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◇093 友人の来訪





 『秋涼会』の準備は着々と進みつつある。

 本番一週間前となり、各地の貴族たちがポツポツと皇都へやってくるようになった。

 なぜ『秋涼会』前に早めに集まるかというと、それぞれ仲のいい貴族のグループや派閥内で軽いミーティングのようなものをするからだ。

 ドレスが被らないようにとか、アクセサリーの貸し借りとか、不測の事態に対する対処の仕方とか、話し合うことはいっぱいある。

 これは他国の来賓も同じだ。早めに来国して、体調を整えたり、『秋涼会』へ向けて必要なものや情報を集めたりする余裕が欲しいからね。

 そして今日、メヌエット女王国の来賓が到着したと聞いて、私は琥珀さんとともにお城の方へとやってきていた。


「サクラリエル!」


 来賓室へ入るや否や、瞳を輝かせたティファが私へと抱きついてきた。


「久しぶりね、ティファ。元気だった?」

「うむ! サクラリエルも壮健そうでなによりじゃ!」


 これまで手紙のやり取りはしていたからある程度の近況は知っていたのだけれども、やはりこうして直接会うのは嬉しい。


「ルカはまだ来ていないようじゃな」

「うん。でも明日には着くみたい」


 ルカのプレリュード王国の御一行も明日には到着するらしい。砂漠が多いティファのとこと違って、ルカはうちの国に入る前に自国の町に寄って歓待を受けないといけないらしいからね……。貴族の義務ってやつかしら。

 私たちみたいにキッチンカーで爆走してスルーできればいいのにね。

 ふと、賓客室のソファにもう一人腰掛けているのに気がついた。ティファと同じ赤い衣装に身を包んだ長身の女性。褐色の肌と長い金髪をポニーテールにした、快活そうな健康美人である。

 メヌエットにおいて赤い衣装は王族の証。ってことは……。

 金髪美女が立ち上がり、私の方を見て、にかっと笑う。


「あんたがサクラリエルかい? 思ったよりちっこいんだねえ」

「ネロ姉上、失礼だぞ。サクラリエル、第二王女のネロテオラじゃ」

「ネロテオラ・レ・メヌエットだよ。ネロって呼んでおくれな。あんたの噂はメヌエットにも届いているよ」


 ティファのすぐ上の第二王女様か。この人も『秋涼会』に招待されたんだな。

 第一王女様は次期メヌエット女王様だから、簡単に外の国へ出すわけにはいかないのだろう。うちだってエリオットを他国へほいほいと出したりはできないからね。


「これは失礼を、ネロ殿下。フィルハーモニー公爵家が嫡女、サクラリエル・ラ・フィルハーモニーです」


 ネロテオラ王女殿下にカーテシーでご挨拶。ティファとは気安い関係だが、お姉さんにはちゃんとしないとね。


「堅苦しいのはやめておくれな。しかし【聖剣の姫君】がこんなちっこいとは思わなかったよ。それに……」


 ネロテオラ王女……ネロ殿下がちらりと私の傍らにいた小虎状態の琥珀さんに目を向ける。


「その子が神獣様かい? こっちも思ったよりちっこいね」

「琥珀さん」

『うむ』


 ポン! と煙を立てて琥珀さんが元の大虎状態へと変化した。

 突然現れた白虎に、来賓室にいたメヌエットの護衛が腰に差していた反り身の剣に手を掛ける。


『我が名は琥珀。四神獣が一にして、そこな小さきあるじの護衛獣なり。砂漠国の王女たちよ、よしなに頼む』

「は、はは……。こりゃまいったね……」

「おお! ホントに神獣様なのじゃな!? 羨ましいぞ、サクラリエル!」


 琥珀さんの変身に、ネロ殿下は引き攣ったような笑みを浮かべ、反対にティファの方はテンションが上がっていた。

 琥珀さんが元の小虎状態に戻ると、すかさずティファが抱き上げてモフモフし始めた。琥珀さんが『やめんか!』とジタバタしている。うん、琥珀さんの毛並みってふわふわだからね。クセになるよね。


