◇083 死霊騎士
■救急車で担ぎ込まれて入院してました…。
「あのあたりには数十年に一度、デュラハンが出ることがあってな。以前現れたのは私がまだ新米騎士の時だった。討伐隊に参加できなくて悔しかった記憶がある」
「おお……」
そう過去の話をしてくれる総長さんに真剣に耳を傾けるビアンカ。私はといえば、オボロの背から見える流れる景色をボーッと眺めていた。
霊峰エルドラの麓の遺跡に首無しの騎士、デュラハンが現れたと伝書鳩での連絡を受けた総長さんは、すぐさま乗ってきた速駆鳥で現場に向かおうとしたが、お父様がそれを止めた。
夜通し走り続けて速駆鳥は今は使い物にならないし、それよりも速い乗り物があると言って。
そんなわけで、律の相棒・オボロの背に乗って、私たちは一路霊峰エルドラへ向かうことに。
うん、総長さんだけ行けばいいんじゃない? とは私も思ったよ。
だけども、デュラハンが出現する時って、護衛なのかわからないけど、リビングメイルとかスケルトンも多く出現するらしいんだよ。
琥珀さんが言うには、デュラハンも含め、それらは魔に属するものだから、私の【聖剣】で簡単に倒せるんだってさ。
お父様がまたごねたけど、身体強化さえ使わなければ大丈夫だと思う。琥珀さんもいるし、総長さんも行くし、今は一刻を争う状況だからと無理矢理説得した。私の力で事態が早く収束するならそれに越したことはない。
ただ、それにビアンカとジーンが自分たちも行くと言い出した。ビアンカは私の護衛のため、ジーンはデュラハンを見たいとの理由で。
まあ、当然ながらジーンの意見は父親である総長さんが却下した。『お前の役目は皇太子殿下の護衛だろうが、馬鹿者!』という雷のおまけ付きで。
私が前に同じことを言ったのに、学習してないのか、あいつは……。
オボロに乗っていくということは、つまりその主である律も当然ながら一緒である。そうなるとエステルも行くと言い出した。
これに総長さんは渋ったが、エステルの『ギフト』を知るお父様が許可を出した。
エステルの『ギフト』【聖なる奇跡】の治癒魔法があれば、危険も少なくなるからね。エステルが治癒の『ギフト』が使えると知った総長さんも、それならばと認めてくれた。
本当は治癒だけじゃなく、もっとすごい『ギフト』なんだけどそれは内緒だ。
さすがに女児四人に総長さんと琥珀さんだけでは手が回らないので、【小結界】の『ギフト』を持つパトリック団長とその部下の騎士三人が護衛としてついてくることになった。もちろん私の護衛であるターニャさんも一緒だ。
で、十人プラス一匹でこうして霊峰エルドラへと向かっているわけ。説明終わり!
エルドラまではエルフの里より近いから、二時間足らずで着く。
霊峰エルドラ自体はもうずっと前から見えている。麓というとこのあたりだと思うんだけど……。
私がエルドラの方を目を細めて眺めていると、前に座る律がとある一点を指差した。ん? あれは……。
「スタッカート様、ひょっとしてあれが遺跡では?」
「む? ああ、そうだ。その手前で降りてくれ。向こうには弓矢を使うスケルトンアーチャーもいるかもしれんからな」
総長さんの言葉に従って、律がオボロを遺跡手前の開けたところに着陸させる。
遺跡は滅んだ小さな町のようなところで、石積みの壁や塔のようなものが見える。
苔や蔦が蔓延っていて、緑に塗られているようにも見えるね。
夏なので陽が傾き始めるにはまだ時間がある。夜までにはなんとか『天神木の実』を手に入れて、ハルモニアへと帰りたいところだ。
遺跡の手前でなんか動いてる……? え、騎士?
「いや、あれはリビングメイルですな。よく見て下さい。身体から赤黒い炎のようなものが出てるでしょう?」
私の疑問に総長さんが答えてくれる。目を凝らして見ると、確かにうろつく鎧から赤黒い揺らめいた炎のようなものが見えた。
あれがリビングメイル……現世を彷徨う死者の鎧か。
その他にも骨兵士のスケルトンや、総長さんが言ったスケルトンアーチャーとかいう、弓矢を持つスケルトンもいた。
アンデッドだというのにあんまり怖くはないな。ゾンビとか腐った死体とかじゃないからかしら。あと、夜じゃないってのもあるかも。
前世では私、よくホラー映画とか観たりしてたし、怖さでいったら暗黒竜の方が怖かった。ま、アレと比べるなって言われそうだけれども。
あ、あの奥にいる首のない騎士鎧が首無し騎士かな?
