◇084 天神木の実
周囲の敵は片付いた。団長さんや騎士の人たちが少し怪我をしたけれど、エステルの治癒魔法で治してもらった。あの程度の怪我なら普通の治癒魔法使いでも治せるからエステルの『ギフト』がバレたりはしないだろう。
残るは総長さんの戦っているデュラハンロードだけなんだけど……。
先ほどまでは一進一退の攻防が続いていたが、次第に総長さんが押される感じになってきた。
なにせ相手はアンデッド。無尽蔵の体力を持っているのだ。時間が経てば経つほど不利になる。
それは総長さんもわかっているのだろう。押されているように見えるが、相手の隙を狙っているようにも見える。
斬りかかってきたデュラハンロードの攻撃を総長さんが紙一重で躱し、相手が持っている盾に蹴りを入れる。
体勢を崩したデュラハンロードがそれでも総長さんを斬りつけた。しかし崩れた状態からのその一撃は、私から見ても勢いのない牽制の攻撃だった。
「これで……終わりだ!」
総長さんの持つ魔剣ペザンテがデュラハンロードの炎の大剣を弾き、返す刃で首無しの鎧をぶった斬る。
『ガッ……!』
斬られたデュラハンロードは、身体から覗かせていた赤黒い炎に包まれて、その場に倒れる。
燃え盛る怪しい炎とともに、デュラハンロードは光の粒となって消えた。
「っ、ふう……」
総長さんが片膝をついて蹲る。さすがにデュラハンの上位種であるデュラハンロードを相手するにはかなりキツかったようだ。
エステルが駆け寄り、総長さんに治癒魔法をかけていく。しばらくすると回復したのか総長さんがすっくと立ち上がった。
「ありがとう、お嬢さん。だいぶ楽になったよ」
「いえ、お気になさらず」
デュラハンロードに勝てたが、総長さんも無事では済まず、左腕の骨と肋骨の何本かにヒビが入っていたらしい。ううむ、こんなことなら私が身体強化して戦った方がよかったかな……。
でもめちゃくちゃ楽しそうに戦っていたからなあ……。新人騎士の時、デュラハン討伐に参加できなくて悔しかったって言ってたから、念願叶ったってことなのかしら。だとしたらやっぱり譲って正解だったのかも。
「大丈夫ですか?」
「ええ。少々梃子摺りましたが。従来通りなら、これで数年は現れないと思います」
総長さんが笑って答える。定期的にデュラハンが現れるのはここに何か呪いでもかかっているのだろうか?
私は手にしていた【聖剣】をなんとなしに地面へと突き立てる。すると剣を通してこの地になにかよくないものがあることがわかった。
目を凝らすと黒い根のようなものが地面に蔓延っている。これって律の時と同じ……! やっぱり呪いがかかってる?
えーっと……こう、かな?
私は地面に突き刺した【聖剣】に魔力を込める。すると、地面の中で、パン! と弾けるような感覚がしたかと思うと、先ほどまであった呪いの根のようなものがあっさりと吹き飛んでしまった。相変わらずとんでもない力だ。
「さ、サクラリエル嬢、今のは……?」
「あー……この地の呪いを解きました。これでもうアンデッドはこの地に生まれないはずです」
「な、なるほど……」
ちょっとだけ引き攣った表情で、総長さんが小さく頷く。ひょっとして次にデュラハンが出た時も戦いたかったのかな? でもこの領地の安全のためにはこうしておいた方がいいと思うし。
「ところで天神木の実はどこにあるのかしら? それっぽい木は見当たらないのだけれども……」
「それが……」
総長さんが眉根を寄せて、遺跡の隅にあった倒木に視線を向ける。えっ……ちょ、ちょっと待って、まさか……!
「その倒されているのが天神木で、散乱して踏み潰されているのが天神木の実です」
「嘘……」
そりゃないよ。それを手に入れるためにここまで来たのに、切り倒されているなんて……!
天神木と思われる木が無残にも倒されて、焦げ付いたようにブスブスと煙を出している。デュラハンの剣で伐られたのか……。
その周りに泥とたくさんの足跡に塗れて、砕けてぐしゃぐしゃになったピンポン玉くらいの丸い実を見つける。いくつかは燃え尽きて炭と化していた。
「それが天神木の実です。いくらかは使える実もありましょうが、ほとんどがアンデッドの瘴気に侵されています。これらを使うと呪病が悪化する可能性も……」
瘴気。あのリビングメイルやデュラハンから出ていた赤黒い炎のようなものか。確かに転がっている実にも、わずかに赤黒いモヤのようなものがまとわりついている。
「これってさっきみたいに【聖剣】で祓えないかしら……」
『できなくはないと思うが、その実はすでに木から切り離された、いわば死んだ実。すでにその実全てが瘴気の質に染められている。【聖剣】を使えば、アンデッドのように実ごと消し飛ぶであろうな』
ダメじゃん……。琥珀さんの説明を聞き、私は天を仰いだ。【聖剣】強力過ぎ!
