第1話②「なりたいもの」
これは一筋の光に照らされる小さな世界の話。
そして憧れを追いかける少年の物語。
木造の図書館の中、歴史の本を手に取り、本を開く。
『氷河期-黎明期 800-1000』
かつてこの世界は、冷酷な「氷の悪魔」によって支配されていた。
太陽の光は厚い氷雲に遮られ、空は灰色に染まり、地上は凍てつく冷気に囚われていた。
人々の暮らしは悪魔に支配され、その間人類の文明発展は滞った。
人類に許されたのは生きることのみ。人々は家畜のように狭苦しく日々を過ごしていた。
空を自由に飛ぶ鳥を、大地を力強く駆ける竜を、小川を生き生きと泳ぐ魚を、新たに生まれる命がそれらを目にすることはない。
世代が変わる度美しい世界の姿は、人々の記憶から失われていった。
そうして月日が過ぎ去っていき、やがて人々は希望の光さえも忘れてしまう。
憧れも、夢も、栄光も.....
そんな絶望の世界に立ち上がったのは、たったひとりの少女だった。
後に「サニーフレア」と呼ばれる英雄である。
フレアは自身の翼で空高く舞い上がり、日照りの炎で人々に人類の夜明けを告げた。「目を開けよ」と。
その姿に、多くの者達が立ち上がった。
激闘の末、フレアは氷の悪魔を討ち滅ぼし、悪魔の呪縛を溶かした。
その後、11体の悪魔を封印し、人類は平和を取り戻した。
パタンと本を閉じ、棚に戻す。
「遅いなぁ...何かあったのかな?」
小さな少年はそう呟き、図書館を後にする。
第1話②
「この調子なら余裕を持って間に合いそうだ」
焼は安堵して息を吐いた。しかし言った後に気付いてしまう。この発言はいわゆるフラグであると。
直後、前方から甲高い悲鳴があがる。
どうやら人を乗せた竜車が突然暴走してしまったらしい。近くに御者らしき人が転がっている。振り落とされたのだろう。
竜車を止めようと焼が足を踏み出した瞬間、視界が暗くなった。いや、周囲は明るい。だが暗くなったのだ。どういう事だ?
足下を見て、混乱は解けた。陽の光を遮るように焼の真上を何者かが飛んでいた。焼の足下には黒い鳥が浮かび上がっていた。
気付いた時には既に竜車は止まっていて、焼の真上を飛んでいた何者かはドラゴンを宥めている。
急展開に驚く隙などはなく、東の街はいつにも増してザワつき始める。
「お前さん、まさか.....」
「ねぇ、あれって本物?」
通り中の人々の視線を集める彼女は、不敵の笑みを浮かべている。
氷河期と黎明期①
今から40年前、人類が悪魔に支配されていた時代。約200年間続いた氷の呪縛を溶かしたのは、たったひとりの少女だった。
竜車を止めようと足を踏み出した瞬間、彼女は空から現れた。
「帰り道で悲鳴が聞こえたと思ったら...」
気が付くと既に竜車は止まっていて...
「ダメじゃないか君、御者を振り落としちゃ!」
...ドラゴンは彼女に撫でられながら説教されていた。
ーー速すぎるだろ、まるで反応できなかった。
「そっかそっか、びっくりしたんだね」
彼女は優しく竜を宥めている。
ーーてか会話が成立してる?
彼女の止めた竜車に男が駆け寄る。
「お前さん、まさか!?」
「あっ、御者さん?あんまり脅かさないであげて下さいね」
御者は彼女を目の前にし、思わず固まってしまう。彼女は客室の扉を開く。
「お怪我はありませんか?」
彼女のあまりの速さに通りの人々は追いついていなかった。
ようやっと追いついた人々が彼女の正体に気付き始める。
「ねぇ、あれって」
周囲のザワつく声が一つに纏まる。
「「「もしかして...ドラゴンヒーロー・サニーフレア!?」」」
世界的な英雄を前に全員が驚きを露わにした。
綺麗な茶色の長髪に、ルビーの様な真紅の瞳、赤い鎧には金の装飾が付いており、まさに豪華絢爛。彼女は美しく、最強なのだ。
ドラゴンヒーロー・サニーフレア①
氷河期を終わらせた世界の英雄。ヒーロー時代の立役者にして、中央区のトップヒーロー。
能力でドラゴンの姿に変身出来ることから、ドラゴンヒーローと呼ばれる。
彼女の圧倒的な強さの正体は一体何なのか...?
「それじゃあ、私は中央区に帰る途中だったので...」
そう言って、彼女はパッと人々に向かって手を広げた。
「サニーフレア!」
焼は思わず声を張り上げ、フレアの元へ駆け寄った。焼の声に気付いたフレアがふと立ち止まり、振り返る。
「何だい、少年」
「あの…!自分は炎野焼と言います!あなたに憧れて…ヒーローを目指しています!」
ーーしまった!
咄嗟に右手が動き、敬礼をしてしまい、焼は思わず頬を赤る。恥ずかしさを隠すように、挙げた手で目を覆う。
フレアは焼に背を向けると、ドラゴンのような大きな翼を広げた。
翼が眩い光を反射し、彼女の背をさらに大きく見せる。
「少年、目を開けろ」
焼は恐る恐る目を開き、その背中を見つめる。
偉大な背は目前にあった。その時、胸の奥に熱いものがこみ上げる。
「.....決めた!俺は、あなたを超えるヒーローになる!」
「...!」
その言葉に、フレアの口元が少し緩む。
「そうか...なら、私が助けられない人は何としても助けてあげるんだよ」
焼が言葉を返す前に、フレアは力強く翼を羽ばたかせ、飛び去ってしまう。
何処までも高く、誰よりも遠くへーー
目前にあった世界は、見る見ると遠いていくーー
世界最強のヒーローを超える。
ーー最高の目標だ。なってやる......最高のヒーローに!
第1話②「なりたいもの」