◇091 宴の準備
夏の暑さも過ぎ去り、秋といってもいい季節となってきた。
この国には日本と同じく四季があり、最近初秋の訪れをとみに感じる。
大人たちは秋涼会に向けて忙しそうだ。
────秋涼会。秋に行われる、皇后様主催の女性のみの大規模なお茶会。
貴族女性であれば参加は自由であるが、この会でこれからの社交シーズンの流行が決まったり、他家の情報を得るまたとない機会だったりするので、ほとんどの貴族女性が参加するらしい。
とはいえ、病気だったり身重だったりで不参加の人は必ずいるので、招待状を送り、参加不参加をあらかじめ知らせてもらうようだ。
当然、その招待状がなければ会場に入ることはできない。
会場は皇城の一番大きな庭園で行われるらしい。って、そこって暗黒竜が出現したあの庭園だよね?
あの時、結構荒れたと思ったんだけど、改修工事が終わったのか。秋涼会はそのお披露目って意味もあるんだろう。
秋涼会は基本的にこの国の貴族女性が参加するお茶会だが、ここでいう貴族女性とはいわゆる『貴族の称号』が付く者のことだ。
私でいうとサクラリエル・ラ・フィルハーモニーの『ラ』のことね。これが付かない者は貴族ではない。いや騎士爵とか、準男爵とか、付かないけど一代限りの貴族ってのもいるんだけども、今回のお茶会に限っては参加できない。
貴族の娘であっても家を出た次女以降は付かないので、その人たちも参加できないことになっている。他家の貴族に嫁いでいれば問題はないが。
うちだと私の護衛騎士であるターニャさんや、側仕えのアリサさんなんかは参加できない。貴族の娘であってもすでに成人し、家を出ているからだ。
まあ、貴族として参加できないってだけで、私の護衛、側仕えとしては参加するのだけれども。
貴族女性プラスそのお付きの人たちと考えると、かなりの大人数が参加するお茶会になるよね……。そりゃあ、皇后様もお祖母様も気合い入れるわけだわ……。
逆に貴族の称号が付いていれば誰でも参加できるので、子供である女の子も参加資格はある。が、基本的にこういった場では失礼があってはならないので、成人以下の子でも、十歳以下はあまり参加させることはないそうだ。
なら私も不参加でいいじゃん、と思わなくもないが、隣国の王女であるルカやティファが来る以上、私の不参加は許されないわけで。
面倒くさいことに、成人していない貴族令嬢の中で、私が一番身分が高いため、お茶会に参加する未成年令嬢の取りまとめ役をしなければならなくなった。
未成年の参加人数は少ないが、なにか令嬢同士でトラブルがあった時、私がなんとかしなければならない。
面倒だわ~……。ホント面倒だわ~……。未成年女性って言うけど、この世界で未成年ってのは、社交界にデビューしてないってだけで、下手すりゃ十五歳超えても未成年って令嬢もいるのよ。
まあ、大半の令嬢は『学院』に行っていて、寮生活をしてるからまだ帰郷してはいないと思うけど……。
あれ? でも講義を早く終えられたなら、さっさと実家に帰ってもいいんだっけ? まあ、この時期に帰ってきてるとしたらかなり優秀な生徒だろうから、問題を起こしたりはしないと思うけどさ。
『学院』──正確には『オルケストラ魔導学院』は、初等部、中等部、高等部に分かれていて、十歳から入学が許される。
ゲームではサクラリエルやエリオットなんかは初等部から入学していたが、主人公であるエステルは高等部からだった。
その家の事情によって、入学する時期はまちまちなのだ。お金もそれなりにかかるしね。
エステルのところは、お父さんが爵位をもらってから領地経営が思わしくなく、高等部から入学させるのが精一杯だったのだろう。設定にも『貧乏下級貴族』って書いてあるしな……。
ゲーム中ではお母さんであるユリアさんも亡くなっているし、前ユーフォニアム領主の負の遺産で大変だったのだろうが、今は違う。
ユーフォニアム男爵家はフィルハーモニー公爵家を後ろ盾に持ち、ユリアさんも生きている。領地経営が軌道に乗れば、エステルも初等部から通えるだろう。
