◇092 周辺国の動向
「というわけで、アレグレット帝国の帝室から、皇女が二人やってくることになった。そのうちの一人、第九皇女であるリーシャ殿下のお相手をサクラリエルにしてもらいたい」
「めんどくさっ!」
「本音を出すな……」
思わず本音が出た。いかんいかん、伯父とはいえ、皇王陛下の前で淑女らしからぬ行為をしてしまった。
とはいえ、目の前の皇王陛下も、ラーメンチェーン店『豊楽苑』の店内で、チャーハンをもぐもぐと咀嚼しているため、皇王としての威厳は微塵もない。どっちもどっちだ。
「帝国って皇国と仲が悪いんでしょう? トラブルの匂いがプンプンするんですけど……」
「向こうとて正面から敵対しようとはすまい。それに向こうの目的は【聖剣の姫君】たるサクラリエルだ。その相手の機嫌を損ねるようなことはしないと思うぞ」
それもねえ……。人を珍獣かなにかと勘違いしてやしませんか。わざわざ見にこないでもいいっての。
「なに、プレリュード、メヌエットの王女らと同じようにエスコートしてくれればいいだけだ。そう難しくはあるまい」
いや、ルカとティファは友達だから気を遣わないでいいんだけど、帝国の皇女様はそうはいかないでしょうが。ものすごく性格が悪い皇女様だったらどうするのよ?
「ルカやティファとその皇女様がケンカし始めたらどうするんです?」
「なんとしても止めてくれ。国際問題に発展しかねん。皇国のパーティーでそんなことが起こったら、皇后の面目が丸潰れだ」
だよねぇ……。
しかし帝国の第九皇女か。ゲームには出てこなかったな。なのでどんな人物なのかさっぱりわからない。
六歳とはいえ皇族……一筋縄ではいかないだろうな……。あー、やっぱりめんどくさっ。
「身分なんか気にせずに、みんな好きに楽しめばいいんですよ。いっそ仮面舞踏会にしたらいいのに」
「仮面舞踏会?」
「みんな仮面を被って参加するんです。そのパーティーでは身分を明かすのはタブー。相手が誰かわかったとしても、それに触れることなく、名も知らぬ相手として接するんです。服装も自由で、女装、男装も可。みすぼらしい格好の王様とかもアリで、身分に捉われず会話を楽しめたりする……」
そこまで話して、はっ、と私は我に返った。あれ、これってマズいかも。
『スターライト・シンフォニー』の外伝に『スターライト・シンフォニー外伝:仮面舞踏会』というタイトルのゲームがあるのだ。
皇王陛下が仮面舞踏会を知らないってことは、今からゲームがスタートする十年以内に初開催されるってことじゃないの……?
「ふむ、仮面舞踏会か。面白そうだな。開催できないか宰相に相談してみるか」
「あああああ、でもでも身分って大事だし、やっぱり王様は立派な格好の方がいいかも!」
「なんだいきなり。言ってることがさっきと真逆だぞ?」
しまったぁ!? またイベント発生の時間を越えさせてしまったかもしれない! 迂闊! 本当に迂闊!
ゲーム通りにならなくなる原因のほとんどは私なんだよなぁ……。自分がこの世界の異分子なんだと実感する。
いや、ゲーム通りにいったら破滅するからそれも困るんだけどさ……。
「まあよい。とにかくリーシャ皇女のことはそなたに任せる。こればっかりは皇族の血を引くそなたにしか頼めんのでな。なんとか頼む」
皇王陛下は言うだけ言って、チャーハンを食べるだけ食べて帰って行った。
『国同士のしがらみか。人間は面倒だな』
私の隣の席で、皇王陛下と同じくチャーハンを食べ終えた琥珀さんがペロリと口の周りを舌で舐める。
ホントにね……。嫌いな国なら来なきゃいいのに。
帝国に関してはゲーム関連でなんかあったっけかなあ……。
あ、『外伝:仮面舞踏会』でだけれども、出てたな。帝国の皇子が。
主人公より一つ年上の先輩キャラという位置付けで。ちなみに『仮面舞踏会』の主人公だけど、エステルではない。外伝のみの主人公だ。
この主人公、名前はプレイヤーが付けることができて、生まれの身分や誕生日、パラメータバランスなんかも好きに決めることができる。
で、この皇子、一応攻略対象なんだけど、こいつがね……どうにも私の趣味に合わなかった。
いわゆる『俺様キャラ』ってやつ?