「本当に神獣様を従えているんだね……。あんたちっこいのにすごいねえ」

「あんまりちっこいちっこい言わないでもらえますか……?」


 ただでさえ同年代の子より小さいのを気にしているのに。

 同い年のはずのティファと比べても、十センチ以上低いからな……。決してティファが大きいわけでもないのに。地味に傷つく。


「ははは、こりゃすまないね。悪気はないんだよ。許しておくれ」


 カラカラと笑うネロ殿下。なんというか、気風きっぷのいい姉御肌な人だな。良くも悪くもメヌエットの女性って感じだ。


「ネロ姉様は思ったことをすぐ口にする癖を直した方がよいと思うぞ。そんなんだから母様が外に出すのを躊躇うのじゃ」

「気をつけてはいるんだけどねえ。つい出ちまう。ま、嘘をつくよりいいだろう?」


 ティファの指摘をネロ殿下が右から左へと受け流す。この人、絶対外交に向かない人だよ……。

 そのあっけらかんとした性格を好む人も多いとは思うけれども、思ったことをズバッと言えばいいってもんじゃない。

 状況を鑑みて、相手のメンツを立てることも時には必要だ。何も考えず、思ったことをベラベラと語ってしまっては、相手の心証を悪くすることもある。『空気を読め』ってやつだ。

 立場が弱い人間だと相手の顔色を窺うために、自然とそういう技術が身についたりするものだが、彼女は王族ということもあって、今まで相手に気遣いする必要はなかったんだろうな。

 事実、姉の欠点を指摘したティファも同じようなところがあるしね。歯に衣着せぬところとか、姉妹そっくりだ。若干、ティファの方が『空気が読める』ってだけでさ。


「悪かったね。暗黒竜を倒したっていうから、もっとこう……筋肉隆々としたアーティラみたいな女傑を想像してたからさ」

「アーティラ?」

「メヌエットに伝わる伝説の戦士じゃ。かつてメヌエットを恐怖のどん底に叩き落とした砂漠竜を、いかずちの双魔剣をもって倒したと言われている」


 私の疑問にティファが答えてくれた。ああ、地元の英雄的な。

 しかし筋肉隆々って……こちとら六歳女児だぞ? そんなムキムキな筋肉いらんわ。

 メヌエット女王国は強さを尊ぶ国だからな……。ネロ殿下もよく見ると引き締まった身体つきをしている。腹筋も割れてるし。


「それよりもサクラリエル。手紙で書いていた新しい店を見せて欲しいのじゃが」


 わくわくとした瞳でティファがこちらを見つめてくる。うーん、『秋涼会』で出す予定の商品を扱う店もあるから、あんまり見せるわけにもいかないのよね。

 ネタバレみたいなものだからなあ。まあ、そこまで秘密にすることでもないのだけれど、どうせなら驚かせたいじゃない?

 ああ、ラーメンチェーン店の『豊楽苑』なら構わないか。

 ラーメンはお母様たちの候補から弾かれたんだよね。やっぱり麺を啜るのは貴族として問題があるとかで。

 身内だけならまだしも、他国の来賓がいる中で啜るのはやはりマズいらしい。恥ずかしいとかではなく、敵派閥にイチャモン言われる可能性があるってんでね。餃子とかチャーハンはOKだったけども。

 確かメヌエット女王国は、それほど食事のマナーに厳しい国じゃなかったはず。なら大丈夫かな。

 まさかここに出すわけにはいかないので、城の中庭に移動する。『秋涼会』の会場とは別の中庭だ。

 途中、城の廊下で宰相さんにばったりと会ったので、中庭の使用許可をもらうと、宰相さんも一緒についてきた。ちょうどいいからついでにお昼を食べたいんだってさ。こないだ皇王陛下にチャーハンの話をされて、ずっと食べたかったんだって。


「【店舗召喚】!」


 光の渦とともに、ラーメンチェーン店『豊楽苑』が城の中庭に現れる。

 見慣れた宰相さんはなんとも反応がないが、私の召喚を見たことのあるティファはテンションが高くなり、ネロ殿下はポカンと口を開けたまま固まっていた。


「な……なんだい、これ……?」

「サクラリエルの『ギフト』じゃ。異界から店を呼び出せるらしいぞ」


 なぜかティファが自信満々に姉王女にそう答える。基本的に『ギフト』の詳細はあまりおおっぴらにしないものだが、私の場合、もうけっこう知られてしまっているので、今さら秘密にする必要もない。

