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◇087 店舗召喚12





 解呪薬は順調に国の主要都市の教会へと配られていった。それと同時に銀魔病の判別法も広められ、皆が氷水に手を浸し、感染していないかを確認できるようになった。

 とはいえ、この暑い夏の最中さなか、氷なんてものは普通の家庭になどあるわけがない。

 教会に所属する氷の魔法使いたちが作った氷水で判断するしかなく、皇都の教会には行列ができたそうだ。

 実際、四人ほど感染者が発見されたらしい。銀魔病は感染力が強いが、その人が帯びる魔力が相手の魔力に接触することで呪いが感染する。

 つまり肉体的に接触しなければ感染しない。教会では行列を間隔をあけて並ばせていた。そのため、他の人が感染することはなかったようだ。

 さらにいうなら感染者の魔力量にも左右されるようで、魔力量の小さな人ならそこまで呪いが広く感染することはないということだ。

 だからゲームだと、サクラリエル(わたし)が感染したことで、ものすごく広まってしまったんだな……。魔力量だけはそれなりにあったから……。

 一般的に平民より貴族の方が魔力量は多い。

 それは今まで脈々と続いてきた血筋によるものが大きいのだが、平民でも突然大きな魔力量を持って生まれる人もいる。

 そんな人が銀魔病に感染していたら、大変なことになるからね。やっぱりちゃんと確認した方がいい。

 最悪、銀の斑点が身体に現れて病気の症状が現れたとしても、すぐに死ぬわけではない。その間に解呪薬を飲むことができれば治すことができる。

 銀魔病の解呪薬は無料で提供されている。そうしないと馬鹿なことを考える輩が現れるからね。教会に行き、症状が確認されればその場で薬を飲ませてもらえる。

 この呪病はここで根絶させる。二度と世に広まることのないように、徹底的に潰すのだ。

 結果、早期発見、早期処置により、銀魔病は感染爆発パンデミックを起こすことなく終息した。

 それによりずっと召喚し続けていた三日キッチンカーを召喚する必要もなくなり、やっと新しい店をぶことができるようになった。嬉しい。

 いや、新しい店を喚べるから嬉しいんじゃないよ? 呪病が終息したからだよ? うん。

 前回はおにぎり屋、その前は八百屋、その前はラーメン屋……なんか飲食店が続いているよね。いや、八百屋を飲食店というには無理があるか。食べ物系?

 や、別にいいんだけどね。美味しいものが食べられるのは大歓迎だし。

 そもそも、私が前世で一番行った店って、間違いなく飲食店だしなぁ。確率からいって当然というか。


「なんか騒動が起こるたびにサクラリエルの店が増えていくよな」


 ウキウキとした足取りで召喚場所に指定した裏庭に向かうとき、ジーンがなかなか鋭いことを口走る。

 実際その通りなのでなんともいえない。偶然そうなったのもあれば、私が狙ってやったのもあるけどね。


「困難を乗り越えたサクラリエル様へサモニア様からのご褒美なのでは? きっと今も天から見守って下さっているんですわ!」


 ジーンの疑問にエステルがそう断言する。これもまあ外れちゃいない。見ているのは創世の女神様だけどね。いや、サモニア様も見ているのかもしれないけどさ。

 まあ、とにかく召喚しましょうかね。明日には領都を発ち、皇都へと帰るからね。やっぱりなにか美味しい食べ物を使用人のみんなに振舞ってあげたいところだわ。


「【店舗召喚】!」


 めくるめく光の渦とともに私の中から魔力が抜かれていく。お? 小さくもなく、大きくもなく。普通?

 光が収まって私の目の前に現れたのは、白を基調とした平屋の建物。目を引く看板には、『一皿百円』という文字と『回転寿司』という文字が燦然と光る。


「くま寿司だ!」


 思わず私は叫んでしまっていた。あれは全国にチェーン店を展開する回転寿司店、『くま寿司』だ。

 ここは何度も食べに行ったことがある。値段がリーズナブルで、サラダからミニラーメン、唐揚げやケーキなど、サブメニューも充実していてありがたいのだ。


「あれは肉……いや、魚か? 飲食店だよね?」

 

 お父様が店外に貼られていたお寿司のポスターを見て見解を述べる。魚の絵が描いてあるけど、寿司なんてものはこの世界にないからイマイチわからないよね。


「あれは回転寿司店です。寿司というのは切り分けた魚の切り身をお酢や塩、砂糖などで味付けしたご飯の上に載せたもので、それが回転しているから回転寿司っていうんです」

「食べ物が……回転……?」


 私の説明を聞いたお父様、及び他のみんなも、わけがわからないといった表情を浮かべる。

 ぐぬう、今の説明は失敗だったか。たぶんお父様の思い浮かべている回転と私の回転は違うと思う。


「えーっと、とにかく見ればわかりますよ」


 私はみんなを連れて『くま寿司』の中へと入った。レジカウンター奥に見える店内の客席沿いを、寿司が乗った皿がコンベアに流されてぐるぐると回っている。うわあ、懐かしい!