不遜、我儘、自意識過剰。話す言葉は全て上から目線。『黙って俺についてくればいいんだよ』というキャラだった。
私はこの手のタイプが嫌いだから、その帝国皇子ルートはクリアしなかった。
けど、攻略サイトとかで一応のストーリーの流れは知ってる。
彼は帝国で優秀だと煽てられて自信満々で学院に入学したが、実はそうでもないと打ちのめされ、自棄になり素行が悪くなった。
知り合った後輩の主人公と関わっているうちに、くさっていた自分が恥ずかしくなり、心根を改める……という流れらしいのだが、心根を改めても態度は尊大な俺様のままらしいので、私は攻略する気が綺麗さっぱり失せた記憶がある。
おそらくこの皇子が今度来る第四皇女の弟であり、第九皇女の兄であろう。
まさか二人についてくる、なんてことは無いと思うが……。ないよね?
今回の『秋涼会』は女性限定のパーティーだ。皇子が来る必要はまったくない。
来ないとしても、私が相手をしなきゃいけない第九皇女はその妹だ。変なフラグが立たないといいけど……。
『外伝:仮面舞踏会』には、サクラリエルは出ていない……はず。
少なくとも攻略サイトで読んだ限り、帝国皇子のルートの中に登場キャラとしては出ていない。
けどさ、一枚絵の中に隠しキャラのごとく映り込んでいるって可能性もあるからなあ……。
確か帝国皇子と主人公が病院にお見舞いに行くってシナリオがあったと思うんだけど、そこの患者の中にシレッといるかもしれない……。包帯ぐるぐる巻きの姿とかで。
あのルート、やってないからどんなスチルか知らないんだよな……。毛嫌いせずやっときゃよかったかな……?
◇ ◇ ◇
『秋涼会』は城の庭園を使ったガーデンパーティーだ。故に庭園の手入れも念入りに行われる。
数日前から多くの庭師が入り、低木や花々の剪定を行っていた。至る所にガゼボ(四阿)が建てられ、大きな池には小さな橋がかけられている。
かつて暗黒竜が暴れた場所とはとても思えないほどすっかり様変わりした庭園に、私は感心すると同時に本当に驚いていた。
「まったく別物よね……。皇王陛下も奮発したなあ……」
「父上というか、母上が、だけどね……」
私の感想に少し苦笑いしながらエリオットが答える。
なんでも暗黒竜に破壊されたことをこれ幸いに、皇后様が自分の好みに改良すると言い出したらしい。
『秋涼会』及び、『春陽会』の会場となるこの庭園を、一から手直しできるとあって皇后様は奮起したようだ。
まあ、女性がメインのお茶会だからね。舞台も女性の感性で作った方が馴染みはいいんじゃないかとは思う。
「迎賓館の方も忙しいみたいね」
「プレリュード、メヌエット、アレグレット、ゴスペルと多くの国から来賓されるからね。一切手は抜けないと気合いが入っているよ」
東のアレグレット帝国、西のプレリュード王国、南のメヌエット女王国、北のゴスペル福音王国。東西南北からわざわざ御苦労なことで。
「他人事みたいに言うけど、そのほとんどがサクラリエル目当てだからね?」
「は?」
エリオットの言葉に、思わず私は『なに言ってんの、このお坊ちゃんは……?』という目を向けてしまった。
「あのね、サクラリエルは暗黒竜を倒したってことでアレグレットには警戒されているでしょ? 【聖剣】の使い手だってことで、ゴスペル福音王国にも注目されている。プレリュードとメヌエットはその王女様たちが君の友人。ほら、ほとんど君目当てだろ?」
そう言われてみると……。ええ……? 完全に私って客寄せパンダ……?