氷についた小さな汚れをとるのに熱湯で洗う、みたいなイメージが浮かんだけど、あながち外れてもいまい。
それでもいくつかは無事な実もあるっぽいけど……。
「トロイメライ卿の話だと必要なのは数十もの塩漬けにした実だとか。無事なのをかき集めても数が足らないやもしれません」
塩漬け。このまま使うんじゃないんだ。確か……錬金術に必要な三大要素とかって、『水銀』、『硫黄』、そして『塩』なんだっけ? ストラム先生の授業で習ったな。錬金術の三原質とか。
『盛り塩』とか『塩を撒く』とか『お清めの塩』とか言うように、塩には邪を払う力があるのかもしれない。『天神木の実』を塩漬けにするのもそういった理由があるんだろうなあ。
……あれ?
私は足元に散らばっている、比較的まだマシな砕けた実の一つを手に取った。
これもうっすらと瘴気に侵されているけど……これって……。
黄色い実だが、ところどころ赤い部分もある。ピンポン玉くらいの、丸い……って、これって梅じゃないの!?
どっからどう見ても梅の実だ。前世のおばあちゃんちでは毎年梅酒を作っていたからよく知ってる。
あ! 確か梅の種の中にある胚のことを『天神様』って言うんだっけ? 天神様──菅原道真が梅好きだったことに由来するとかなんとか先輩から聞いた気がする。
この実の塩漬けって……それって梅干しなんじゃ?
え、ちょっと待ってちょっと待って。ここまで来ておいてなんだけど! 梅干しなら私が呼び出せる店のおにぎりの中にあるんだけど!
すでに総長さんの指示により、地面に這いつくばって瘴気に侵されていない実を探している騎士の皆さんを見ていると大変申し訳ない気持ちになる。
女神様、『天神木』なんて名前じゃなくて、『梅』って名前にしといてよ……。
ま、まあ、この地に現れたデュラハンロードを倒せたんだから、結果オーライなのかもしれないけど。
でもこの世界の梅と私の召喚した梅干しが同じものかどうかまだわからないからな。一応、帰ってトロイメライ子爵に聞いてみないと。
でもたぶん同じだと思うんだよなあ……。女神様の話だとこの世界って地球のものを参考に作られてるらしいし。
『梅はその日の難逃れ』と言われるほど健康にいい食品だしさ。厄を払うって意味では近いのかもしれない。それを清めの塩で漬ける……解呪の薬を作るには最高の素材だよね。
まあ、集めた梅の実……いや、天神木の実が足らなかったら提案してみよう。そうしよう。
◇ ◇ ◇
「信じられん……。こちらの方が成分が強く、下処理も完璧だ……。私でもここまで完璧に塩漬けにできるかどうか……」
私の店舗召喚で手に入れた梅干しを分析したトロイメライ子爵がぐむむと唸る。
その差ってなんだろうね、梅の種類かな? 塩の質かしら? それともおにぎり屋さんの自家製梅干しに何か秘密があるのだろうか。
結局、天神木の実は目標数に足らず、私の梅干しを提供することになった。
どちらかというと、わたしの梅干しの方が素材としては上らしい。つまり解呪薬に使えるってことだ。
「すでにここまで下処理が終わっているのなら、すぐに調合に入れます! こちらお預かりしても!?」
「どうぞどうぞ。なんならそこのおにぎりも食べていいですよ?」
「ではありがたく!」
トロイメライ子爵が梅のおにぎりとプラ容器に入った梅干しを山ほど持って調合室へと駆けて行った。これでまたあの親子は徹夜かな……。
でも一刻も早く銀魔病の解呪薬を作らないと……。幸いまだ死者は出てないらしいけど、そろそろ初めに感染した村の人たちが危ないと思う。死にはしないかもしれないけど、後遺症が残るかもしれない。
それにいくら氷水チェックをしたとしても、すでに皇都に感染者がいる可能性も少なくない。だとしたら気づいていないだけで、感染者が広がっている可能性だってあるのだ。
城で働く人たちにはそこらへんは徹底しているから大丈夫だと思うけど……。
今、銀魔病のことを国中に公表してもパニックになってしまう。下手をすれば感染者を殺して病を抑えようと考える領主が出てくるかもしれない。
ゲーム内では何人かの犠牲者は出ていた。それをゼロにしようってんだから、多少の無理は覚悟している。
無理するのはトロイメライ親子の割合が多いけども……。
「これで解呪薬が間に合えばいいのですが……」
「完成したら解呪薬をオボロで感染した村へ持っていってもらいます。犠牲者が出る前に。皇都にはキッチンカーで持って行きましょう」
総長さんの呟きに私はそう答える。キッチンカーなら三、四時間で皇都に行けるからね。
もちろんあらかじめ律たちには解呪薬を飲んでもらう。あの薬には感染を防ぐ効果もあるからだ。銀魔病にしか効かないけどね。
私たちにやれることはやった。あとはトロイメライ親子を信じて解呪薬の完成を祈るばかりだ。
夕食を食べた後にお風呂に入ったら、今日までの疲れがドッと出たのか、もう眠くて眠くて、私はすぐにベッドに直行することにした。
徹夜しているトロイメライ親子には悪いけど、もう限界。お休みなさい……。
ぐう。