「デュラハンって赤いんですね。派手だなあ」
「赤い……!? むっ!? ちっ、デュラハンロード
か!」
デュラハンを見た総長さんが舌打ちをする。デュラハンロード? 普通のデュラハンじゃないの?
「デュラハンロードは血塗られた硬い鎧と盾を持ち、呪われた炎の大剣を持つデュラハンの上位種です。少し厄介かもしれません」
上位種ってことは、デュラハンより強いってこと? だ、大丈夫かな……?
私が少し不安に感じていると、フンッ、とばかりに小さい琥珀さんが鼻を鳴らした。
『なに、首無し騎士の色違いなだけよ。臆するに値せん。そこな総長とやらでも倒すことはできよう』
「ふっ、ふふふ。神獣様のお墨付きをいただいては、これはやるしかありませんなあ」
総長さんが口の端を上げながら、腰にある魔剣ペザンテを軽く叩いた。
「そこの開けたところに降ろしてくれ。デュラハンは私が相手をする。周囲のアンデッドは神獣様とサクラリエル様に任せて大丈夫ですかな?」
『問題ない。小さき主の【聖剣】ならば、触れただけで消し飛ばせよう』
触れただけで消し飛ばせるの!? 相変わらずチート性能だなぁ、【聖剣】……。まあ、暗黒竜も倒しちゃう剣だからな……。
総長さんの指示に従って、律がオボロを着陸させ、まず私たちを降ろす。その後、律は攻撃に参加できないエステルだけを乗せて、オボロで空へと舞い上がった。
私たちに気付いたリビングメイルたちがこちらへと引き寄せられるようにやってくる。
ガッチャガッチャと近づく鎧の音が聞こえるな。動きはそこまで速くない。
「では頼みましたぞ」
『うむ。こちらは任せておけ。首無しを仕留めてこい』
総長さんが魔剣ペザンテを抜き、デュラハンへ向けて駆け出す。こちらへ一番に辿り着いたリビングメイルが、駆けていた総長さんがすれ違いざまに放った横薙ぎで、上下に真っ二つになった。
他のリビングメイルもこちらへガッチャガッチャとやってくる。
うるさいな、その鎧。さては安物だな?
私たちに振り下ろされる剣をパトリック団長の剣が受け止める。その隙に私は【聖剣】を呼び出し、手に構えた。
パトリック団長と斬り結んでいるリビングメイルを、私が横から【聖剣】で軽く斬りつけた瞬間、パァン、と乾いた紙鉄砲のような音がして、一瞬でリビングメイルは消し飛んでしまった。
琥珀さんの言う通りだ……。とんでもない対アンデッド兵器じゃないか、これ……。
「これならデュラハンも一撃なんじゃない?」
『デュラハンはアンデッドではあるが、闇妖精の部類にも属しておってな。消し飛ばすのは無理かもしれぬ。いや、身体強化を使った小さき主なら、倒すことも難しくはなかろうが────』
「うん、総長さんに任せましょう」
酷い? 私だってもう筋肉痛で寝込みたくはないんだよ! 総長さんが倒せるならそれでいいじゃないか。それになんかメッチャ楽しそうだし。
デュラハン相手に笑いながら丁々発止と斬り結ぶ総長さんを見て、『あ、コレ邪魔したらアカンやつや……』と私はいろいろと察した。
私にできることは、あの戦いに水を差すような愚かなアンデッドを消し飛ばすことだけだ。
『やあっ!』
私の横にいるビアンカがスケルトンの一体を剣で討ち果たした。スケルトンは胸骨に魔石を持ち、それを破壊しない限り、何度でも再生する。
スケルトンの魔石は小指の先ほどの小ささで、狙って壊すのは難しい。
腕に覚えのある剣士なら初めからその魔石を狙うが、一般的にはスケルトンをまず砕いてバラバラにして、その後その魔石を砕くなり踏み潰すなりして倒すらしい。
ビアンカもその方法で倒している。
やっとスケルトンをバラバラにし、落ちた胸骨ごとバキリと魔石を踏み潰した彼女の横で、私は【聖剣】一振りで別のスケルトンを消し飛ばしていた。
「………………」
「……なんかゴメン……」
「いえ……」
なんともいえない目で見られたので、思わず謝ってしまった。ズルっこいよね。私もそう思う。だけど正々堂々と、なんて言ってられる状況でもないからさ。
襲いかかってくるスケルトンやリビングメイルを【聖剣】で消滅させていく。
面倒なのは遠くから矢を射ってくるスケルトンアーチャーだ。
遠くから飛んでくる矢をターニャさんやビアンカが盾で防いでくれたり、剣で打ち落としてくれている。
遠くの方ではデュラハンロードと総長さんが一進一退の戦いを続けていた。
総長さんの持つ魔剣ペザンテは振るたびに重さが増えていく魔剣だ。その魔剣の攻撃をデュラハンは手にした盾でしっかりと受け止めている。
大丈夫かな? いざとなったら私が身体強化を使って倒すしかないけど、できればそれは避けたいので総長さんには頑張ってほしい。
『むっ……! ちっ、面倒なのが出おったか』
「え?」
琥珀さんの呟きに視線を向けると、暮れかけた空に半透明のなにかが浮いていた。ボロボロのローブのようなものを着た、空飛ぶ骸骨。その手には死神の鎌のようなものを持っている。っていうか、まんま死神なんだけど!?