「なんか本気で出席したくなくなってきた……」
「まあまあ。これも皇家に連なる者の義務と思って」
「あんたたちはいいわよね。出席しなくていいんだから」
そう言って私は恨みがましい目でエリオットを睨む。『秋涼会』は女性のみのお茶会。男子は立ち入り禁止だからな。
「こっちはこっちで大変なんだよ? なにも他国からやってくるのは女性ばかりじゃない。道中の護衛騎士や、文官、外交官もやってくる。『秋涼会』の間、それらの相手をしなきゃいけないんだから」
まあ、全員女性だけでやってくるわけはないから、そうなるわな。シンフォニアだけじゃなく、招待された他国と交流を持ちたい国としてはいい機会なわけだし。
『秋涼会』のその裏で、男たちは男たちで会談するパーティーを開くわけだ。
それでもこっちと違って、エリオットはそのパーティーには参加しないでいいんでしょうが。大人たちだけで話すんだから。
「いやまあ、それはそうだけど……」
ち。やっぱりか。
「エリオット……貴方、女装して『秋涼会』に参加しなさいよ」
「嫌だよ! なんでそんなことしなきゃならないのさ!?」
「私の負担を軽くするためよ! これも皇家に連なる者の義務よ!」
「そんな義務はないよ!?」
ゲーム内での十年後のエリオットはいかにも皇子様然としたイケメンだが、今はまだ少年特有の可愛らしさがある。ちょっとメイクをして女装すれば、貴族令嬢に仕立て上げることが可能だと私は睨んでいる。新しい扉を開かせてやろう。
私が本気だとわかるとエリオットは一目散に逃げ出した。おのれ、逃したか。
しかし【聖剣の姫君】の噂は他国まで届いているのか……。アレグレット帝国も不穏だけど、ゴスペル福音王国もちょっと警戒しておかないとな。
『教会』の総本山があるという北の海を越えた先にあるゴスペル福音王国。
小さな島国ながら、神に仕える人たちが住み、どんな侵略も受け付けず、また、あらゆる国家に肩入れもしない、公平、平等、中立を謳う国家だ。
言ってみれば永世中立国だ。ま、細かいところはいろいろと違うんだけども。
なにせバックには神々がついているのだから、どんな国も攻めることはできない。そんなことをすれば、国民全てから『ギフト』が取り上げられてしまう可能性だってある。
もちろん、福音王国自体にも厳しい戒律があり、私利私欲で動けば、福音王国の重鎮であろうともその者には天罰が下る。神々に保護された国でもあり、神々に監視されている国でもあるのだから。
そんな国が【聖剣】の使い手であり、『神獣』を従えた私に興味を持たない方がおかしい。
間違いなく、私を取り込みに来るのだろう。建前上、無茶な勧誘はしないと思われるが、しつこいのは勘弁だ。
噂によると福音王国の総本山には【福音の聖女】と呼ばれる聖女たちが何人かおり、その人たちは神の声を聞くことができるらしい。
いわゆる『神託』を受け、神の寵愛をいただいた人たちだな。各国でスカウトされて、その後、福音王国へと仕えることになるんだってさ。
『聖女』なのは女の人しかいないからだ。神託は女性の方が受けやすいらしい。ま、乙女ゲームの世界だからねぇ……。
声どころか『九女神に会った』なんて言ったら、間違いなく私も招聘される。向こうにはホントかウソか見抜く『ギフト』持ちもいるだろうし。
私は福音王国に行く気は全くないし、平穏な生活を壊されたくもない。
女神の方々には感謝しているが、それとこれと話が別なのだ。
あ、【福音の巫女】とやらが、神様の声が聞こえるなら、女神様たちの方から『サクラリエルに関わるな』って言ってもらおうかな?
次に夢で女神様たちに会えたら提案してみようかしら。