実を言うと、この夏、領地で試作したあのダウンジャケット。エステルのユーフォニアム領でも作っているのだ。
ユーフォニアム領でもガチョウはたくさんいて、その羽を無駄に捨てていた。それがお金になるのだから、手をつけない理由はない。
フィルハーモニー領は皇都周辺の層を狙ってオシャレなダウンジャケットを、ユーフォニアム領は辺境周辺の層を狙い、実用的なダウンジャケットを、と一応、コンセプトは分けている。
これでエステルのところも楽になるといいのだが。来年になれば商品を模倣する領地も出てくるだろうから、この冬が勝負だな。稼げるだけ稼がなければ。
まあ未来のことは今はまだ置いとくとして、お母様やお祖母様が秋涼会の準備で忙しくしている間も、私の淑女教育は続いている。
「サクラリエル様、弓と弦は垂直に」
「はいっ」
「サクラリエル様、ビブラートは指だけでなく、手首から上全体を使いますよう」
「はいっ!」
「サクラリエル様、楽器が下がってきていますよ? 常に正しい姿勢を心がけて下さい」
「はいぃっ!」
音楽の家庭教師であるパメラ女史に毎日のようにしごかれている。
私は普通の貴族令嬢と比べて、数年遅れているからね……。
ちなみに今日はエステルも一緒にバイオリンを習っている。エステルも楽器は初心者だから、共に学ぶにはちょうどいいのだ。
とはいえ、ゲームではあっという間に弾きこなせるようになってしまうんだけどね……。
ゲームのエステルにはパラメータがあって、【器用さ】と【感性】を上げるとどんどん上達していくからね。
リアルのエステルがゲームと同じく上達するのかわからないけど、置いていかれないようにしよう……。
「二人ともだんだんと上達してきましたね。『学院』入学までにはまだ時間はありますからゆっくりと覚えていきましょう」
にっこりとパメラ女史が微笑んでくれて、今日のレッスンは終わりとなる。
『学院』では社交の一つとしてお茶会に参加したり、主催したりといったことがある。
そこで楽器演奏などのお披露目もあったりするらしい。楽器が弾けるということは、そういった上流教育を受けている、という一種のステータスでもあるようだ。
たとえが悪いけど、金持ちが高級車に乗って見せびらかすようなものかしら? 確かに一流企業の社長の息子がオンボロ車に乗っていたら、『あの会社、大丈夫なのか……?』となるとは思うけども。
「ではサクラリエル様、お願いします」
「はいはい」
レッスンが終わったら今度はパメラ女史のご褒美タイムだ。
私はレッスン室の端に、一番魔力消費の少ないおにぎり屋『むすびまる』を召喚し、【店内BGM】を流し始める。
私からエレキギターを手に入れたパメラ女史は、当然の如く、そのギターの使われている曲を聴きたがった。
エレキギターといったら『ロック』かな? と単純に指定して最初に流れてきたのが、ロックンロールのスタンダードナンバーの一つ、チャック・ベリーの『Johnny B. Goode』。
そのイントロのギターにパメラ女史はすっかりやられてしまったのだ。
その後もエレキギターの使われている曲を何曲も聴きたがり、もはやロックンロールの虜である。
今も監獄でロックする曲を聴きながら身体を左右に揺らしている。いろんなものを聞かせたけど、パメラ先生はオールディーズがお気に入りのようだ。
「一時間したら止まりますからね? それじゃ失礼しまーす」
私の言葉を聞いているのかいないのか、ロックに夢中でひたすらに揺れているパメラ女史を残して私たちはその場を去る。
【店内BGM】は最初に指定すれば演奏時間を決めることができる。ずっと鳴りっぱなしだと、あの人あそこに居座っちゃいそうだからな……。
とりあえず音楽の授業は終わりだ。
お屋敷のリビングに入ると、お母様とエステルのお母さんであるユリア先生が楽しそうに談笑していた。
「お稽古は終わったの?」
「まあ、なんとか……」
滞りなく、とは言えないので、曖昧に答える。
しかしユリア先生とお母様はすっかり仲良くなってしまったな。
