◇095 店舗召喚13
「っしゃあっ!」
朝、目覚めて召喚の紋章がレベルアップしていたのを確認した私は、思わずベッドの上でガッツポーズを取り、雄(雌?)叫びを上げてしまった。
予想通り! エステルとルカのイベントをこなしたからレベルが上がったぞ!
あまりにも嬉しくて浮かれてベッドの上で踊っていたら、起こしに来たアリサさんに見つかってお説教を受けた。ちょっと反省。
お父様たちに『また祝福を受けました!』と言うと、『おっ、じゃあ行こうか』『どんなお店なのか楽しみね』と、もう驚くこともなく、日常茶飯事な感じになってきたね。
まあもう十三店舗目だしな……。さすがにインパクトは薄れてきたと思う。
召喚の紋章は周りの目盛りが十二でぐるりと一回転して二周目に入るかと思ったら、目盛りの一つがちょっと変化してた。これで十三ということらしい。紋章がどんどん大きくなって、手が埋め尽くされる心配はないようだ。
剣術の稽古にやってきたエステルとお母さんのユリア先生も連れて、私たちはいつものように裏庭の召喚場へと足を運ぶ。
もうここも私の召喚専用場になっちゃったな。
「さあ来い! 【店舗召喚】!」
召喚と同時に私の中から魔力が抜かれていく。そこまで大きくはない。『豊楽苑』くらいか? 今回もデパートはお預けかあ。
やがてまばゆい召喚の光が消え失せ、喚び出した店舗がその姿を表す。
一階建ての四角い店舗。赤、黄、青の三色のラインに雲のマークの看板。
前面一面のガラス張りの窓からは様々な商品が綺麗に並べられているのが見える。
これは……この店舗は……!
「セブンスヘブンだあ────っ!」
私は思わず叫んで両拳を天に突き上げていた。一瞬、周りのみんながビクッとなったが、そんなことは気にもならないほど私は興奮していた。
全国に展開するコンビニチェーン店『セブンスヘブン』。
コンビニだ! とうとうコンビニを召喚したのだ!
喜び勇んで店内へと乗り込んでいく。
おおお! レジに中華まんとおでんがある! 冬だ! 冬のコンビニだ!
レジはまだセルフレジになってない。やっぱり昔のコンビニだ。
お弁当のコーナーに行ってひとつを手に取り、賞味期限を見る。前世の私が十歳くらいの時かな? うちの近くにセブンスヘブンはなかったからな。別のコンビニチェーン店ならよく行っていたけども。
……というか、このお弁当とかって食べられる、よね? 賞味期限が十年前ってのはなかなか勇気がいるな……。
ま、まあ、前世での賞味期限だし、異世界だし、問題ないと思う。今までも駄菓子屋とかで食べてたし問題ないない。
「いろんなものが置いてあるな……。サクラリエル、この店は?」
「ここはコンビニエンスストア……コンビニです。いろんな商品が置いてある、雑貨屋さんみたいなお店です」
キョロキョロと店内を見回すお父様にそう説明する。大雑把な説明だが、それほど間違えてはいまい。
いつものようにお父様はレジの受け皿に金貨を置いたが、その横でぐつぐつと煮えるおでんに目を奪われていた。
置いてある商品は十年前のものなので、私にとっては懐かしいものばかりだ。すでに生産が終わってしまったお菓子や飲み物もある。
「サクラちゃん! これってアイスよね!?」
お母様が大きな冷凍庫に入っていた袋入りのアイスキャンディーを取り出す。あれは駄菓子屋でも売っていたカチカチのアイスキャンディーだ。
冷凍庫にはアイスだけじゃなく、冷凍食品や氷なども売っている。
「なんというか、いろいろとありすぎてわけがわからないですね……」
律が店内をキョロキョロと見回しながらそんな言葉を漏らす。まあ、それがコンビニだからね。
「ビアンカさん、マンガです! こっちにマンガが売っていますよ!」
「なにっ!? 本当か!?」
エステルとビアンカは雑誌コーナーに置いてあった漫画雑誌を開いていた。漫画自体は質屋に売っていたからね。
興味を引かれたのか、お父様や他のみんなも雑誌コーナーに寄ってくる。
文字は読めないから基本的に絵や写真を見ているようだ。
「こ、これはっ……!」
雑誌コーナーの隅っこにいたお父様の、漏らすような小さな声に私はそちらへと視線を向ける。って、お父様……! それってば思いっきり成人雑誌……! この時代ってまだ撤去前だったか……!
色っぽいお姉さんが表紙を飾る成人雑誌を、お父様が信じられないものを見るような目で見ている。ちょっと鼻の下が伸びてるような……。娘としてはどういった反応をしたらいいのか悩む……。
いや、大人なんだから見ても問題ないけど! 問題ないけど、後ろ! 後ろに、にこにこと怖い笑顔のお母様が立ってますよ──っ!?
