◇094 友人の来訪2
「美味しい! やっぱりサクラリエルのお店はすごい!」
「ふふん、そうじゃろそうじゃろ」
「いや、なんでティファが威張ってんのさ……」
私の正面で味噌バターコーンラーメンを食べるルカに、隣に座るティファがドヤ顔をしている。
翌日、メヌエット女王国のティファに続いて、プレリュード王国の第一王女であるルカが到着した。
昨日と同じに私も出迎えたのだが、その場にティファもいて、流されるままにまた『豊楽苑』を召喚してみせることになった。
というか、アレはティファが単にまた食べたくなっただけだと思う。実際ルカの横でカレーライス食べてるし。
「またお二人に会えて嬉しいです」
「うむ。わらわもエステルに会えて嬉しいぞ」
「元気だった?」
私の横にいるエステルが気軽に挨拶を交わす。成長したな、エステルよ……。前はガッチガチだったのにねぇ……。
逆にガッチガチなのはカウンター席にいるビアンカと律の二人だ。
まあ、いきなり王女二人と一緒ってのは緊張するか。ピリピリとした二人の護衛の人らもいるし。
ビアンカは二人に気安く話しかけるエステルに『おい、大丈夫なのか……?』と言う目を向けている。心配しすぎだっての。
「そっちはなんかいろいろと大変だったようじゃの。メヌエットまで聞こえてきたぞ? 魔剣騒動やら精霊樹事件やら」
「私も聞いた。サクラリエルが呪病を治して世界に蔓延するのを防いだって。あとアンデッド軍団も浄化したとか」
なんか大袈裟に聞こえるんだけども。
また尾鰭どころか背鰭胸鰭まで付いているんだろうなあ……。この世界、遠くへ行けば行くほど真実とは違った情報になるからさ。この伝言ゲーム、どうにか止まらんものか……。
「そうなんです! サクラリエル様が全て解決して下さいました!」
って、待てい! 身近にいたエステルが話を盛ってどーする!?
呪病を防いだのはトロイメライ親子のおかげだし、アンデッド軍団は騎士団総長さんとかみんなのおかげでもあるでしょうよ!
私はティファとルカに正確な情報を伝えて、誤解を解くことに時間を費やした。
「ふむ。全部が全部、嘘というわけでもないではないか。黒騎士とやらを倒したのはお主じゃし、エルフたちを救けたのもお主じゃろ?」
「過度の謙遜は嫌味になる。サクラリエルは堂々と威張ればいい」
「いや、威張る気はないけれども……」
変に噂が広まっても困るんだよ。ただでさえ福音王国から『聖女』とやらが来るってのに。
「そういえば珍しくアレグレット帝国からも帝室の来賓が来るそうじゃな」
「うん。第四皇女と第九皇女だってさ。第九皇女は私たちと同い年だって。陛下からホスト役を頼まれた。二人とも頼むからケンカだけはしないでね……」
仲裁するの私だからさ……。
まさか子供のケンカで、戦争だとか、経済制裁だとか言い出すことはないと思うんだけども。
「安心せい。わらわは向こうからケンカを売ってこなければなにもせんぞ」
それって向こうから売ってきたら迷わず買うってこと? あんまり安心できないんだけど。
「同い年なら仲良くなれるかな?」
「どうだろ……。帝国の貴族って基本こっちを見下しているから……」
ルカの質問に楽観的な返しはできない私。あの俺様皇子の妹だからな……。それだけでイメージがマイナスだ。高飛車皇女とかじゃないといいけどさ。
だけどちょっと気になるのは、その第九皇女って、ゲームに全く出てこないのよね……。
主人公と同い年なら、間違いなく『学院』に入学しているはず。
帝国の姫なんて都合いいキャラ、出さない理由があるかな……?
まあ、外伝で登場する俺様皇子も本編では全く影も形もないキャラだし、あり得なくもない……か?
「それはそうと『秋涼会』では他のサクラリエルの料理も出るんじゃろ? 楽しみじゃ!」
「お菓子! お菓子はある!?」
私の料理じゃなくて、私の店の料理、だけどね。ルカが期待するお菓子もあるよと話すと、より一層目がキラキラと輝き始めた。
「あ、そうだ、思い出した」
「? なに?」
私は首を傾げるルカの前に一冊のノートを差し出した。同じようにティファとエステルにも手渡す。
「なにこれ?」
「異界のノート。こっちのとはずいぶん違うでしょ?」
パラパラとルカが中を見て驚いている。
質屋に置いてあったこのノートはなんの変哲もない普通の大学ノートだ。
だけどこっちの世界のノートと比べたらその違いは一目瞭然である。
「こんな真っ白いノートは初めて見るのう。植物紙か?」
ティファも驚いたようにノートを見ている。
こっちの世界では羊皮紙もあるが、普通に植物紙も使われている。しかし原材料なのか技術の差なのか、ここまで白い紙はないのだ。
紙としての質はそれほど悪いものではないのだが、どうしても藁半紙のようなくすんだ色の紙になる。さらに日光などで黄色く変色したりもする。
ちなみにこの大学ノートはお父様や王宮でも大評判で好んで使われている。今のところ、そこまで数が揃わないのが難点だが。
質屋に数冊しか売ってなかったからね。文房具店とか召喚できればいいんだけども。
「で、こっちが色付きのペンね。これでこう……」
私は自分のノートにさらさらと蛍光ペンでディフォルメチックな猫を描く。この蛍光ペンも質屋に五色セットであったやつだ。ちなみに色は赤、青、ピンク、緑、黄色。
「おお! 綺麗な色じゃな!」
「そのノートとペンもあげるから、二人ともなにか描いてみて。プレリュードとメヌエットのなにかがいいな」
「わかった。描く」
そこから黙々とティファとルカのお絵描きタイムが始まった。
ティファが描いているのは……スフィンクス?