「なるほど。それで『回転』か」

 

 百聞は一見にしかず。お父様たちにも私の言った意味がようやく伝わったようだ。

 レジカウンターの皿にお父様がいつものように金貨を載せる。

 ボックス席とカウンター席があるが、私はお父様とお母様、そして琥珀さんの三人と一匹でボックス席に座った。隣のボックス席にはお祖母様と皇后様、エリオットが座る。

 みんなの目は流れてくる寿司に釘付けだ。寿司だけじゃなく、ケーキなども流れているのでお母様たちも興味津々だった。


「まずはお茶を用意しましょう」

「お茶?」


 私はコンベアの上にある湯呑みをとって、席に置いてある抹茶の粉をひと匙入れる。


「ここからお湯が出るので気をつけて下さい」


 そして寿司が流れるコンベアの横につけられた蛇口に湯呑みを押し付ける。蛇口からお湯が流れ、あっという間にお茶が完成。ふうふうと冷ましつつ、一口。

 うむ、美味しい。

 一応リカーショップに冷たいお茶とかも売ってるので、日本茶自体はそれなりに飲むのだけれども。

 みんなも私の真似をして、自分の手元にそれぞれお茶を用意した。

 さて、次はいよいよメインのお寿司だ。

 私は席に立てかけてあったメニュー表を手に取る。


「これがメニューになります。もちろん流れているのを手に取っても構いませんよ」


 私がそう説明しても誰も流れているお寿司には手を出さなかった。てっきりジーンあたりが率先して手にすると思ったのだが。


「いや……だってこれ、生だろ?」

「あー……そういうことか」


 やっぱりこっちに魚の生食文化はないか。

 異世界こちらでも生の魚には寄生虫がいる可能性が知られており、食中毒を危険視して普通は食べない。

 徹底した品質管理をしている日本の寿司なら安全なんだけどな。そりゃ絶対とは言えないけど、そもそも『ギフト』の店なんだから、ここは神様のお墨付きでしょ。

 私は横を流れていたマグロの寿司をひょいと手に取ると、醤油をちょろっとかけて、箸で、ぱくっ、と口に入れた。


「お、おいひい……」


 久しぶりのお寿司。マグロが酢飯と口の中でラインダンスを踊る。これだよ、これ。これぞ日本の心。スシ・イズ・デリシャス!


『小さきあるじ、我も! 我にもくれ!』


 と、隣の琥珀さんが催促してきたので、同じマグロを取ってテーブルに置き、醤油を垂らす。

 すぐに、はぐっはぐっ、と寿司に食らいついた琥珀さんが美味しそうに食べるのをみんなが見ていた。


「さ、サクラリエル? 大丈夫なのかい?」

「大丈夫ですよ。この店の寿司なら問題ありません。……美味しいですよ?」


 私はもうひとつマグロ寿司を取って、お父様たちの前に差し出す。

 しばし躊躇していたお父様だったが、最近使い慣れてきた箸を手に取り、見様見真似で醤油を垂らしたお寿司を口へと運んだ。


「……美味しい。もっと生臭いものかと思っていたが、それほどでもない……」

「わさびをつけると生臭さは消えると思いますよ。あ、これ辛いんで量には気をつけて下さいね?」


 フリじゃないからね!? お父様はホットドッグの時もハバネロの時も火を吹いていたからな……。程度ってものを知らない。少しでいいんだよ、少しで。そうそう、そのくらい。

 私の監視の下、ネタの下に少しのわさびを入れた寿司をお父様が頬張る。


「おお、確かに生臭さが消えたね。ツンとくるけど……悪くない。僕はこっちの方が好きだな」


 ま、そこらへんはお好みでね。席にはそれぞれわさびが置いてあるから好きにつければいい。

 お父様が食べたことで、お母様も回っていた寿司に手を伸ばす。おっと、それはビントロ……。


「美味しいわ!」


 おそるおそるビントロを食べたお母様がすぐに笑顔になる。気に入ってもらえたようだ。それをきっかけにして他のみんなも回っている寿司に手を出し始めた。


「なんだこれ!? うめぇ!」

「生の魚がこれほど美味しいとは……」

「この海苔で巻いたのも美味しいです!」


 ジーンやエリオット、エステルたちも大丈夫なようだ。エステルの食べているのはカッパ巻だな。海苔自体はおにぎりとかで食べているから、それほど忌避感はないだろう。


「むぐっ……。これはちょっと……」

「あー……。それは匂いがキツイかもしれませんね。ああ、手に取った皿は戻しちゃダメです。それは私が食べますので」


 お父様が手にした納豆巻の匂いを嗅いで、戻そうとするのを止める。

 これは慣れない人にはキツイかもだなあ。糸引いてるし。

 私が醤油をつけてパクリと食べるのを見て、お父様も眉根を寄せながら、そのうちのひとつを口に入れる。

 が、やはり口に合わなかったらしく、青い顔をしてなんとか飲み込み、お茶をごくごくと飲み干していた。無理すんなって。日本人でも地域によってはダメな人が多いんだからさ。


