◇099 衣装合わせ
「素敵! よく似合ってるわ!」
「ええ、本当に。素晴らしい衣装ですね」
お母様とユリア先生からお褒めのお言葉をもらう。
新しいドレスに身を包んだ私はなんとも微妙な気持ちでそれを聞いていた。
隣のエステルは純粋に喜んでいるようだが、私は少し恥ずかしい。
前世ではどちらかというとあまり可愛らしい服は似合わなかったので、その感覚が染み付いてしまっているというか。まさか異世界でこんなゴスロリ風な服を着ることになるとは……。
注文通り私は黒と白を基調とした服であるが、そこまでフリフリはしてはいない。お決まりのヘッドドレスもないしね。たくさんのリボンとかもついてないし。胸元の黒いリボンに白いブラウス、黒いコルセットスカートと、全体的にシックな落ち着いたイメージだ。
白と黒がちょうどいい感じに相まって、琥珀さんと並ぶとお揃いな感じは嬉しいけどさ。
エステルの方は全体的に白と薄桜色のドレスである。甘ロリってやつ? だけどこっちもそれほどの派手さはなく、落ち着いた感じにまとまっている。
まあ、私がデザインしたものだからね……。地球での甘ロリだったら、もっとリボンいっぱい、ヒラヒラフリフリといった感じになってただろう。
「サクラリエル様の髪とお揃いの色のドレスです!」
なんか知らんがエステルのテンションが高い。エステルは同じ色のドレスを何着か持ってたはずだけども。
「今までにないデザインのドレスでしたが、これは成人前のお嬢様方に受け入れられると思います。華やかさだけではない、未成熟であるが故の儚さや美しさを神秘的に表現したドレスかと」
ドレスを仕立てた仕立屋のマダムが興奮気味にそう語る。
まあ、大人の女性よりは未成年の少女向けってのはわかるけど。地球じゃ成人女性も普通に着てましたが。
こっちは成人になれば女性は足を出したりはしないからね。膝下くらいのスカートを穿けるのも今のうちだけだ。
といっても生足を出すのはあまり良く思われないので、エステルも私もタイツを穿いてはいるんだけど。これなら屋外パーティーでも寒くはないかな。
「これでドレスの方は問題ないわね。あとは宝飾品だけど」
「お嬢様方にお似合いになりそうなものをいくつかご用意させていただきました。どれもこれも名工が手掛けた逸品ばかりです」
やっと出番だと、控えていた宝石商のおじさんが前に出て、従業員がテーブルに並べたジュエリーケースを開くと、そこには大小様々、色とりどりの宝飾品が並んでいた。
いやもう……。こういうところで上流貴族の常識ってやつに毎回ぶん殴られる。子供にこんな宝石いらんってさ。
「御顔映りを見ましょうね」
「はあ……」
お母様が私の背後に周り、大きなエメラルドがついたイヤリングをつけてくる。これっておいくら万円ですか……? 地球なら絶対何千万レベルだと思うんだけども……!
「うん、サクラちゃんの瞳の色と同じでいいわね。でももうちょっと可愛い感じの方がいいかも」
「それでしたら……」
宝石商のおじさんが別のアクセサリーを取り出してお母様に見せる。その横でエステルもユリアさんにアクセサリーをつけてもらっていた。
私のとは見ただけで違うシンプルなデザインのやつだ。おそらくお値段も値打ちごろなやつ。
基本的にこの手のアクセサリーって、その家の趨勢を暗に示すものだから、たとえ下級貴族でも見栄を張っていいものを身につけることが多い。
だけどもそれはその家の当主夫人とかお年頃の御令嬢だからであって、子供に過分なアクセサリーは不必要と思うわけですよ、あたしゃ。
エステルは一つのイヤリングを気に入ったようだ。桜の花を模したシンプルなイヤリングだ。
「お母様。私、エステルと同じのがいいんですけども」
「あらそう? んー……悪くないわね。桜ならサクラちゃんの名前にピッタリだし。それにしましょうか。ふふ、服もアクセサリーもお揃いね」
お母様は私の提案を受け入れてくれた。やれやれ、ホッとしたよ。
喜ぶエステルと胸を撫で下ろす私に対し、小さく肩を落とす宝石商のおじさん。あ、マズったな。おじさんにしてみれば、高級アクセサリーが売れるはずだったのに……ってなるわね。申し訳ない。少し助け舟を出すか。
「こっちのネックレスはお母様に似合いそうですね。エメラルドとサファイアがお父様とお母様みたいで」
「あら、ホント? 似合うかしら」
私はケースの中にあった高そうなアクセサリーをお母様に薦める。お父様とお母様の瞳の色をした、エメラルドとサファイアの小鳥が模されたやつだ。嘴を互いに合わせて仲睦まじい姿を描いている。
お母様がネックレスを侍女につけてもらう。
「どうかしら?」
「とても似合いますわ、お母様」
「ええ、ええ。お嬢様の言う通り、とてもお似合いでございます。奥様の美しさをさらに輝かせられるものかと」
ここぞとばかりに宝石商のおじさんがセールストークを爆発させる。後はおじさん次第だ。頑張れ。
◇ ◇ ◇
「皇太子殿下の仰っていた通り、第九皇女殿下は連れてきたメイドにも軽く見られているようです」
翌朝、そう報告しながら律が私の髪をブラシでとかす。
例の帝国の皇女殿下について、私は律に情報を集めるように頼んでおいた。
律の配下である七音の一族は、すでにこの皇都にも何人か潜んでいて、その情報の網を広げている。
帝国の一行が泊まっているホテルにもその手は伸びており、ちょっとした情報くらいならすぐに手に入れられるようだった。さすがに皇女殿下の周りには近づけないようではあるが、律の配下の者たちには私が渡したテープレコーダーがあるからね。こっそりと会話を録音することも可能なのだ。
「それってやっぱり母親の身分が低かったから?」
「そうですね。それと神々から授かった『ギフト』が、あまり実用的なものではなかったようで……」
「あー……」
神々から一人にひとつだけいただける『ギフト』には、使えるものと使えないもの、いわゆるアタリハズレがあるとされている。
『ギフト』の力は強大で、それ故にその『ギフト』によって人生が決まってしまうこともある。
有用的で、強力な『ギフト』を手に入れた者は『勝ち組』、使いところが難しく、さして効果のない『ギフト』を得た者は『負け組』という、『ギフト』至上主義、みたいな風習がどうしても貴族にはある。どうやら帝国でもそれは同じようだ。
『ギフト』なんて使い方次第だと思うんだけどな。理解できないのは、たとえば武の名門貴族が、戦闘系の『ギフト』を授からなかった子を冷遇する、みたいな話だ。
子供にはなんの罪も落ち度もないじゃん。文句言うなら神様に言えよ、って感じ。そもそも神様からいただいものに優劣をつけること自体失礼なんじゃないの?
