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◇089 夏の終わり





 領都から帰還して早三日。

 領都ボケ? も治り、いつもの生活に戻りつつある。

 つまりお城へと出向き、店舗を召喚してお偉いさんたちにクーラーを提供する毎日に。


「いやぁ、やはりサクラリエルの店内は快適だな。もはや夏の間はここなしでは生活できん」


 そんなことをのたまいながら、召喚した『豊楽苑』の中で、テーブルに書類を広げた皇王陛下が、お冷やをゴクゴクと飲んでいる。残暑はまだ厳しい。


「まあ、いいですけどね……。ちゃんと出張料金はいただきますよ?」

「わかっとる、わかっとる。ちゃんと払うわい」


 『豊楽苑』でラーメンが売れても私の稼ぎにはならないからね。お父様の提案により、店舗のレンタル料金としてお金を貰うことにした。

 この店は私の魔力により呼び出している。その対価を支払ってもらっているわけだ。

 本来ならお城に勤めている氷魔法の使い手がする仕事を私が代わりにやっているのだから、そこはちゃんとしてもらおうってね。

 魔法使いの仕事を奪ってしまったかもと思ったが、この季節、彼らはあちこちに引っ張りだこなので、さして困ってはいないようでホッとした。

 まあ交渉はお父様に任せたから、皇王陛下からいくら支払われているか私は知らないんだけども。

 ちゃんと私のお金としてお父様が管理してくれているみたいだから、そこは任せている。

 いや実際のところ、公爵令嬢ともなるとお金を自分では使わないんだよね……。

 必要なものは用意してもらえるし、お金は公爵家として払ってしまうし。金銭感覚が鈍りそうで怖いよ。

 『豊楽苑』の中のテーブル、カウンターを含めて、宰相さんと数人の文官たちが書類と格闘している。

 一応、警護の騎士たちも店内入口に立っているけど、自動ドアの内と外では天国と地獄だな。

 時間で交代しているらしいが、冷房病にならなきゃいいけど。

 私はチャーハンを食べ終えた琥珀さんを連れて、『豊楽苑』を後にし、その足で隣に召喚したパティスリー『ラヴィアンローズ』へと入った。


「あら、いらっしゃい、サクラちゃん」

「いえ、ここ私の店ですから」


 どっちかというと、いらっしゃってるのはお母様方だ。私はお祖母様や皇后様とおしゃべりしていたお母様のテーブルへと向かい、空いている席へと座る。

 こちらも女子会(?)よろしく涼みながらわいわいとお茶会をしていた。

 ちなみにこちらの召喚にはレンタル料をもらってはいない。この店はあくまでも『私のお母様』に出してあげているのだ。お金なんか取るわけがない。まあ、洋菓子のお金は払ってもらってるけども。


「ショートケーキとアールグレイを」

『我はフルーツタルトを』


 私が注文をすると、琥珀さんもそれに続く。え、まだ食べるの……? まあいいけどさ。

 一瞬にして現れたフルーツタルトに琥珀さんがご機嫌でかぶりついていく。顔が果汁まみれだ。

 皇后様がにこにこと私に笑顔を向けてくる。なんかいいことあったのかな?


「サクラリエルのおかげで今度の秋涼会は素敵になりそうだわ」

「しゅうりょうかい?」


 皇后様の言葉に私は首を傾げる。はて? 終了会? とはなんぞや?


「この国では皇后様主催の大きなお茶会が、春と秋にあるのよ。季節の花を愛で、お茶とお茶菓子を楽しむ行事ね。貴族である女性全てに参加資格があり、この会に国中の貴婦人が一堂に集まるのよ」


 お母様がわけがわからんという顔をしていた私に苦笑しながら説明してくれた。

 なんと。そんなお茶会があるのか。園遊会みたいなものかな? 女性限定っぽいけど。


「春に春陽会、秋に秋涼会。毎回趣向を凝らさなきゃならないから大変なのだけれど、サクラリエルの店のお茶とお茶菓子なら間違いなく喜んでもらえるわ」


 秋涼会とやらのホストであろう皇后様がガトーショコラを食べながら、にこにことした笑みを浮かべる。

 ああ、私の店ってもう予定表プログラムに組み込まれているんスね……。

 あれ? でも貴族女性全て……って、私とかエステルにも参加資格がある?


「もちろんあるわよ。参加する、しないは自由だけれども、サクラリエルの場合は皇族の血を引く貴族でもあるから、どちらかというとホスト側に近く、ほとんど強制ですけどね」

「うえぇ……」


 お祖母様の説明に私が苦虫を噛み潰したような顔をすると、三人が笑い出した。だって面倒くさそうじゃん……。ダンスとかないだけマシだけどさぁ……。


「秋涼会、および春陽会は、大きな社交の一つなの。ここで得た情報や貴族同士の繋がり、根回しなどが自分の家の隆盛に繋がってくるから。サクラリエルもどこかに嫁ぐにしろ、女領主になるにしろ、それぐらいの腹芸は覚えておいた方がいいわよ?」


 腹芸ねぇ……。皇后様ともなると、そういったスキルも必要になるんだろうけど、私はどうにも腹の探り合いってのは苦手だ。

 そこらへんは私よりもエステルの方が上手いような気がする。エリオットに対する態度とか見てるとさ。

 言葉の陰に棘を含ませる感じとか……少し腹黒さがあるよね。

 おかしいな、あの子主人公(ヒロイン)なんだけどな……?