あれ、こっちにもスフィンクスっていたっけ? いや、地球にはいないけれども。
……ああ、そういやティファが悪役令嬢で登場するルートで、主人公が挑戦する地下迷宮入口の左右にスフィンクスの像が鎮座してたな。
メヌエット女王国のランドマークみたいなものか。
ルカの方は……なんだろ、これ……? 門?
「これは?」
「プレリュード凱旋門」
凱旋門か。プレリュードには大きな凱旋門があるらしい。フランスのエトワール凱旋門のような感じだが、なにぶんルカの絵は、その、独創的でイマイチよくわからない。
ただ、皇都の教会がケルン大聖堂に、うちの領都がモン・サン・ミシェルに似ていたように、プレリュードの凱旋門もエトワール凱旋門に似ているような気がする。
九女神様も地球を参考にしたみたいなことを言ってたしな……。作った人にそういう啓示を与えたのかも。
二人は時間をかけてノートいっぱいに絵を描き終えた。ついでにエステルも自分のノートに絵を描いている。……って、それ、ひょっとして私……?
なんかすごい美少女に描かれているけども……。
ま、まあとにかく仕込みは済んだ。そのタイミングで私はわざとらしく声を上げる。
「あららー? ごめん、ルカ。そのノート、エステルにあげる方だったみたい」
「え?」
ルカのノートを閉じて表紙を見せる。その右下には小さく『エステル・クレイン・ユーフォニアム』と書かれていた。
一方、エステルの持つノートには『ルカリオラ・ド・プレリュード』の文字が。
「あ、こっちもー」
私の猫を描いたノートにはティファの名が、ティファのノートには私の名前が書かれている。
「ノートに渡すみんなの名前を書いたのを忘れてたわ」
「なんじゃ、そそっかしいのう」
ティファが苦笑しながらそう返したタイミングで、私はずっと考えていた行動に出る。
「名前を書き直すのもなんだから、ノートを交換しましょう。今日の記念になるわ」
「おお、それはいいな。ではこれはサクラリエルに」
ティファから渡されたノートを受け取り、代わりに私の描いたノートを彼女に渡す。
「じゃあ、これはルカさんに」
「ん。はい、エステル」
私とティファのノート交換に次いで、エステルとルカも同じようにノートを交換する。
それを横目で見ながら私はニヤリと口の端に笑みを浮かべた。計画通り……!
これで『エステルのノートにルカが落書きをした』というフラグが立った。
ルカが悪役令嬢となる『2』でのルートで、ゲーム内のサクラリエルに嘘を吹き込まれたルカは、エステルを兄を誑かす悪い女と思い込み、いろんな嫌がらせをする。
その中に『エステルのノートに落書きをする』というスチルがあるのだ。
普通に『エステルのノートに落書きをして』と、ルカに頼むわけにもいかず、こんな回りくどいことをすることになったけど、まあ結果オーライだ。
『友達のノートに落書きして』なんて言ったら『なんで?』って普通返ってくるしね……。これならさして疑問もなくクリアできる。
なんならエステルの絵をもらって、ルカ的には喜んでいるし。
というか、あのノートってば間違いなく攻略対象のお兄さんに見せるんだろうなあ……。『これがサクラリエル!』とか言って……。違うよ、私そんなに美少女じゃないから……!
盛りに盛ったノートの絵を見たお兄さんにいつか会ったなら、ものすごくがっかりされるんじゃなかろうか……。
この世界、さすがに写真とかはないので、たとえばお見合いの釣り書きなんかは相手に自分の肖像画などを送るのが一般的だったりする。
そしてこれも当たり前だけど、結婚相手に自分をよく見せたいという思いが強いと、肖像画を盛りに盛る人もいる。もはや別人? ってくらいに。
実際に会ってみて『え!?』ってなることも多いみたい。こうなってくると婚活詐欺だよね……。
まあルカのお兄さんにがっかりされたところで私的にはなにも問題はないけども。
なんにしろ、これでゲーム内でのイベントを一つクリアしたことになると思う。新店舗ゲットだぜ!
私は早く明日にならないかとワクワクしながら久しぶりの友達との再会を楽しんでいた。