「気に入った?」
「はっ!?」
お父様が背後からかけられた声に振り向く。お母様の、笑っているのにまったく笑っていない視線を受けて、ピキリ、と固まるお父様。
「それ、気に入ったのかしら?」
「えっ、と……いや、気に入ったとかじゃなくてだね……!」
「買うの?」
「か、買いません、よ……?」
お父様は雑誌をパタリと閉じて元に戻し、そそくさとお酒コーナーへと退散する。うーむ、家庭の不和を引き起こしそうな雑誌は封印しておいた方がいいのだろうか……。
「サクラリエル様、これはなんですか? 描いてあるのはラーメンの絵ですよね?」
律がカップ麺を手にたずねてくる。うわ、懐かしっ! このカップ麺、もう製造してないんだよねー。
「これはね、蓋を剥がしてお湯を入れて、ちょっと待つとラーメンが食べられる保存食なの」
「なんだって!? それが本当ならすごいことだよ! いつでもラーメンが食べられるってことだろう!?」
意外にも律じゃなくお父様が食いついた。なんでも『豊楽苑』のラーメンがお城では話題になっていて、食べたいと思っている城勤めの人たちが多いんだとか。
それに騎士団の遠征とかにもカップラーメンは保存食として喜ばれると考えているようだ。まあ、軽いしお手軽に食べられるからなあ。
「保存食ならこっちの缶詰とかレトルト食品の方が持ちますよ」
私は売っていた缶詰とレトルトカレーを説明すると、お父様はこれにも驚いていた。
「カレーもお湯で温めるだけで食べられるのか……」
レトルトのご飯も湯煎でできるはずだ。電子レンジの方が手軽だけどね。……そういや、ここの電子レンジってセルフで使えるんだろうか?
電子レンジはカウンターの奥にある。試しにと入ってみたら入れた。ここも『店内』だから入れるのか。ちなみにバックヤードにも入ろうとしたが、やはりこっちはダメだった。向こうも一応『店内』なはずだけど、なんでだろう? トイレには入れるのに。
まさかこの『STAFF ONLY』の文字のせいかしら?
でも確かに『いまむら』でもバックヤードには入れなかった。『藤の湯』でもボイラー室には入れなかったし。
「一応レンジは使えるみたいね」
「サクラリエル様、それは?」
「これは食べ物を温めてくれる道具です。見てて下さいね」
試しに買ったおにぎりを入れて温める。数十秒でチン、という音と共にあったかおにぎりの出来上がりだ。
「す、すごい……! 本当に温かくなってる……!」
受け取ったおにぎりの温かさにユリア先生が驚いていた。
みんなも面白がって温めたがったが、ちゃんとこれから食べる物だけを温めるようにと釘を刺す。食べ物で遊んじゃダメ!
とりあえずみんなが食べたいお弁当を選んで温めて、召喚場外れの四阿でお昼ご飯にすることにした。
お父様は唐揚げ弁当とおでん、お母様はナポリタン、ユリア先生は幕の内弁当、エステルはおにぎりセット、ビアンカと律はカップ麺のきつねうどんとたぬきそばを食べていた。
そして私は豚まんとあんまん! 琥珀さんも同じ。
ンマい! コンビニ最高────!
「しかしコンビニとやらは物が多くて確認に時間がかかるな」
お父様がおでんの大根を食べながらそんなことを漏らす。前も質屋を呼び出した時は大変だった。どういった物か他の人ではわからないため、全部私が説明することになったのだ。
ただ、正直言って質屋には私でもよくわからない物も多く、何に使うのかさっぱりわからないものもあった。
なんのギミックもなく、用途がわからないものは、ほとんど『置物です』と言う羽目になったが。
コンビニの商品はどういったものかパッケージに大抵書いてあるし、そこまで面倒ではないと思う。
お弁当を食べ終えると、もう一度店内の確認に向かう。
なんとコピー機が使えた。これは凄いことだ。どんな書類も複製できる。お父様がこれだけでも大変な価値がある、と言っていた。
一応、印刷したものはそこまで耐久性の強いものではないので、長期間に渡って保存するものには向かないことは伝えておいた。
お金もかかるしね。コピー一枚につき鉄貨一枚。一枚百円だ。やっぱりぼったくり……。お弁当も五千円くらいするしさ……。
でも書類一枚を手書きするのを百円でやってくれるならそんなに高くもないような。むしろ安い?
公爵家の人間じゃなかったら、私の『ギフト』って宝の持ち腐れだったんじゃないだろうか? 庶民じゃ高くてなにも買えないよね。
まあ、公爵家に戻ってなかったら、『ギフト』も授かってなかっただろうけども。
ATMとかは使えなかった。まあカードが無いしね……。
お父様はタバコにも驚いていたな。この世界にもタバコはあるが、いわゆる葉巻きってやつで、紙巻きタバコはないようだ。律のいた雅楽国では煙管なんかもあるようだが。
お父様はタバコを吸わないが、愛煙家には喜ばれるだろうと言っていた。種類も多いしね。
お母様は化粧水とか乳液、シャンプーやリンスなど、いわゆるヘアケア、ボディケア、オーラルケア、バスグッズなどに興味を示していた。
化粧水は私が作った普通の野草化粧水より間違いなくいいものだ。
トロイメライ子爵家の『促成の鉢』を使った上級化粧水には及ばないが。あっちは本当に肌が若返るからね……。
「これは今度の『秋涼会』で最高のお土産になるわ……!」
お母様から少し黒いオーラが見えたが、見ていないことにする。
電子マネーのカードなんかも売ってたが、使い道がないよねえ。スマホもPCもないし、ゲーム機もないし。あったとしても、インターネット自体がないんだから意味がないか。
そんなこんなで商品の説明役をしていた私だが、お父様が持ってきたあるものに対して、なんと説明したらいいか思いっきり困った。
使い道は知ってる。知ってるけど、男女が『ゴニョゴニョ』する時に使う物なんて、父親に娘が説明できるか!
私はお母様のところに飛んで行って、恥ずかしい思いをしながら商品の説明をした。
お父様とはしばらくお話ししない。ふん!