「サクラちゃん、こっちのでも頼めるのかしら?」


 お母様がメニューを手に尋ねてきた。本来なら席についているタッチパネルで注文するのだけれど、この店はおそらく私が子供の時に初めて来た時代の店っぽく、さすがにそれはなかった。日本のどこかにはすでにそのシステムはあったのかもしれないが、私が行ったこの店にはまだなかったようだ。


「たぶん大丈夫だと思うんですけど……。えっと、縁側ひとつ!」


 私が注文すると、目の前にヒラメの縁側が皿ごと現れた。

 近年の回転寿司だと、注文した寿司はコンベアの上のレーンで席まで運んでくれたりするが、この召喚した店だと直接転送されるようだ。

 まあ、こっちの方が速いし便利だから問題ないや。

 縁側もコリコリして美味しい。目の前のお母様がメニューと睨めっこして、私にこれ! と指差してきたのは『特盛いくら』だった。


「特盛いくら、ひとつ!」


 注文したお母様の目の前にキラキラした赤い宝石のようないくらが山盛りになった軍艦巻が現れる。


「綺麗ね! でもこれって何なのかしら?」

「魚の卵ですよ」


 こちらでもキャビアらしきものとか魚卵を食べる風習はあるので、お母様はそこまで驚かなかった。もちろん生では食べないが。

 公爵夫人としては少しはしたないくらい大きく口を開けて、お母様は特盛いくらを味わっている。


「美味しい~。プチプチした食感が面白いわ」


 いくらもお母様の舌に合ったようだ。よかったよかった。

 そこからはみんな銘々に注文をし始めた。当然ながらみんな日本語がわからないので私が通訳することになる。

 あかん、本当に誰かに日本語覚えさせた方がいいかもしれない……。ひらがな・カタカナくらいまでならなんとかなるかな……?

 ジーンなんかは回っているお寿司も次から次に手にとって食べている。

 あいつ……なにも考えないで食べてるな? そんなことしてると……。


「ふぐっ!? ゴホッ、ゴホッ!?」

「ど、どうした、ジーン?」


 びっくりしている総長さんの前で、たこわさびの軍艦巻を口に入れたジーンが目を剥いて咳き込んでいる。

 フフフ、お子ちゃまの口にはわさびとタコのどちらも合うまい。けど、お残しは許しまへんで!

 と、思ったら残りを総長さんがパクリと食べ、美味しそうにもぐもぐとしてた。さらにもう一皿レーンから取ってた。気に入ったのかな?

 生で魚を食べることのないみんなは、いくつか食べられない物もあるようだった。

 やっぱりイカとかタコとかはダメみたい。総長さんとかお父様は普通に食べてたけど。というか、これって魚じゃないな。

 あとやっぱり納豆。私が食べたのを見て、エステルが無理して食べてたけど、涙目だった。かにみそとかウニも無理っぽい。って、これも魚じゃないな。

 あれ? 生でも魚ならほとんど食べられたっぽい? そこまで気にすることでもないのかな? 


「でも、この店だから食べられるんですよ。ここ以外で魚を生で食べちゃダメですからね」


 寄生虫や食中毒が怖いので、みんなに念を押す。おいジーン、聞いてんのか。お腹壊しても知らないぞ。

 この世界には魔法薬ポーションとかがあるから大丈夫かもしれないけどさあ。


「デザートも回ってるなんていいわね」

「これなんか初めて食べるわ」


 隣の席のお祖母様と皇后様が手にしていたのはピンク、白、緑の三色団子と抹茶をかけたわらび餅だった。あー、和菓子は『ラヴィアンローズ』にないからねえ。

 私としてはこのサイドメニューのきつねうどんなんかがありがたかったりするのですけど。

 ズルズルと懐かしの味を食べながら、ふと思う。

 そういやここって『一皿百円』とは書いてあるけど、『最低百円』ってことで、実際には二百円、三百円皿もあるのよね。

 さらにいうならいつものごとく十倍金額だから、一皿最低でも千円の寿司、か。回ってない寿司と変わらないのでは……。

 このきつねうどんも四千円……。

 ううむ、公爵令嬢になっても、前世の庶民的感覚が抜けないなあ……。

 






■2017年7月11日に『異世界はスマートフォンとともに。』のアニメ第一期が放送されました。あれから丸8年……え、もう8年!?


こっそりとノベルアップ+の方で『次世代もスマートフォンとともに。』を不定期に更新してます。興味がありましたらぜひ。

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