 だけど店舗が破壊不能なことや、無敵のバリア、女神様の加護である【入店禁止】などは秘密にしている。切り札は取っておくものだからね。

 店内に入るとさっそくとばかりに宰相さんがカウンターのレジにお金を置いてチャーハンと餃子を注文し、一瞬にしてカウンターに料理が現れる。

 メヌエット王女の二人はその光景にびっくりして声も出ないようだった。いいからはよこっち来て座れ。ここは宰相さんのおごりらしいから遠慮なく食べようや。


「このメニューで食べたいのを選んでね」


 ボックス席に座る私の向かいに座った二人にメニューを手渡す。


「なっ、なんだいこれ、本物そっくりの絵が……!」

「おおお、どれも美味そうじゃのう!」

『小さきあるじよ、我はチャーハンセットで』

「え、また?」


 こないだ皇王陛下が来た時も同じの食べたじゃん……。いや、琥珀さんはラーメンが食べにくいのわかるけども。

 琥珀さんがラーメンを食べる時は、皿に麺を分けてもらってから食べる。麺を食べつつ、スープをペロペロ、という感じだ。

 もっとも猫舌(虎舌?)なので、冷めてからじゃないとスープは飲まないのだが。


「サクラリエル嬢、この後も店は出しておいてもらえますか? 城の皆も食べたがっているようなので」

「え? ああ、はい。わかりました」


 宰相さんの頼みを快諾する。一度出してしまったら送還しないと移動させられないし、二十四時間経てば勝手に消えるからね。

 城に勤めている人はお金を払えば自由に食べられるから私としては放っておいても問題はない。まあ、夜になってラーメン食べたいなー、とか私が思ってしまうと困るっちゃ困るけどさ。

 あと、さすがに限界はあるので材料が尽きたら店じまいになってしまうけどね。


「サクラリエル、わらわはこれを所望する!」

「あ、あたしはこれで」


 ティファが選んだのは味噌野菜タンメンで、ネロ殿下が選んだのはニンニクマシマシのスタミナラーメンだった。二人とも追加で宰相さんが食べていた餃子も頼むらしい。


「あの、ネロ殿下の選んだこれはニンニク……こっちじゃガリク? がいっぱい使われているので、食べると臭いますよ?」

「この後はホテルに行って、今日はもう誰にも会わないから問題ないな!」


 そお? まあ、そう言うなら……。

 私が味噌野菜タンメンとスタミナラーメン、それに餃子を注文すると、テーブルの上に一瞬にして料理が現れる。おっと二人は箸が使えないからフォークももらわないとね。

 二人の護衛の人が、毒味にと先にスープと麺を食べた。一瞬にして驚いた顔になり、蕩けるような笑顔を浮かべるや否や、その人が許可を出す前に目の前の二人がラーメンに食らいつく。


「美味っ!? なんじゃこの美味さは! さすがサクラリエル! 侮れんやつめ!」

「くはーっ! ガツンとくる味だね! こいつはいい! 気に入ったよ!」


 二人ともハフハフと美味しそうに麺を食べている。どうやら気に入ってくれたみたいだ。

 ふと宰相さんの方を見るといつの間にか瓶ビールを注文して一杯やっていた。まだ仕事中でしょうに……いいのか、あれ?

 まあ、この国ではワインとかが普通にジュース代わりに飲まれてたりするから飲み過ぎなければ大丈夫……なのかしら?

 みんなの注文を終えたので私もカレーライスを注文する。今日は麺じゃなくこっちの気分。


「……なんか懐かしい香りがするのう」

「……ホントだ。故郷くにを思い出すような……」


 私のカレーの香りをくんくんと嗅いだ正面の二人が、手を止めてこちらをジーッと見つめている。

 あ、メヌエットって香辛料が特産だったっけか。嗅ぎ慣れた匂いなのかな?

 あの、ずっと見つめられると食べにくいんですけど……。


「……少し食べてみる?」

「「食べるっ!」」


 二人がレンゲで私のカレーライスを一口食べると、どちらとも『これも追加で!』とカレーライスを注文してしまった。

 え、大丈夫? 全部食べられるの……?

 私の心配をよそに、結局二人は全部食べ切った。

 けれどもお腹がパンパンで苦しそうにうめいている。そりゃそうなるよ……。



 





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