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◇097 帝国の皇女二人





「貴女のような子供が大きな力を持っていても、振り回されるだけではなくて? 責任も取れない子供は大人の後ろにいた方がよろしくてよ?」


 なかなか厳しいことをおっしゃる皇女様だこと。まったくもってその通りだが、縁もゆかりもない他人にそこまで言われる筋合いはない。


「ご心配いただきありがとうございます。ですが、これも神々が与えた試練でございましょう。私はやれることを精一杯やるだけでございます」

「ふん……殊勝な言葉だこと。力に溺れずにせいぜい努力することね」


 表情を変えることなく、第四皇女レティシアはふいっ、とそっぽを向いた。

 この人、美人だけど言葉がキツいな……。これで嘲笑を浮かべていたら、間違いなく嫌味を言っていると思うところだけど、無表情だからなんとも判断できない。


わたくしはアレグレット帝国第四皇女のレティシア・エ・アレグレット。そしてこっちが妹の第九皇女であるリーシャよ」

「あ、あ、あの、は、はじ、はじ、」


 レティシアに促された第九皇女リーシャが私にカーテシーで挨拶しようとするが、緊張のためかどもってしまって言葉が出てこないようだ。

 私がのんびりと待っていると、彼女の横から厳しい声が飛んだ。

  

「……リーシャ。挨拶くらいはきちんとできるようになりなさい。それで恥をかくのは貴女だけでなく、帝室全員なのです。できないのであれば、今すぐ帝国に戻ってもよろしくてよ?」

「す、すみません、お、お姉様……」


 姉に睨まれ、萎縮してしまったリーシャ皇女が肩をすくめて小さくなる。ええ……? そんなキツい言い方せんでも……。


「ま、まあまあ……。リーシャ殿下も慣れない旅でお疲れなのでしょう。帝国から皇国までは長いですからね」


 場の空気に居た堪れなくなってか、エリオットが若干引き気味の笑顔を浮かべて、取りなすような言葉を並べる。


「確かに距離は長いですが、周囲の危険を警戒する騎士たちと違って、我々はただ馬車に座って揺られているだけ。我が帝室の者がそれで疲れたなどと軟弱な言葉を吐くとでも? だとしたらそれはわたくしたちに対する侮辱です」

「い、いえ、そんなつもりは……」


 キッ、と鋭い目を向けられ、たじろぐエリオット。

 彼の『助けて』という視線がこちらに向けられる。こっち見んな。


「エリオット殿下。皇国ではどうかわかりませんが、もっと毅然とした態度を見せませんと、相手にも家臣にも舐められますよ?」

「そ、そうですね……」


 さらにエリオットがレティシア皇女に追撃される。いかん、うちの皇太子様のライフがゼロになってしまう。

 こっちまで飛び火しそうで嫌だけど、さすがに助け舟を出さないとマズいか? と思ったとき、レティシア皇女が小さくため息をついた。


「……子供相手にいささか厳しいことを申しました。気分が優れませんのでわたくしはこれで失礼致します。リーシャはサクラリエル様から秋涼会での説明を受けなさい」

「は、はい、お姉様」

 

 秋涼会で私は未成年である女性たちのホスト役となっている。確かに何点か伝えるべきことはあるけど……。それはレティシア皇女も聞いておいた方がいいんと違うか? いや、彼女は未成年じゃないから、皇妃様の方から説明がいくのかもしれないけども……。

 私がそんな疑問を持っていると、レティシア皇女はお付きの護衛騎士と侍女を連れてさっさと部屋を出て行ってしまった。

 残されたリーシャ皇女がオドオドと落ち着きなくしている。


「は、はは……なんとも厳しい方ですね……」

「お、お姉様は完璧を求めるお方ですから……。私が失敗ばかりしているのが許せないのでしょう」


 エリオットの言葉にリーシャ皇女が小さな声で答えた。

 完璧ねぇ……。それは勝手だが、それを妹にまで強要するのはどうかと思うんだが。四六時中あんなお姉さんに嫌味ばかり言われていたら、萎縮してしまいそうだ。

 リーシャ殿下がオドオドした性格なのもそのせいじゃないだろうか。


「お、お姉様は私に付き合わされて来たようなものですから、いろいろとご不満があるのでしょう。申し訳なく思います……」


 付き合わされて、ねえ……。本当は来たくなかったけど、リーシャ殿下一人では不安だから保護者としてついていけって皇帝に言われたのかね? だとしても、あんな言い方はないんじゃない?


