒は大丈夫ですか?」
「ガーン!」
少女は焼の後ろ、積まれた木箱の裏からこちらを覗いている。ショックで調子に乗っていられなくなった。
ーー少女を心配させるヒーローがいてたまるか!
『これだけは覚えていて.....』
少女を安心させようと、一度握った拳の親指を立て、少女に見せる。そしてあの日の言葉の続きが思い浮かぶ。その言葉に励ませれ自信を持って言う。
『.....れば、あなたは何でも出来る!』
「安心しろよ、今の俺は君のヒーローだ」
怪物の左腕が空気を冷やしている様だ。少女の頬が少し赤くなった。その顔を焼に見せる様に、暗い路地に陽の光が差し込む。
「おい長っ鼻!さっきはしょうもねぇパンチして悪かったな...今度は面白いもん見せてやるよ」
怪物は焼の挑発に目もくれない、ただ本能で暴れているだけの様だ。
焼は強く握り締めた拳を、再び怪物に向かって放つ。しかし今度は一味違う。
ーー全部乗せてやる!
「憧れ、夢、目標。後悔、憎悪、痛み。そして!あの娘を助けるヒーローの.....灼熱パンチ!」
伸ばされた拳は熱を帯び、氷柱を溶かしながら炎を纏う。そしてようやく、奴の左頬を凹ませる。
能力『燃焼』
空気中の酸素を使い、皮膚の表面で発火を起こす。そのまま肌を燃焼させ続けることで炎を維持出来る。
「決まったぁぁぁ!」
焼は叫びながら拳を高く突き上げる。今度はガッツポーズまで決まった。
ーー袖の短い服着ててよかった、焼かずにすむ。
「て、ててて、手が燃えた...!?」
少女は目を見開き驚いている。
そして今度は怪物を後ろに倒してやった。
「俺なら出来る!コイツに勝てる!」
喜ぶのも束の間、すぐに怪物は起き上がり爪で反撃。
ーー雑念がなきゃ簡単に避けれる。
爪の斬撃をスッと交わす。すると怪物は怒ったのか、左腕から冷気を放つ。
その冷気は雪を作り、焼の半身を壁に押し付ける。
『.....決めた!俺は、あなたを超えるヒーローになる!』
「サニーフレアは悪魔の呪縛を溶かした世界の英雄だ...」
「...なら俺は!怪物の呪縛を溶かす少女の英雄だ!」
燃焼で自身の身体を抑えている雪を溶かし、再び殴りかかる焼。
ーー最後の一撃は全力で!
激しく燃え上がった炎は、焼の予想を遥かに超えていた。
幸か不幸か、奴の能力で冷えた空気は、急激に熱されたことでとてつもない衝撃波を放つ。
ボンという爆発音が周囲に響く。
その衝撃によって、怪物と焼はそれぞれ壁に打ち付けられて気を失ってしまう。
「今...何が起きたの?...」
第1話③「路地裏の怪物」