「国外からも賓客を御招待するのよ? プレリュード王国やメヌエット女王国、海を越えたゴスペル福音王国からもね」


 ゴスペル福音王国……? ああ、うちの国から北の海を超えた先にある島国だっけ? 確か、『教会』の総本山があるっていう……。

 創世の女神様たちの像がある大聖堂があるとかなんとかストラム老の授業で習ったな。

 ゲームでも出てきたけど、そんな細かい設定までは知らなかった。あまり深く本編のストーリーには絡まなかったからなあ。

 基本的に将来私たちが通う『学院』は福音王国の庇護下にあるんだけど、バックには神様たちがついているから、勝手なことはできないって話だっけ。そのため、福音王国では汚職ってものがないとか。ないというより、やったらすぐバレる。天罰が下る。そりゃそうだ、神様のお膝元でそんなことしたらそうなるわ。


「もちろん、サクラリエルが仲良くなったプレリュード王国のルカリエラ王女様や、メヌエット女王国のティファーニア王女も招待する予定よ」

「おお!」


 それは単純に嬉しい。二人とはあの後もちょこちょこお菓子を贈ったり、手紙を送ったりしている。

 不安なのはルカの兄である攻略対象の王子が、同伴してこっちにやってきたりしないか、ということだが……。

 女性だけのお茶会なんだから、来ないとは思うけど……前の時もルカ一人だけだったし、大丈夫だよ、ね?


「あ」

「どうしたの? サクラちゃん?」

「あの、その会にエルフの方々を招く事ってできないでしょうか?」


 私の言葉にケーキを食べていた三人の手がピタリと止まった。な、なんか変なこと言ったかな……? あそこは国内ではあるけど一つの独立した自治区のようなものだし、そこの関係者を呼ぶのはおかしなことではないと思ったのだけれども。


「それよ! なんで思いつかなかったのかしら! そうね、エルフの方々を招くことができれば、なお一層素晴らしいものになるわ!」

「ええ、ええ! 今まではエルフとは付かず離れずの細々とした関係だったけど、サクラリエルのお陰で大きく改善したわ。さらに友好を深めるためにぜひ御招待しなければ!」


 皇后様とお祖母様のテンションが爆上がりだ。私としては精霊樹の巫女であるミューティリアさんや、その妹であるエルティリアちゃんにまた会いたかっただけなのだが。


「送り迎えはフィルハーモニー家の鳥さんに頼めるかしら?」

「鳥さん……? ……ああ、はい。オボロならエルフたちを安全に皇都まで連れて来れますね」


 エルフはその独自の技術で、優れた魔法付与のアイテムや魔法薬ポーションなどを作り上げる民だ。

 だが、それを狙って今まで何人もの欲深い人間たちが、エルフを捕らえようと襲ったりもしてきた。

 さらにエルフは見目麗しいため、奴隷としても価値がある。

 この国では奴隷制度は廃止されているが、周辺国だとアレグレット帝国やティファのメヌエット女王国ではまだ奴隷制度が残っている。

 残っているといっても、この二つの国では奴隷の扱いが天と地ほども差があった。

 メヌエット女王国では、契約に基づく雇用形態という感じで、主人が衣食住を保証し、きちんと賃金も出るという。決められた額を払えば自分を買い戻すこともでき、奴隷から解放されることも可能なのだ。

 一方、アレグレット帝国では奴隷とは所有物だ。一度買ったなら、その奴隷をどうしようと主人の自由で、奴隷たちに人権はない。闘技場コロッセオで、奴隷同士、または奴隷と魔獣を戦わせて楽しむという悪趣味な催しもあるという。

 帝国の一部の貴族には、この奴隷制度を女王国のような雇用形態にしようという動きもあるらしいけど……難しいだろうな。

 この国と帝国はもともと仲が悪いが、そんなこともあって、私はどうにも帝国を好きになれない。

 ゲームには帝国出身の生徒もいたけど……性格悪いキャラばかりだったな……。特に男のキャラは。


「ついでに秋涼会でエリオットのお嫁さんが見つかればいいのだけれど……」


 ふう、と皇后様が小さなため息をつく。あ、秋涼会ってそういった狙いもあんのね。


「まだ決まってないんですか?」

「候補は何人かいるんだけど……。家格が合わなかったり、派閥が問題だったり、年齢や性格が合わなかったり……。全部を満たす御令嬢がいないことはないんだけどねぇ……」


 そこで、ちら、と皇后様が私を見る。私は笑顔でそっと胸の前で腕を交差し、バツ印を作った。皇后様が苦笑しながら再び紅茶に口をつける。

 こればっかりは勘弁してください。いや、エリオットルートがもうないとしても、未来の皇后なんて大変そうで嫌でござる。

 目の前の皇后様を見ていると、旦那さえうまく操ればけっこう楽なのかも、とか思ってしまうけども。

 それにねぇ……私、転生前の実年齢を合わせると、皇后様とほぼ同年齢になっちゃうからさ……。

 同年齢の息子の嫁になるってどうよ? なんか犯罪臭がして、ね。

 それに私はやっぱりフィルハーモニー公爵家を継ぎたい。今回の旅行でその気持ちが強くなった。

 領地を発展させるために、いろいろと勉強していかねば。……それと並行して破滅フラグもヘシ折っていかねば。

 それが悪役令嬢の生きる道。なんてね。

 これからだんだんと涼しくなってくるらしい。そろそろ夏も終わりかな。

 夏が終わると社交シーズンの到来だ。

 まだ成人していない私たちにはあまり関係がないけれど、それでもいくつかは出なきゃならない催しもある。

 まずは秋涼会か。ルカとティファに会えるのは楽しみだな。








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