私の【店舗召喚】も、地球の店舗を呼び出せるから有用的なだけで、本来ならいわゆる『ハズレギフト』だったんだろうな。
この世界の店を召喚できてもそれほどメリットはないし。いや、店舗が持つ破壊不能の効果があれば、でっかい盾としては使えたのかもしれないが。
「母親の身分の低さとか『ギフト』とか、第九皇女殿下にはどうしようもないことじゃない。ホントくだらないわね……」
「さすがに第四皇女様がいる前では露骨な侮りはないようですが、見えない場では露骨な嫌がらせや、わざと聞こえるように嫌味を言ったりしているようです」
仮にも皇女殿下だからね。同じ第四皇女殿下の前でそんなことをしたら、皇族全体を馬鹿にしていると思われる。それくらいの判断はできるか。
それにしてもムカつくな。見えないところでネチネチと陰湿過ぎるよ。
たとえ生まれがどうであろうが、侍女や騎士より身分ははるかに上なのだ。第九皇女殿下がビシッと言えば、舐められることは無くなるかもしれない……けど、あの子の性格じゃ無理っぽいな……。
まあ、相手もそれを知ってて舐めてきているんだろうし、表面上は敬っているポーズを取っているんだろうけどさ。
帝国は嫌いだけど、あの子は悪い子じゃないような気がする。あれで実は気が弱いのは全て演技でした、なんてことだったら末恐ろしいわ。将来どんな毒婦になるやら。まあそうはならないと思うけど。
「第九皇女がこちらへ来ることになったのは、第二皇子の横槍があったようです。第四皇女は未熟な者を連れて行っては帝国の恥になるからと反対だったらしいのですが、第二皇子はサクラリエル様と同い年だから話が合うだろうと」
「第二皇子って、次期皇帝に一番近い人だっけ?」
「そうですね。一応、第一皇子が皇太子となっておりますが、病により体調が優れず、いずれ第二皇子が皇太子になるだろうとの噂です。第二皇子は軍部寄りの強硬派ですので、皇国としてはあまり嬉しくはないでしょうね」
んん……? 第二皇子ってのは皇国を攻めたい強硬派なんだよね? なんでそんな皇子が第九皇女を寄越したんだろう? 攻める前に私がどういう存在か調べようとした?
まあ暗黒竜を一撃で屠る存在を放っては置けないだろうしなあ。
でも六歳児だぞ? 戦争なんか出ないぞ? いや、家族に災いが及ぶようなら全身全霊を持って叩き潰すが。
「なにか企んでいるのかな?」
「かもしれません。やってきた帝国人の中には第二皇子派もかなりいるようですし」
「ってことは、第四皇女も第二皇子派なの?」
「いえ、第四皇女は中立派寄りという感じのようです。表立って第二皇子と対立はしていないみたいですね」
詳しく聞くと、帝国には大きく分けて三つの派閥があるらしい。戦争など武力を辞さない強硬派、平和的外交や貿易利益を考える穏健派、そしてそのどちらでもない中立派だ。
第二皇子が強硬派、第一皇子が穏健派、そして第四皇女が中立派、と。皇国もそうだけど、どこの国も同じような感じなんだねえ。
ただ帝国の場合、皇帝もどちらかというと強硬派ってところがネックだなぁ。穏健派の第一皇子が病気で身体が弱く、先がしれないってところもね。
たとえ皇帝とはいえ、皇太子を簡単に変えるわけにはいかないみたいだね。なんでも第一皇子の母親の実家である高位貴族が、強い政治的な力を持っているらしい。
だけどこれ、第一皇子がぽっくりと逝ったらガタンとバランスが崩れるんじゃなかろうか。
全ての病気を癒すエステルの『ギフト』なら第一皇子を救えるかもしれないが……いやいや、大切な友達をそんなおっかない国になんか行かせられるか。
イマイチ帝国の目論見がわからないな。
とりあえずいろいろと注意が必要だな。なにかこちらの失態を非難して、無理難題を押し付けてくるかもしれないし。
第四皇女の方は皇妃様やお祖母様、お母様に任せるしかないが、第九皇女の方は私が目を光らせるしかない。
はぁ……。当日はハードな一日になりそうだな……。