毎日のように私に剣を教えにエステルと来ているし、歳も近く、またお互いに育ってきた場所が同じく辺境ということもあるんじゃないかと思う。お母様も辺境伯の娘だからね。
エステルのユーフォニアム男爵家は、完全にフィルハーモニー公爵家の寄子となり、『皇王派』となった。
今度の秋涼会でもそういうポジションに置かれる。
当然ながらユリア先生とエステルも秋涼会に参加するので、私たちは一緒に行動することになるだろう。
「ちょうどよかったわ。午後から仕立屋が来るから、二人のドレスも作ってもらいましょう」
「ええ……? またですか? 前にエリオットの誕生日パーティーに着たやつでよくない……?」
「ダメよ! パーティーで一度着た物をまた着るなんて、外聞が悪いわ」
お母様が当然のようにそんなことをおっしゃる。この貴族の常識慣れないわあ……。
基本的に貴族女性はパーティーなどで一度着たドレスを二度と着ることはない。
だけども、お金がない下級貴族なんかは、古いドレスを仕立て直したり、複数のドレスを組み合わせ、新しく作り直したりして凌いでいるとか。
一度着たドレスはもったいないが、使用人などに下げ渡されたりする。そこから各々の好みに仕立て直されてまた使われるのだ。
貧民街にいた時なんか、一年中同じ服だったからなあ……。前世の記憶もあいまって、一度しか着ないってのがものすごく気が咎めるんだけれども。
「ユリアさんとエステルちゃんのも作るんだから。サクラちゃんのも一緒に、ね」
「はーい……」
あまり乗り気じゃない私は、ちょっと投げやりな返事をしてしまう。
使い切りのドレスひとつ作るのに、毎回採寸とか仮縫いとかするの面倒くさくない? 成長期だからってのもあるんだろうけどさ。
「どういうのがいいかしら。エステルちゃんは着たいのとかある?」
「えっと……わ、私はドレスに詳しくないので……。さ、サクラリエル様と同じので、同じのが、いいです!」
おっと、エステルからキラーパスが来た。こっちに振られてもねえ……。私もドレスなんてよく知らないし……。ああ、でもエステルならゴスロリとか似合いそうよね。
「ごす……? それってどんなドレスなの?」
しまった。声に出てたか。
「えーっとですね……」
口で説明できる気がしなかったので、四次元ポーチからノートと鉛筆を取り出して、サラサラとドレスのデッサンをしていく。伊達にデザイン科だったわけじゃないぞ。これくらいは描けるし。
それにゴスロリはコスプレしてた友達が何着も持ってたからよく見てたしね。あとは若干のアレンジを加えておこう。あまり奇抜過ぎるのもアレだし。
「あら! ひらひらで可愛いわね! エステルちゃんに似合いそう! これを元に仕立ててもらいましょうか!」
「本当ですか!? サクラリエル様のデザインされたドレスなんて嬉しいです!」
え……マジで? まあ、エステルなら似合うと思うけどさあ。
「サクラちゃんのもお揃いで作りましょうね」
「え!? 私も!?」
まさか自分が着ることになるとは思わなかったから、思いっきり趣味に走ってしまったんだけども!?
それを聞いたエステルの目が喜びに輝いている。あ、これは嫌とは言えないやつだ。
「色はどうしましょうか。赤とか?」
「いやっ……! もっと地味なので! 白とか黒とかでいいです!」
真っ赤なゴスロリ服なんて、毒々しくなりそうな気がする……。少なくとも赤はダメだ。せめて赤と白。
というか、白と黒ベースの普通のやつでいいよ!
「うーん、それだと目立てないと思うけど……」
「ですが、赤や黄色、青に緑というドレスの中に、白黒の服は逆に目立つのではないでしょうか? 護衛獣である琥珀様も白と黒ですし、『聖剣の姫君』を印象付けるのは悪くはないかと」
「そうね、それもアリね……」
お母様がユリア先生の言葉に小さく頷く。あの、目立たなくてもいいんですけど……。
公爵家令嬢としての立場もあるからそういうわけにもいかないらしい。ほんっと貴族ってば面倒……。