「ではリーシャ殿下。秋涼会における説明をさせていただきます。よろしいですか?」

「あ、は、はい……。よろしくお願い、致します……」

 

 私たちはソファに座り、秋涼会についての説明を始めた。

 国によってマナーやしきたりが違うため、あらかじめ、これはこういうことなんだよ、これはこういう意味です、ということを伝えておかねばならない。

 帝国と皇国は礼儀作法にそれほど違いはないので、大きな誤解が生じることは少ないが、他国との折衝もホストである我が国の役目である。

 たとえばさすがにこれは向こうも知っていると思うが、メヌエット女王国では赤い衣装は王族が着るものと決められている。だが、帝国では赤いドレスはどちらかというと血を思い起こすという意味で忌避される色であったりするのだ。

 そこのところを知らないと、余計な諍いが生まれたりする。こういった文化のすれ違いは交流によって理解と共に薄まるものだが、帝国は他の国と進んで文化交流をしてないからな……。外交圧力はするくせにね。


「……以上ですが、なにかわからないところはありますか?」

「い、いえ、よくわかりました。ありがとうございます」


 リーシャ殿下は少し躊躇いながらも小さく頭を下げた。あの我儘皇子の妹にしては、悪い子じゃないっぽいな。まあ、ゲームでの俺様皇子とこの世界の皇子では違う性格なのかもしれないけどさ。

 ふとリーシャ殿下を見ると、こっちをじーっと見つめている。

 いや、これ私を見ているんじゃないな。私の横で丸くなっている琥珀さんを見ているんだ。


「えっと、この子は琥珀さんっていって、私の護衛をしてくれている神獣なんです」

「神獣……! は、話には聞いていましたけど、こんなに可愛らしい猫だなんて……」

『猫ではない。虎だ。間違えないでもらおう』

「しゃべっ……!」


 琥珀さんが抗議の声を上げると、リーシャ殿下とその護衛、侍女さんらもギョッとしたように固まった。

 神獣が喋るってそんなに知られていないんだろうか。


「す、すみません……」

「いえ、この姿ですから仕方ありませんよ。本当はもっと大きな虎の姿なんですけど、お城の中では騒ぎになるんで小さくなってもらってるんです」

 

 恐縮するリーシャ殿下に私が説明すると、琥珀さんはフン、とばかりにまた丸くなった。


「猫がお好きなんですか?」

『だから猫ではないと……むぐぐ』

 

 抗議の声を上げようとした琥珀さんの口を塞ぐ。いいからちょっと黙ってて。


「猫、というか、小さな動物が、好きです……」

「あ、サクラリエル。だったら僕の誕生日にくれたあの小さな動物たちの置き物をリーシャ殿下にあげたらどうかな?」


 と、エリオットがそんなことを言い出す。エリオットの誕生日に? なんかやったっけ……?

 あ! ガチャガチャの動物フィギュアか! テキトーに選んだから忘れてた!

 私は四次元ポシェットから何個かのカプセルトイを取り出し、そのうちの一つをパカッと開けた。

 中からちょっとデフォルメされた、両手に持ったニンジンをかじるウサギが出てきた。


「……かわいい!」

「他のもありますよ」


 私はパカパカと残りも開けていく。中からは可愛くこちらに招く猫、お手をする犬、寝転がるパンダ、大事そうにクルミを抱えるリス、寝そべりだらけるシロクマなどが出てきた。


「見たことのない動物もいますけど、どれもかわいいですね!」

「お気に召したのなら、お近づきの印に差し上げますよ」

「本当ですか! ありがとうございます!」


 目の前の動物フィギュアにはしゃぐリーシャ殿下を見て、私とエリオットはほっこりしていたが、そこに冷水をぶっかける人物がいた。


「リーシャ様。そのようなものを軽々しく受け取ってはなりません。毒や呪いのたぐいがあったらどうするのですか? 迂闊過ぎます」

「え……?」


 リーシャ殿下の座るソファの後ろに控えていた、三角メガネをした侍女だ。歳の頃は三十過ぎ、ダークブラウンの髪をアップにまとめている。


「バネッサ殿。それはいささか失礼ではないか? サクラリエルがリーシャ殿下を害そうとしているとでも?」


 さすがに無礼な言いようにエリオットが侍女に睨みを利かせる。おお、ちょっとかっこいいぞ、エリオット。


「あくまで可能性の話をしているのです。お気に障ったのなら申し訳ありません。しかしこのような場合、事前に従者を通してやり取りをするというのが帝室のルールですが、そちらは違うのですか?」