『スペクターだ。死霊の一種で物理的な攻撃は全く効かぬ』
「えっ、琥珀さんの爪も?」
『神気を使えば引き裂けぬこともないが、地上では禁じられているのでな……』
そうだった。琥珀さんってば神獣としての力は封じられているんだっけ。それでもそこいらの魔獣なんかには負けないそうだけど。
『魔力を纏わせれば爪でも少しは切り裂けようが……』
「前に口から出してた衝撃波みたいなのは?」
『あれも霊体には効果はない。アンデッドの中でも死霊の類とは相性が悪いのだ、我は。近づかせぬように威圧することはできるが……』
「う……!」
琥珀さんの説明を聞いていると、隣のビアンカが苦しそうに片膝をついた。
「ビアンカ!?」
『あやつの近くにいると生気を吸われる。大人ならまだ少しは耐えられても、そこの娘のような子供にはいささか厳しい』
「え!? 私は?」
『【聖剣】を持つ者が悪霊に力を奪われるわけがなかろう。というか、小さき主ならあやつなど一撃だ。さっさと片付けてもらえると嬉しいのだがな』
あ、やっぱりそうなる? 破邪の力を持つ【聖剣】だもんね。霊的な魔物なんか相手にもならないか。
たださあ、あいつ空飛んでるんだよね……。【聖剣】を警戒してか、こっちに来ないんだよ。
あいつがいるだけでみんな生気を奪われていくのに。
「琥珀さん、あそこまで跳べる?」
『跳べるが……おそらく躱されるぞ?』
「そこからは私がやるよ。身体強化を使えば大丈夫だと思う」
避けられても琥珀さんの上から跳べば【聖剣】の攻撃も届くと思う。こうなったら少しの筋肉痛は我慢しよう。
身を低くする琥珀さんによじ登り、空からこちらを睥睨するスペクターを見据える。
『ではいくぞ!』
琥珀さんが地面を蹴り、助走からの大きな跳躍でスペクターへと向かっていく。琥珀さんが魔力を纏わせた爪を振るうがやはり予想通り、スペクターは空中をすいっと移動して、その爪を躱した。
そこに身体強化を発動した私が、琥珀さんの背を蹴ってロケットのようにスペクターへ向けて突撃を開始する。
さすがにこれはスペクターも反応が遅れたようで、私の接近を許してしまった。だけどすぐに手にした大鎌で私を切り捨てようと振りかぶる。
「残念だけど、もう遅いよ」
私は手にした【聖剣】でスペクターを鎌ごとぶった斬る。
『ギョアァァァァ!?』
まさに絶叫という叫びを残し、スペクターが一瞬にして消滅する。琥珀さんの言った通り一撃だったな。
というか、あの、私、落下しているんですけど!?
どーすんの、これ!? 一応身体強化しているから、このまま着地できるかな!?
「【風よ包め、柔らかき抱擁、エアスフィア】!」
覚悟を決めた私の周りが空気の塊で包まれる。そのまま落下した私は、地面に衝突することなく、まるでエアクッションのようにボヨンと一回跳ねて、無事に着地した。助かった……。
見上げると、オボロに乗った律とエステルの姿が。さっきの魔法は律か。ありがとう、という意味を込めて大きく手を振って……いるところにリビングメイルたちが襲いかかってきた。
邪魔! 空気読め! 【聖剣】で襲ってきたリビングメイルを一掃する。
団長さんらの活躍もあり、雑魚ばかりのこっちは粗方片付いたみたい。
……ところで天神木ってどこにあるんだろ? あれ?