「そ、それは……」


 エリオットが言い淀む。おお……ちょっと頼りないぞ、エリオット。

 確かに身分の高い者ほど初対面者からこういった贈り物は直接受け取らない。

 万が一なにかがあったら大変なことになるからね。親族や友達、気心が知れた仲ならそれほど問題はないのだけれども。

 帝国と皇国はお世辞にも仲がいいとは言えない。だからこのバネッサという侍女が言っていることは間違いではない。私たちが迂闊であったことは確かだ。

 失敗したな。物を出さずに後で送りますと言っておけばよかった。


「こちらは私どもでしっかりと調べます。問題がなければ殿下にお渡し致しますので」

「あっ……」


 そう言ってバネッサは取り出したハンカチで動物フィギュアを包み、控えていた騎士に手渡した。

 それを見ていたリーシャ殿下の顔に悲しそうな表情が浮かぶ。なにかを諦めたような、そんな表情だ。

 一方でバネッサの方は勝ち誇ったような笑みを浮かべている。それは私たちを言い負かしたことによるものなのか、それとも……。

 どうにもあの動物フィギュアはリーシャ殿下の手に渡る気がしない。


「……ではこれで失礼します。サクラリエル様、秋涼会ではよろしくお願いしますね」

「はい。精一杯務めさせていただきます」


 ソファから立ち上がり、リーシャ殿下の差し出した手を握る。まあ、この子ならルカやティファと喧嘩になることはないだろう。高慢ちきなお姫様じゃなくてよかった。

 姉の方はちょっとアレだけど……まあ、向こうは私の担当じゃないからね。


「エリオット殿下もわざわざありがとうございました。お会いできてよかったです」

「いえ、こちらこそ。リーシャ殿下、どうか楽しんでいって下さいね」


 エリオットが差し出されたリーシャ殿下の手を握る。

 その瞬間、開きかけた手の中にウサギの動物フィギュアがあったのを私は見た。え!? いつの間に!?

 リーシャ殿下からもそれは見えたのだろう。だが、その後ろに立つ目つきの悪いメガネの侍女頭には見えていない。

 リーシャ殿下の顔が、ぱあっと明るくなる。握手して引いたエリオットの手にはもうウサギはいなかった。

 リーシャ殿下は侍女にバレないようにかすぐに表情を取り繕い、平然とした顔で部屋を出ていった。その胸に両手を握りしめて。

 パタンと部屋の扉が閉められる。


「……やるじゃん、エリオット」

「やられたままじゃ癪だったからね。あのままじゃ、おそらくリーシャ殿下の手元にいかなそうだったし」

「あ、やっぱり?」


 私が感じた違和感は間違いじゃなかったようだ。つまり、あの侍女頭は殿下に意地悪をしていたということ。

 でも皇女殿下にそんなことをするなんて、あの侍女頭はよほど位の高い貴族の娘なのかな?


「亡くなったリーシャ殿下を産んだ母親は平民の出で、彼女の皇位継承順位は一番下らしいよ。たぶん侍女たちにも舐められているんだろうね」

「くっだらない……」


 あー、やだやだ。生まれでその人の価値が決まるわけでもないだろうに。選民思想というか、帝国の貴族によくいるタイプだね。いや、皇国うちにもカイゼル髭のおっさんとかいたけど……。

 どこの国にもいるもんなんだな、ああいった輩は……。リーシャ殿下にちょっと同情してしまう。帝国には殿下の支えとなってくれる人はいるんだろうか……。

 

「サクラリエル、彼女のことをそれとなく見守っていてあげてくれ。変な扱いをされないように」

「ルカもティファもいるからリーシャ殿下にべったりとはいかないけど、注意はしとく」

「頼むよ」


 へえ、エリオットが女の子を心配するなんて珍しい。

 エリオットは常日頃から貴族のご令嬢に迫られていたりするので、私たち以外には一歩引いたスタンスを取っている。

 まあ、相手は皇女様だし、いつもエリオットにつきまとっているような積極的過ぎるご令嬢とは違うからなあ。どことなく守ってあげたくなるような子だしね。庇護欲ってやつかしら。

 何も起こらないといいけど……。ホント面倒だわあー。






■『桜色』書籍化作業進行中。キャラデザは兎塚エイジ先生にお願いすることになりました。つまり琥珀は100%琥珀のまま登場します! リンゼたちもね。

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